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ギリシャ 新型インフルエンザ情報

10 12月
2009年12月10日

ギリシャの保健省は、1週間ごとに、新型インフルエンザの情報をまとめて発表していますが、11月25日発行の最新情報によれば、11月16日から22日までの1週間だけで、新型インフルエンザ感染確認者(検査で陽性と確認されたケース)は、1883名にものぼり、ギリシャ全土総計で、感染確認者は6120名、死亡者(他の疾患を併せ持つ患者も含む)は12名となりました。これは、検査を受けた人だけのデータなので、実際の感染者は、もっと多いということになります。傾向として、子供や若者の感染者が多く、11月に入ってからは感染者数も急増、検査数全体に対する、新型インフルエンザの陽性割合も激増しているので、旅行者の方も注意が必要です。
最近では、学級閉鎖や学校閉鎖のニュースも毎日のように聞きますし、私の友人の子供の小学校も閉鎖になりました。保健省では、学校からの生徒欠席数報告をまとめていますが、この1週間では、小学生の欠席率が急増しており、特に欠席増加が顕著なのは、寒さも厳しい北部となっています。冬休みも、例年より早く始まるのではという噂も。今まで、あまり真剣でなかった人たちも、冬に向けて大流行の兆しがあるため、慎重になっています。

そんな状況の中、最近、必須となっているのが消毒・殺菌用のジェル。この数ヶ月で、雨後のたけのこのように、あちこちの会社から、色んな商品が出回っています。これは、薬局や、ホンドス・センターのようなデパートの、パーソナルケア用品・化粧品売り場等でも扱っています。この殺菌ジェルの持参を義務づけている学校もあり、公共の場には、入り口に設置してあったりするのも良く見かけます。そういえば、クルーズ船のレストランにも設置してありました。石けんによる手洗いは基本中の基本ですが、手が洗えない状態の時は、このジェルを手に塗りたくり、殺菌します。
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また、台所用品や家具、テーブル、浴室、トイレ、オモチャなどを殺菌するスプレーも必須。我が家も、そこかしこにシュッシュッと振り掛けています。例えば、この英国メーカーから出ている「Dettol」という商品群は、液体洗剤、スプレー、石けん、ウェットティッシュ、など色々な殺菌・消毒商品を扱っており、殺菌力がかなり強いので、我が家では愛用しています。ただ、他の洗剤と同様、子供などの手の届かないところにおき、取り扱いには注意が必要です。

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一方、日本では基本とも言えるマスクは、ギリシャではほとんど見られません。私が道で見かけたのは、今までで一人のみ。多分、この国では、マスクをするのは医療関係者と清掃人だけ、という固定観念があるのでしょう。普通の人が外でマスクをしていたら、変人(あるいは強盗?)扱いされるかもしれません。それから、日本では基本中の基本と思われている「ガラガラうがい」も、あまり行われません。医師から推奨されたこともなければ、やっている人を見たこともなく、うちの旦那などは、多分、やり方さえ知りません。国によって、随分、意識が違うものですよね。
娘の幼稚園では、例年のクリスマスイベントは中止され、誕生会など、閉所に多人数が集まることは自粛するよう呼びかけを行っています。ワクチン接種も段階的に始まりました。医療関係者や、持病があってハイリスクであると医師に診断された人が優先で、今後、段階的に、乳児の世話をしている人、妊婦、年齢別、などに分けて、順次、実施される予定です。

そんなさなか、うちの長女が高熱を出し、もしや?と恐れて小児科に相談したら、「自宅療養、解熱剤を飲ませて2日以内に熱が下がったら、特に、高額の新型インフルエンザ検査をする必要はない」ということでした。小児科の先生によれば、新型インフルは恐れられているけれど、他のインフルエンザの方がもっと危険性が高かったりするので、熱さえ下がればパニックになる必要はないとのこと。ただ、他の人にうつさないように自宅療養し、普通の風邪と同じく、睡眠、栄養、水分をとっていれば良いということでした。知らないうちに感染して、治ってしまっている人も多くいるだろうと言われています。

