月別アーカイブ: 5月, 2009

日本からの携帯電話

25 5月
2009年5月25日

日本の携帯電話はずいぶん使いやすくなりました。
料金体系がお得になって、課金の安いメールーの普及で、
昔に世間で騒がれた学生の携帯使用料金を払うための危ないアルバイト、
という話題も影を潜めてきました。

機種も豊富で、会社相互の乗り入れもでき、
30年くらい前のNTT一辺倒の肩掛け式アナログ時代から見ると、
自由に選択できる環境が整っている進化した時代になったわけです。

日本でお使いの携帯が、海外でそのままお使いになれるサービスもとても便利です。
家に無事に着いたよ~コールから、これから帰るよ~コールまで、
ホテルからの国際電話や公衆電話を探さなくても、お得な料金でいつでも利用できるので、
これから益々、このサービスを利用する方は増加するでしょう。

2_01

2_02

2_03

2_04

でもね、
これはあくまでも御自分から日本にかけるのは、料金が御自分に請求されるからいいんですが、
この番号に電話してね、っと、お気軽にバリの方たちに渡すのは、ちょっと考えていただきたいんです。

バリ在住の方たちは、日本人を含めてSMSというショートメールでやり取りしているケースが多いんです。
通話をするとしっかりと料金がかかりますから、SMSで節約しているんですよね。
日本からのお客様に連絡を取ろうとしたときに、日本の携帯番号を渡されてしまうと、
連絡を取るためには、国際電話をしなければならない状況になってしまうのです。

日本のお使いの番号にかけると、
いったんは日本を経由してバリに戻ってきます。
その料金が課金されるんです。

バリの物価からするとその料金はとても高くても、
連絡を取るためには致し方ないので、皆さんしぶしぶ連絡を取っているのが現状なんですよ。

バリに何度も行かれているリピータの方には、現地で専用の携帯をお持ちになるのをお勧めします。
最近では安い機種も出ていて、4000円くらいで買えるノキアもあるくらいです。
プリペイド会社も各社あるので、一番使いやすい会社を選ぶことができます。
日本にも安く国際電話ができるので、日本の携帯をお使いよりお得だと思います。

生地街道

18 5月
2009年5月18日

一般的にバリ人に道を尋ねると殆どのバリ人が同じ答えをする場所。
そこが狭いバリ島にあって最強の場所であるに違いない。

バリ衣装のクバヤ、サロン、はたまたシャツ、ブラウス、スーツ。
この辺の生地を見立てようとして『何処で買えるの?』ってバリ人に質問したら、
まずかえってくる言葉が『スラウェシ』だろう。

デンパサールのクンバサリーマーケットに隣接していて、生地を売る小さなお店が軒を連ねている、まるで生地街道のような地域。

1_01

店主はインド人を良く見かける。
狭くてごちゃごちゃしていて、車が頻繁に行き来している、
いつ息を吸おうかとタイミングを常に計るような、
これぞアジア紀行といった、絵に描いたような佇まいだ。

1_02

1_03

目的があったらどんどん店を巡ってゆけばよい。
値段は多少の差があるものの、殆ど同じと思ったら良い。
よっぽど素人の観光客だと思われない限り、ボッタ繰られることもないだろう。

1_04

ポリエステルのプリントバティックならメーター2万ルピアから。
コットンでもあと5000ルピアを追加するくらいから手に入る。

1_05

1_06

アジアンで決めようとするならアジアン柄から入るのが基本でしょう。
それにはアジアがふんだんに詰ったバティックでも如何ですか?
人いきれで詰った生地街道を、汗をかきながら散策してみましょう。

夕暮れのレギャンビーチ

06 5月
2009年5月6日

バリの繁華街の中心を縦に延びるラヤ・レギャン通りを左に折れ、
JL.66(ジャラン・ダブルシックス)を抜け徒歩10分でスミニャックのビーチにでる。
ここはクタビーチのような喧騒、物売りやミチュアミおばさんも少なく、
ワサワサしている観光地から少し外れ、落ち着きがある。
夕方6時ごろに着いて砂浜をぶらついていると現地暮らしをしている西洋人らが、
愛犬を連れて散歩に集まってくる。
リードから解放された犬たちはじゃれあいながら、大自然を駆け回る。
老夫婦が連れ添ってゆっくりと波打ち際を散歩していく。
沖ではサーファーが最後の波を待っている。
水平線に太陽が落ちてくるにつれ、いつの間にか人々が増えている。
ビーチ沿いのレストランバーのデッキも人で埋まっている。

ここは神々の島バリ。
神と太陽の接点。
真っ赤に燃えながら水平線に落ちる太陽は、悪いエネルギーを吸い取ってくれる感がある。
生かされている、という実感が体を駆け巡る。
教会で懺悔するってこんな事なのだろうか?
燃える太陽があっという間に水平線に溶けてゆく。
人生ってこんなにあっさり終わりを迎えるのかな?
自分は何処まであの太陽のように燃えることが出来るのだろうか?

photo2_02

photo2_03

雨期から乾季へと季節が移って、
太陽がより巨大になって海へと沈んでゆく、夕闇迫る前の絶好の海岸景色。
在住の方たちだけに与えられた特権を 観光客にも少しおすそ分けいただけるありがたさ。

photo2_01

photo2_04

太陽が完全に沈むころ、遊びつかれた犬たちは暮れ行く夕日を惜しむように家路に着いた。

苗字ハ何デスカ

06 5月
2009年5月6日

親しみをこめて名前で呼ぶ、 それは日常的に、日本社会で行われていること。 何代か前の総理大臣が、アメリカ大統領と『ロン』『ヤス』と呼び合う関係になったと報道されて話題になりましたが、 名前やニックネームで呼び合うのは、一歩その人に近づける呼び方ですよね。 さあそこで、皆さんバリでは、バリ人を何と呼んでいますか?

プトゥ、ワヤン、マデ、ニョマン、カデ、クトゥ、・・・・・・ 必ずそう呼んでいると思います。 苗字で呼んでいる方はいないはずです。 それもそのはず、バリの家系には苗字がないからなんです。

photo1_01

スラバヤのスタッフに苗字のないインドネシア人は、パスポートの『姓』と『名』はどう書き分けるのって聞いたら、両方とも『名』の欄に書きますと答えていました。 聞くところによるとその昔、インドネシアではひとつの名しかなく、同じ名前が多すぎて混乱するのでもうひとつ名前をプラスしたそうです。 しかもそれは、苗字のように父方や母方の姓を名乗るのではなく、 気に入った文字や音を形に表したものらしいのです。

もちろんバリには地位、階級を現す名前、グスティ、アグン、などもありますが、 それはあくまで階級の枕詞のようなもので、姓とは関係がないようです。 生まれた順番を表す名前が流通して苗字がない、 なんとも不便な現象が起きてくるのです。

よく思うんですがバリ人の携帯電話。 同じマデが20人いたら、どのような登録の仕方をしているんでしょう。 日本の、公家や武家しか苗字をもてない時代を経て現在に至る歴史を考えても、 その頃の日本と、今のバリの社会が一瞬ダブって見えました。

Copyright© 2017 バリ島情報 All Rights Reserved.