月別アーカイブ: 10月, 2010

線路跡の散歩道

25 10月
2010年10月25日

炭酸水が蛇口から出るという、緑いっぱいのJardin de Reuilly(ルイイ庭園)の歩道橋をそのまま引き続き歩いてみると、目の前になんだか不思議なマンション群が姿を現します。

 

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このアパルトマンの間の割れ目のなかをずっと進んでいきます。

ちなみに、この高架橋の下のRue de Mongallet(モンガレ通り)は、パリの電気街。
秋葉原…とまではいきませんが、安いPCや周辺機器をお探しの場合はこちらへ。
このあたりは、モンガレ産業団地と呼ばれる地域です。不思議な形のこのマンション群は、団地だったんですね。先ほど私がいた、Jardin de Reuilly(ルイイ庭園)は、実は国鉄ヴァンセンヌ線の 旧Reuilly(ルイイ) 駅の跡地なのだそうです。この写真のアパルトマンの間をずっとひたすら歩いて行くと、その後はBastilleまでなんと全長5kmも続くPromenade Planté(緑の散歩道)という、その名の通り草木や花に囲まれた散歩道が続きます。ここは、実際国鉄が通っていた高架橋の上なのだそうです。この高架橋の上の散歩道を降りて、下から高架橋を見てみるとこうなっています。

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上はPromenade Planté(緑の散歩道)、下はViaduc des Arts(芸術の高架橋)と呼ばれています。

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こんな素敵なキッチン用品や….

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貸衣装…

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人形まで…

その他にも、絵付け皿やタイルのアトリエ、カフェ、レストランなどが入っていて、ちょっとしたデートスポットです。
線路や大きな駅などを壊したら、そこには商業ビルを建てるのが日本人。高架橋をそのまま再利用して、「芸術」にしてしまうのがフランス人。フランス人らしいロマンチックな散歩道を再発見しました。

Viaduc des Arts(芸術の高架橋)
12区、Avenue Daumesnil沿い
周辺駅:Mongalet(モンガレ)駅、
Gare de Lyon(リヨン)駅、Bastille(バスティーユ)駅

炭酸水

13 10月
2010年10月13日

フランスで普段食していたりするものは、たいてい日本でも見つけることができるので、日本に里帰りしてもあまり困ることはあまりないのですが、一つだけ困ることがあることに気づきました。それが炭酸水です。
普段からPerrier(ペリエ)の1.5Lの6本パックを自宅に買い溜めして、一週間も経たずに1パックを飲み干し、炭酸水でフランスを生き延びてきたような人間が、一転日本に帰ると貴重な炭酸水をチビチビと大事に飲まなければいけない生活に。異常に値の張るビンのPerrier(ペリエ)を飲まなければいけないのは、日本の地質上仕方がないことなんですけれど…
ただ、それでも私の幼少の頃に比べると日本でも炭酸水が随分出回るようになりましたね。昔はそれこそ「炭酸」といえば甘い三ツ矢ソーダぐらいのものでした(笑)
砂糖も入っていない甘くない炭酸水なんて…と私もフランスに来た当初は避けていましたが、飲んでみるとあのサッパリ感がもうやめられません。
フランスの特に若い女性は、普段から炭酸水をよく飲んでいる印象があります。夏にカフェのテラスを見ると、レモンと氷の入ったPerrier(ペリエ)を飲んでいる女性をよく見かけます。炭酸水はダイエットにも美容にもいいのだそうです。また、妊娠中の女性もつわりのムカつきを解消するのに手放せないのだとか。

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スーパーに山のように積まれた炭酸水

そんな女性の味方、炭酸水がいっそのこと水道の蛇口から出たら…?
夢のようなことを現実にしてしまうのが、パリ。
パリで炭酸水が湧き水のように出るところがあると聞いて、さっそく行って来ました。

12区、メトロMontgallet(モンガレ)の駅を降りてRue de Mongallet(モンガレ通り)をしばらく歩いたところに、Jardin de Reuilly(ルイイ庭園)はあります。

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ここをくぐって公園に…

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見上げると歩道橋がかかっている、素敵な公園です。

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ありました、ありました。

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たしかに、炭酸水と書いてあります。

無料で炭酸水が出るとあって、みんなペットボトルに炭酸水を入れています。
赤ちゃんを連れた写真のマダムは、「蛇口から炭酸水が出るなんて、画期的よね。」と感嘆。
もちろん天然の炭酸水ではなく、ガスを後で入れた炭酸水なのだそうです。
緑いっぱいの素敵な公園で、炭酸水を一杯いかがでしょうか。

Jardin de Reuilly(ルイイ庭園)
rue Jacques Hillairet 75012 Paris
8:00~20:30 (土日祝:9:00~)メトロ : 8番線 Montgallet