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ちなみにギリシャでは、子供が病気になり、熱と痛みがある場合、とにかく「DEPON」という解熱剤・鎮痛剤のシロップが基本です。思えば、子供が生まれてからこれまで、この薬に、何度助けられたことでしょう!おまけに、驚くほど安く(数百円)、どこの薬屋さんでも医師の処方箋なしに買えるので、本当にありがたい限りです。うちの長女も、これで熱が下がり、また元気に学校に通っています。

というわけで、冬場にギリシャ旅行を計画されている方は、充分注意して下さい。人混みはなるべく避け、手洗いとうがいの励行、疲れをためず、栄養を良くとって免疫力を高めましょう。

青と白の国、ギリシャの国旗

07 11月
2009年11月7日

日本の「日の丸」も大変分かりやすいデザインですが、ギリシャの青と白の旗も、この国のイメージにぴったり!鮮やかで特徴が一目で分かる、素晴らしい色とデザインだと思います。他国と紛らわしい柄の国旗も多い中、ギリシャの旗は他の国と間違うことは、まず皆無でしょう。

10月28日の国家記念日(オヒ・デー)や、3月25日の独立記念日には、必ずこの国旗が町中にたなびきます。ギリシャ政府観光局の資料から引用すると、「青色は澄みきった空と海を象徴し、白色は独立の純正性、十字はキリスト教の信仰を意味します。青白9本の縞模様は、1821年の独立戦争時のスローガンであるギリシャ語の9音節を表しています。」キリスト教とは、この場合、ギリシャ人のアイデンティティーとも言えるギリシャ正教であり、独立戦争時のスローガンとは「エレフセリア・イ・サナトス(自由か、さもなければ死を)」のことです。トルコからの独立戦争時に、パトラ主教のゲルマノスによって軍旗として使用されたデザインが元になり、現在の国旗は1978年に正式制定されたものです。

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10月28日は国家記念日(祝日)で、別名「オヒ・デー(NO!の日)」と呼ばれます。ムッソリーニ率いるイタリア軍が1940年にギリシャ国内に侵攻してきた際、戦況は劣勢にも関わらず「オヒ!(否!)」と拒否して退け勇敢に戦ったという史実に対し、ギリシャの誇り高き精神と勇姿を称える記念日なのです。

この日は、ギリシャ中が「青と白」で染まる日です。我が家の子供達も、学校の工作で紙の国旗を作り、青と白に塗り分けて来ました。(左端の赤い十字架は飾りで、実際の国旗にはありません。)

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この祝日につきものである、学校イベントやパレードでは、女の子は白いシャツに青いスカート、白いタイツ、と服装も決められており、色彩は青と白に統一されます。学年が上の方になると、クラスの主席がギリシャの大きい旗を持って行進したりする習慣になっています。といっても、最近は、都心の方では移民が多く、クラスの主席がアルバニア人だったりすることが多いと聞きますが・・
ちなみに、次女が幼稚園のイベントで暗唱する詩の内容は次のようなもの。「戦いのあった山々には、多くの石の十字架がある。手にした土くれは、英雄的な勇士達の亡骸だ。」幼稚園児の台詞にしては、かなり難しいですね。

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そして、ギリシャ人なら誰でも知っている国旗の歌。学校のイベントでは、必ずと言って良いほど歌われます。
「私たちの心の奥底に、あなた(国旗)に対する熱い思いが、いつも宿っている。
あなたは、我が祖国を意味し、また、自由をも象徴する。
その青と白の模様を目にすると、海の波や、空の微笑みが脳裏に浮かぶ。」
正に、その通り!と感慨にふけってしまう歌詞です。

28日当日は、センターの方でも大規模なパレードが行われ、民族衣装のパレードなどは、とても華やかで見応えがあります。民族衣装は、下記のような仮設店舗で気軽にレンタルできます。

