大連には「ロシアが造ったパリ」がある

15 12月
2010年12月15日

大連には「ロシアが造ったパリ」があります。

なんて言うとチョット大袈裟ですが、パリの街を倣って造ったと言うのは本当です。

場所は大連の中心部、円形の広場を中心に据え、そこから放射線状の街路が広がっています。

これがパリを模した設計だということです。

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1898年、東方への侵出を画策していたロシアは、その足がかりとしてここ大連を租借し、都市計画を進めていました。

そして街の中心部に円形の「ニコライフスカヤ広場」を置き、そこから10本の街路を放射線状に伸ばしました。

しかしパリの街を模した都市計画はここで頓挫、日露戦争の敗北により、大連の街は日本へと譲り渡されることとなります。

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日本はニコライフスカヤ広場を「大広場」を名付け、ロシアが造りかけの街路をそのまま利用し、そこに「日本の町」を造り上げました。

しかし第二次世界大戦の後、大連は中国に返還となり、「大広場」は「中山広場」へと名前を変えることとなります。

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混沌の中で生まれ、時代に翻弄されたこの広場も、今では大連市民にとっての憩いの場となっています。

緑をふんだんに取り入れ、広々とした広場はまるで「雑踏の中のオアシス」、早朝から人が集まり、夜遅くまでその姿が絶えることはありません。

広場の周りには、当時の日本によって造られた建造物がズラリと並んでいます。

旧大和ホテル、旧大連市役所、旧関東逓信局など、100年前と変わらぬ姿で今なお活躍するそれらの建物を一望できるのも、この「中山広場」なのです。

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しかし、生憎今は地下鉄工事の真っ最中。

広場はプレハブの塀でぐるりと囲まれ、市民が憩えるスペースも日々狭くなっています。

日中には工事の騒音や粉塵もひどく、残念ながらあまり素敵な憩いの場所とは言えなくなりました。

それでも大連市民はここに集います。

特に週末は工事が休みになるため、大勢の家族連れがやってきては鳩と戯れるなどして過ごしています。

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地下鉄開通予定は2012年。

市民の生活はぐんと便利になることでしょう。

が、その反面、辺りの景観が損なわれるのも時間の問題かもしれません。

日々変わり続ける大連で、発展と歴史がどのように共存して行くか、中山広場周辺はそのモデルケースとなりそうです。

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今からおよそ110年前にロシアが造ろうとした「パリに倣った街」は、旧ニコライフスカヤ広場周辺を除けば殆んど見当たりません。

ただ、日本が設計した広場周辺の建物が全て“洋風”であるのを見ると、当時の設計者達はロシアのアイデアに便乗し、街づくりを楽しんだようにも思えます。

そんなことを考えながら眺めると、中山広場周辺は歴史情緒たっぷりの、とても面白い場所なのです。

大連でいま「あのレストラン」が評判なワケ

25 11月
2010年11月25日

大連の中心部、友好広場に面して建つ瀟洒な建物。街のランドマークとしても有名な「インターコンチネンタル大連」です。

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ホテルは今年でオープン2年目、まさに波に乗り始めたところでしょうが、殊に最近このホテルの人気が急上昇しているとの噂を聞きます。
なにやら海外から腕利きのシェフを呼び寄せたとか。
そこで、お料理の味見を兼ねて、ホテルの見学に行ってまいりました。

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ホテルはロビーから客室に至るまでロココ調と中華風の豪華なコラボレーション。センスの良い家具や、スペースをたっぷり取った配置が落ち着いた雰囲気を醸し出し、まさに「大人のためのホテル」と言った感じです。

そして「噂」の的(まと)であるレストランについては、ホテルの“エグゼクティブ・シェフ”ショルトマイヤー氏に直接お話を伺うことが出来ました。

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ホテル内のレストランは「イタリアン」「中華」「ビュッフェ」の3つ。
中でもイタリアンレストランの「Piccolo(ピッコロ)」は、トラディッショナルなイタリアンにフレンチや和食など、インターナショナルな手法を調和させ、創作性に豊んだ味を楽しんでもらえるレストランに仕上げた、とのこと。

