第二次世界大戦を振り返る <ダッハウ編>

22 6月
2011年6月22日

去年の11月に皆さんにお届けした「第二次世界大戦を振り返る
<ベルリン編>」。今回は南に移ってダッハウ編をお伝えします。
ダッハウ(Dachau)は観光よりも歴史的な意味で有名です。
ドイツでダッハウと聞いて思い浮かぶキーワードはナチスが建てた
強制収容所。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所はその巨大さで
世界的に知られていますが、ダッハウ強制収容所はナチスが
1933年に初めて建てた収容所として名を残しています。
1933年というとヒトラーが首相に任命され、ナチスの独裁政治が始まった
時期にあたります。

1944年末にダッハウ強制収容所には6万3千人の囚人がいました。
ドイツ・オーストリア系ユダヤ人、ジプシー、ポーランド人、同性愛者、
反ナチスの知識人などが収容されていた記録があります。
囚人は人体実験に使われ、ガス室で毒殺されました。
1945年4月末の米軍による解放の直前にチフスが広まり数千人が亡くなった
事件も悲しい事実です。

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(ダッハウ強制収容所 正面)

今日、この収容所はバイエルン州の学校にとっては社会科見学の場所。
ミュンヘン付近で育った人なら誰でも一度は足を踏み入れたことが
あるのではないでしょうか。
戦後、追憶の場所として開館したのは1965年。
農舎だった建物は収容所の歴史を辿る展覧会になっています。
それは歴史家とダッハウ強制収容所の囚人だったStanislav Zámecnik氏
の自伝“Das war Dachau”(直訳「これがダッハウだった」)を元に
実現しました。

更に8万5千平方メートル広い射撃場には親衛隊の監視所があり、今では
ダッハウ市がホームレスの宿泊地にして管理しています。

ダッハウ市内のJohn F. Kennedy広場には囚人を追悼する記念碑
(Todesmarsch-Mahnmal)があります。

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1945年4月米軍が攻める直前にナチス親衛隊は囚人たちを南のアルプス方面に
移動させました。その移動の際に殺害、空爆に遭うなど戦争がもうすぐ終わる
というのに命を絶った人たちもいました。この記念碑には当時の死者たちを
追悼する想いが込められています。

ダッハウにはミュンヘンから北西へ向かって電車で20分で着きます。
日帰り旅行で訪ねてみてはいかがでしょうか。

KZ-Gedenkstätte Dachau
Alte Römerstraße 75
85221 Dachau
Tel: +49 (0)8131-66997-0

http://www.kz-gedenkstaette-dachau.de/

開館日:火曜日~日曜日、祝日 9:00~17:00
休館日:月曜日、12月24日
入場料:無料(申し込み不要)

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