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お土産物屋さんに行けば、ギリシャ国旗模様のグッズやTシャツもありますし、青と白の「縞」・・・ならぬ「島」の写真やカレンダーは、ギリシャ旅行の記念やお土産にぴったり。
ギリシャは、青と白の国なんだなあ、と実感します。

ハッピートレインでアテネ観光

29 8月
2009年8月29日

夏のアテネは日差しが強く、湿気はないのですが、とても暑いです。

アテネの観光スポットは結構コンパクトにまとまっているので、徒歩でも回れるのですが、何しろ、夏は40度近くまで気温が上がることもあり、すぐに体力を消耗してしまいます。疲れてしまっては観光も楽しめないので、そんな時は、とりあえずハッピートレインでアテネの街を車窓から眺めてみるのも良いかもしれません。遊園地の観覧電車のようなものですが、6ユーロ(子供は4ユーロ)で効率よくアテネの見所を回ってくれるので、土地勘を得たり、気に入った場所を見つけるのに便利。車窓からでも、結構写真もとれますし、大型バスや路線バスが通れないプラカの細い路地なども縫って走るのが魅力。話題のアクロポリス博物館前も通ります。シンタグマのエルムー通りから出発。1周1時間程度で、モナスティラキ広場とアクロポリスでは停車するので、途中下車し、次の電車に乗ることも可能です。(有効は1周のみ)

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ルートは次の通り。

1)エルムー通り(シンタグマのマクドナルド横から出発。おしゃれな店が建ち並ぶアテネの目抜き通り。)

2)国会議事堂前 (無名戦士の碑と、伝統的な制服を身につけた衛兵(エブゾネス)の交代が見られる。)

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3)首相官邸

4)パナシナイコ・スタジアム(1896年 第一回近代オリンピックが開かれた場所。現在でもマラソンなどのゴールとなる。)

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5)ザピオン(近代オリンピックの開催に尽力した、ザパスの出資によって建てられた。国際会議や展示場として使用される、国立庭園横のネオクラシック様式の美しい建物。)

6)ハドリアヌスの門(2世紀に、ローマ皇帝のハドリアヌス皇帝のために建てられた。当時の旧市街と新市街を分ける境界の門。)

7)プラカ (迷路のような昔の町並み保存地区。土産物屋やタベルナ、カフェが並び、散策に最適。)

8)ローマン・アゴラ

9)モナスティラキ広場 (電車Line1のモナスティラキ駅前広場。活気のある下町の雰囲気。)

10)古代アゴラ(アタロスの回廊、保存状態の良いヘファイストス神殿など、見所も多い。)

11)ティシオ(駅前からアクロポリスに向かう坂道はカフェやタベルナ、屋台が立ち並び、景色も良く散策に最適。)

12)アクロポリス (世界遺産にも指定されているパルテノン神殿がある丘。アテネのハイライト。

完成したばかりの、丘の下の新博物館も必見。入り口と入場料は別。)

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13)旧国会議事堂(現在、国立歴史博物館になっている。)

14)エルムー通り(シンタグマ)

 

Happy Train (Joseph Vardakis S.A.  tel:210-7255400~2)

 

余談ですが、アテネの夏は、なんといっても果物が豊富で安い!八百屋さん、スーパーだけでなく、トラックの屋台で売っていることもあります。モモ、ネクタリン、ブドウ、スイカ・・など、どれもおいしいのですが、何と言っても、8月の一番のお勧めはイチジク!黄緑色のイチジクを街で見つけたら、是非買って試してみて下さい!この時期限定で、ギリシャならではの濃厚なおいしさを楽しめ、栄養満点でお勧めです。ホテルの冷蔵庫で冷やして、ギリシャの夏の味を堪能して下さい。

 

 

ギリシャですたれゆくもの

07 1月
2009年1月7日

古き良き時代・・・ギリシャの古い映画を見ていると、のどかで懐かしいギリシャの風景に出会います。日本でもそうですが、ギリシャでも、昔はあって、今はなくなりつつあるものがたくさんあります。時代はどんどんハイテク・能率主義になり、伝統的だけれど古くさい物、面倒なもの、割の合わない物・・・そういうものはすたれていく運命にあります。でも、その反面、そういうものは、郷愁を起こさせる魔力があります。