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同氏の手による料理は、まず見た目の美しさに魅せられます。
シンプルでバランスが良くて、いかにも美味しそう!やっぱり見た目って大切ですね。
そしてお味の方は…、斬新なアイデアなのに、どこか「ホッ」とするお味に驚かされます。
品があって整った味、と言いましょうか。食べることにこんなに夢中になったのは久しぶりです。

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ショルトマイヤー氏はオーストラリア生まれ。今年の5月より同ホテルのエグゼクティブ・シェフに就任しました。
これまでに、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど世界8カ国で活躍、長くリッツカールトンホテルでエグゼクティブ・シェフとして務めた後、中国にやってきました。

「同ホテルでは、これまでの経験と知識の集大成として、レストラン全体の改革に力を注いできました。まだ道半ばではあるものの、日々の変化は確かに感じることができます。そのことはゲストとの会話の中でも確信を得ています」さらに、「ゲストの視点に立ち、“何が求められているか”を読み取ることが大切。そのためにゲストとのコミュニケーションは大切にしています」

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また、ビュッフェレストランの「Café(カフェ)6」も、大きく変化したレストランの一つです。
特に人気が高いのが、金曜と土曜限定の「シーフードビュッフェ」。
ウニやロブスターを始めとしたシーフードが食べ放題の上、なんと、ワインやビールも飲み放題というから驚きです。
また、先日のハロウィンの夜には「ハロウィン特製料理」を用意し、店内を隈なくハロウィンムードに彩ったところ、子供たちを始め、ゲストは皆大喜びだったそうです。

「“変化”を感じてもらうためには、“インパクト”が大切。他のレストランに行く必要が無い、と思ってもらえるような味とサービス、そしてアイデアを提供したい」と同氏。
人気が急上昇する理由も大いに納得です。

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現在、大連市の年間外国人観光客は95万人に達します。
外国人駐在員の数も増え、市の国際化が進む中、外国人の舌に合わせた「料理」は必要不可欠です。
そんな中ショルトマイヤー氏は頼もしいリーダー的存在と言えるでしょう。大連で「国際的レベルの味」が楽しめるなんてスゴイことです。
大連に訪れるビジネスマンたちも、楽しみがひとつ増えたのではないでしょうか。

「オクトーバーフェスト」でドイツを味わい尽くす!

15 11月
2010年11月15日

中国人はビールが大好き。そしてビールと言えばやっぱりドイツ、という発想からか、8月にはミュンヘンとのコラボで開催される「ビール祭り」、そして、

10月にはドイツの風情をたっぷり取り込んだ「オクトーバーフェスト」と、

ドイツ色に溢れたイベントが中国各地で開催されます。

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この手のイベントが大好きな私は「行かなきゃ損」とばかりに足を運ぶのですが、同じ“ビール”がテーマのイベントでも「夏」と「秋」ではその雰囲気もがらりと変わります。

夏には解放感も手伝って“無礼講”の賑やかさだったのに比べ、「オクトーバーフェスト」はやや落ち着いた雰囲気。秋のファッションに身を包んだ若い女性の姿も目立ちます。

会場はドイツビールが有名なジャーマンレストランの「パウラナーブラスハウス」。200人以上は収容できそうな広い店内も、連日ほぼ満席の状態でした。

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会場に到着したのは夜の8時、入場料の58元(1元=約12円)を払って中に入ると賑やかな生バンドの演奏が聞こえてきます。

アコーディオンの音色が楽しいドイツ音楽を聴きながら、まずはビールで乾杯!それにしてもなんて賑やかなことでしょう!話し声と笑い声が店中に充満し、隣の人との会話もままなりません。

どうやら皆さん、おおいに盛り上がっているようです。

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そしてドイツビールを飲むと無性に食べたくなるのが「ソーセージ」です。

オーダーしたのはジューシーなソーセージの盛り合わせに、スープで合わせたマッシュポテトとザワークラウト、デミグラスソースたっぷりのステーキにドイツパスタのスパッツリ、そして数種類のピクルスとジャーマンブレッド。

これ全部食べたら多過ぎだぞ、と思いつつも思わずペロリ!(あちゃー!)