建築探訪~エクトール・ギマール~ その2

10 10月
2010年10月10日

彼は学派も弟子もとらなかったそうで、まさに一匹狼の奇才建築家…というのが私のギマールに対する勝手なイメージなんですが、彼の作品は現代の私たちから見ても、とても個性的でユニークに思えるわけですから、その時代の人々にとってみれば、かなり奇抜だったんだろうと思います。
そんな彼のユニークな作品の一つといえるのが、やはりLa Fontaine(ラ・フォンテーヌ)通りにあるCastel Béranger(カステル・ベランジェ)
こんなに個性的で目立つアパルトマンなのに、周りの景色とどこか馴染んでいるように見えるのが不思議です。

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この特徴的な緑の窓枠に独創的なデザイン。閑静な住宅街のなかにあるだけに、ひときわ目立ちます。

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アパルトマンの角に点々とついているモチーフは、なぜかタツノオトシゴ。とにかくあちこちにタツノオトシゴだらけなんです。

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中庭の窓はこんなかんじ。統一感がないようで、実は計算されたデザイン。

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こちらは、Castel Béranger(カステル・ベランジェ)でも一番目立つ、メインエントランスの門です。こちらもタツノオトシゴがモチーフ。

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門を入ると、メインエントランスは鏡張り!

レンガ、タイルなどとにかく色んな素材を集めたこの奇抜な館が建てられた当初、近所や世間からは批判の嵐だったそうです。
そんなCastel Béranger(カステル・ベランジェ)につけられたあだ名は、Castel Déranger(カステル・デランジェ)= 迷惑な館
ギマールが、28歳の時にデザインしたこの「迷惑な館」が、パリで最初のアールヌーヴォー建築になりました。
今ここに住むなんてそれは贅沢は話ですが、ここは本来は低家賃集合住宅なのだそうです。

はじめにお話したとおり、このあたりのエリアは閑静な住宅地で、近くにブローニュの森がある以外、これといって観光スポットもない場所ですので、観光客はほとんどいません。
ギマールの作品があるのは、そんな16区の静かなパッシー地区にあります。
人の多いパリの観光地巡りに疲れたら、是非訪れてみることをオススメします。
こんなに素晴しい建築を残した芸術家の作品が一度に観れる美術館がないことはとても残念ですが、オルセー美術館には彼のデザインした家具が展示されているので、機会があれば観てみて下さい。

建築探訪~エクトール・ギマール~ その1

04 10月
2010年10月4日

エクトール・ギマールという名前を聞いて、ピンとくる方はかなりのフランス通。
パリのメトロの入口をデザインしたことで有名な、フランスを代表するアールヌーヴォー派の建築家です。
アール・ヌーヴォー派とは19世紀末にヨーロッパを中心に開花した芸術運動で、花や植物をモチーフとした曲線が特徴的な芸術です。
パリの建築を語るうえでも絶対に欠かせない、緑の草木のようなゲートが印象的なメトロの入口。パリを訪れたことがある人なら、誰でもこのメトロの入口の印象が強く残っていることでしょう。
残念なことに、今現在のところフランスにはギマールの美術館は存在しません。
ただ、パリの街にはギマールの残した建築があちこちに存在します。
パリにあるギマールの建築を探し回って歩くことは、以前からやってみたいと思っていたことでした。
この日は天気がよかったので、散歩がてらにパリのギマール建築ツアーをしてきました。

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一番大事なパリのメトロの入口の写真を撮り忘れてしまったので、wikipediaから拝借しました。

実は、残念なことに現在パリに残るギマールの手がけたオリジナルのメトロの入口は少なく、そのほとんどは全て取り壊されて新しいものに作り変えられていたり、その一部だけを残したものになってしまっています。ギマールの建築が見直され始めたのは、ここ30年くらいのことなのだそうです。今現在屋根のある完全な形で残っているメトロの入口は、Porte de Dauphine(ポルト・ドフィン)駅とAbesses(アベス)駅だけのようです。

さて、ギマールの残した建築の多くはブローニュの森の近く16区に集中してあります。まずは、メトロのMichel-Ange – Auteuil(ミケランジュ・オトゥイユ)駅を降りて少し歩くと、ギマールの建築が点在するLa Fontaine(ラ・フォンテーヌ)通りにむかいます。La Fontaine(ラ・フォンテーヌ)通りには特にたくさんのギマールの建築物が残されています。

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このドアも言われてみればなるほど豪華な作り、という感じです。

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よく見ると、ドアの真ん中にいるのはカタツムリ。

Avenue Mozard(モーツァルト大通り)122番地が、ギマール自身が住んでいた自宅、ギマール邸(Hôtel Guimard)で、建てられたのは、妻アデリーンと結婚した1909年。もう100年以上も前の建物なんですね。

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さすが、建物自体が彫刻作品ですね。写真では分かりづらいですが、三角形の区画に建てられています。

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100年経った今でも、Guimardの名前が刻み込まれているなんて素晴しいですね。

この界隈を歩いていると、ギマールのもの以外にもたくさんの興味深い建築物が目に入るので、気がつくと上を見すぎて首が痛くなってしまいました(笑)
少しカフェで一休みしたら、引き続きこの後はギマール建築の最高傑作ともいえる、パリで最初のアールヌーヴォー建築、Castel Béranger(カステル・ベランジェ)を見に出かけます。

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