周りを見てもやはり“食欲の秋”のせいか、料理の売れ行きが良いようです。

それにしても美味しい!

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ステージではバンドの演奏の合間ごとに、様々な催しが繰り広げられます。

椅子取りゲームに、客を取り込んでのダンスや遊び、ちょっとドタバタしながらもみんなけっこう楽しんでいます。

こういう“参加型”の遊びが多いのが、中国でのイベントの特徴です。

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そしてもう一つ、今回のイベントにひそかな異彩を放っていたのが「飴かけフルーツ」です。

実はこれ、最近大連で人気のお菓子なのですが、飴をかけた果物の味はビールには全く合わないにも関わらず、ここでは良く売れているようでした。

これもミックスカルチャーイベントならではの光景と言えそうです。

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この時期、まだ暖かい華南地方では屋外も使って大いに盛り上がる「オクトーバーフェスト」、ここ大連では「冬が来る前に…」的なイベントですが、若者からの人気は高いようです。

なによりも、「中国っぽさ」がほとんど感じられない場に身を置くのもたまには良いもの。その辺りも人気の理由かもしれません。

それにしてもここ中国で、ビール一杯の値段が日本と変わらないのは「ちょっと高いなぁ」という印象ですが、お客のほとんどは中国人の若者です。

みなさん、思った以上にリッチなんですね。

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大連でいま「あのレストラン」が評判なワケ

31 10月
2010年10月31日

大連の中心部、友好広場に面して建つ瀟洒な建物。街のランドマークとしても有名な「インターコンチネンタル大連」です。

 

 

ホテルは今年でオープン2年目、まさに波に乗り始めたところでしょうが、殊に最近このホテルの人気が急上昇しているとの噂を聞きます。

なにやら海外から腕利きのシェフを呼び寄せたとか。

そこで、お料理の味見を兼ねて、ホテルの見学に行ってまいりました。

 

 

ホテルはロビーから客室に至るまでロココ調と中華風の豪華なコラボレーション。センスの良い家具や、スペースをたっぷり取った配置が落ち着いた雰囲気を醸し出し、まさに「大人のためのホテル」と言った感じです。

 

そして「噂」の的(まと)であるレストランについては、ホテルの“エグゼクティブ・シェフ”ショルトマイヤー氏に直接お話を伺うことが出来ました。

 

 

ホテル内のレストランは「イタリアン」「中華」「ビュッフェ」の3つ。

中でもイタリアンレストランの「Piccolo(ピッコロ)」は、トラディッショナルなイタリアンにフレンチや和食など、インターナショナルな手法を調和させ、創作性に豊んだ味を楽しんでもらえるレストランに仕上げた、とのこと。

 

 

同氏の手による料理は、まず見た目の美しさに魅せられます。

シンプルでバランスが良くて、いかにも美味しそう!やっぱり見た目って大切ですね。

そしてお味の方は…、斬新なアイデアなのに、どこか「ホッ」とするお味に驚かされます。

品があって整った味、と言いましょうか。食べることにこんなに夢中になったのは久しぶりです。

 

 

ショルトマイヤー氏はオーストラリア生まれ。今年の5月より同ホテルのエグゼクティブ・シェフに就任しました。

これまでに、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど世界8カ国で活躍、長くリッツカールトンホテルでエグゼクティブ・シェフとして務めた後、中国にやってきました。

 

「同ホテルでは、これまでの経験と知識の集大成として、レストラン全体の改革に力を注いできました。まだ道半ばではあるものの、日々の変化は確かに感じることができます。そのことはゲストとの会話の中でも確信を得ています」さらに、「ゲストの視点に立ち、“何が求められているか”を読み取ることが大切。そのためにゲストとのコミュニケーションは大切にしています」

 

 

また、ビュッフェレストランの「Café(カフェ)6」も、大きく変化したレストランの一つです。

特に人気が高いのが、金曜と土曜限定の「シーフードビュッフェ」。

ウニやロブスターを始めとしたシーフードが食べ放題の上、なんと、ワインやビールも飲み放題というから驚きです。

また、先日のハロウィンの夜には「ハロウィン特製料理」を用意し、店内を隈なくハロウィンムードに彩ったところ、子供たちを始め、ゲストは皆大喜びだったそうです。

 

「“変化”を感じてもらうためには、“インパクト”が大切。他のレストランに行く必要が無い、と思ってもらえるような味とサービス、そしてアイデアを提供したい」と同氏。

人気が急上昇する理由も大いに納得です。

 

 

現在、大連市の年間外国人観光客は95万人に達します。

外国人駐在員の数も増え、市の国際化が進む中、外国人の舌に合わせた「料理」は必要不可欠です。

そんな中ショルトマイヤー氏は頼もしいリーダー的存在と言えるでしょう。大連で「国際的レベルの味」が楽しめるなんてスゴイことです。

大連に訪れるビジネスマンたちも、楽しみがひとつ増えたのではないでしょうか。

「旧大和ホテル」が刻む100年の歴史

23 10月
2010年10月23日

大連の中心部「中山広場」の正面に、堂々たる構えの歴史的建造物があります。「大連賓館」の看板を掲げたその建物こそ、今から100年前に南満州鉄道によって運営された「旧大和ホテル」です。

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満州時代の建造物が立ち並ぶこの界隈でも、際立った風格を見せる「旧大和ホテル」。その建物に目立った損傷はなく、100年も前に建てられたとは思えないほど、綺麗な状態で保たれています。正面から見ると「花崗岩のイオニア式ジャイアント・オーダーが8本並ぶルネッサンス様式(大連賓館ホームページ参照)」が威風を放ち、建物に近づいて見ると、手の込んだ美しい飾りがあちらこちらに施されているのがわかります。

また、正面玄関に続く唐草模様のキャノピーも当時のままで、年月を感じさせない建築技術の高さには驚かされます。

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「大和ホテル」時代に「大広間」として使用されていた部屋を見せてもらいました。現在は会議室として使われているそうですが、優雅な造りの室内はやはり「大広間」として使うにふさわしい印象です。神殿のような円柱を施したこの部屋で、その昔、華やかな「晩餐会」が開かれたのでしょうか。100年前の光景に、ふとタイムスリップできるのも、大和ホテルとしての歴史あってのものでしょう。

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当時のまま保存されている客室に、ラストエンペラーの溥儀(ふぎ)が宿泊していたとされる部屋があります。ふた部屋続きのスイートルームのようですが、部屋はとても狭くこぢんまりとしていて、溥儀が使用していたとされるベッドも、当時の人向けらしくとても小さなものでした。壁に飾られたモノクロの肖像写真を見ていると、まるで歴史の中に足を踏み入れたような錯覚さえ覚えます。

大連賓館の中にはこのように、展示用に保存されている部屋がいくつかあります。写真撮影は禁止ですが、博物館としての意味合いも兼ねているため、宿泊客以外にもそういった部屋を案内してくれます。

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一般の客室に続く廊下や階段はいかにも古めかしく、その上照明も暗いため、夜遅い時間に一人で歩くのはチョット怖そうです。それを「クラシック」という言葉で表現すれば良いのでしょうが、それにしてもこれ以上の「クラシック」はありません。隅から隅までしっかりと“100年分の歴史”が染み込んでいます。普通のホテルではなかなか味わえない醍醐味です。

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大連で最も古いホテルとしても知られる大連賓館ですが、ここを訪れる日本人にとってはやはり「旧大和ホテル」としての意味が大きいようです。100年前の日本が国外の地に、これほど立派で瀟洒なホテルを造ったという驚きもさることながら、当時の「満鉄」の繁栄ぶりを改めて目の当たりにするのです。近年では日本の政府要人もここを利用するなど、「歴史の象徴」としての位置は不動です。

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歴史の波に晒されながらも、脈々と生き続ける「旧大和ホテル」。その建物から感じられる生命力の源は、今なおホテルとして使用されているからと言っても過言ではありません。これから先もずっとこの場所で、新たな歴史の流れを見守り続けてほしいものです。

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