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まず、第一に感じるのは、建物。ヨーロッパの他の都市に比べて、アテネの街は、歴史を感じさせる美しい建築物がどんどんなくなっているような気がします。住宅街では、無味乾燥な似たような形のアパートが目立ちますが、昔の白黒映画を見ると、今私が住んでいる近所の町並みでさえ、とても美しかったのだということが分かり、それが失われてしまったことが残念です。こういうクラシックな建物は、老朽化して放置されているものは良く見かけるのですが、新しく建てられるものは皆、現代的なアパートです。昔建てられた家は、部屋の中の壁や天井にも装飾があり、陰影と趣があってとても素敵なのです。また、昔の建物に良く見られる螺旋階段、あれは、避難用というよりは、お手伝いさんが出入りする時に使う、裏口だったそうです。

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昔の女性は、若い頃から刺繍や手仕事にいそしみ、それを結婚する時に、嫁入り道具として持参したという習慣があります。今でも、土産物屋さんには、手刺繍のテーブルクロスや素朴な手織りの絨毯、装飾小物が売られていますが、実際の生活では・・・なんとなく古くさい印象があるのか、人気があまりないように思います。今の若い女性は・・・刺繍なんてする人はいるのでしょうか??多分、友達と、カフェやクラブでしゃべっている方が楽しそうです。

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あと、呪いをとく呪文のようなもの。これは、お婆さんが良くやるのですが、例えば、病気になったり、怪我をしたり、調子が悪いときは、「誰かの嫉妬や悪い気に当たった」せいだとして、その呪いをとく呪文のようなものがあるのです。口の中でもごもごと唱えるのですが、言葉は人によって違うらしく、教わるのではなく、見よう見まねで学び取るものらしいです。こういう神秘的なものも、失われていく方向なのでしょうね。
引退後のおじいさんのたまり場、カフェニオンというカフェ兼バーみたいな男の社交場や、秋になると道ばたで売っている焼き栗屋さんなども・・・これからは少なくなるような気がします。

のどかさと、暖かみと、お節介と、おしゃべり好きと・・・ヨーロッパの中の田舎のような第一印象があったギリシャ。あまり現代的になって欲しくないな、と個人的には思っています。

マラソンの発祥地、ギリシャで走る秋のイベント

14 11月
2008年11月14日

マラソンの発祥地であるギリシャにて、アテネ・クラシック・マラソンが11月9日に開催され、女子部門では、見事、日本の田上麻衣選手が2時間36分58秒で優勝しました!男子部門では末次巧幸選手が2時間17分10秒で7位に食い込みました。ちなみに、男子1位はケニアの選手で、2時間12分42秒の新記録を出して優勝しました。

優勝した田上選手、目標とする選手は、あの2004年アテネオリンピックで優勝した野口みずき選手とのこと。その野口選手と同じコースを走り、野口選手の記録より10分ほどの遅れでゴール、見事に優勝した田上選手。夢と目標に、どんどん近づいている感じですね。競技後のコメントとして、「今年は4回もマラソン大会に参加して疲れていたけれど、このアテネのコースも、事前に一部走ってみて、その厳しさを実感していたので、本番で抑制したことが勝利につながりました。」というようなことがギリシャの記事で書かれていました。現地新聞にも田上選手のゴールの写真入りで、記事が載っていました。どうも、このアテネのマラソンコースは、日本女性選手と相性が良さそうです。

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今年も、通常の42.195キロコースの他、ちょっとそこまで自信の無い方用に、10キロ、5キロのプチマラソンもあり、全世界から1万人以上の選手が集い、参加したとのことです。

今では世界中で愛されているマラソン競技ですが、その起源は、紀元前5世紀の「マラトンの戦い」です。第一次ペルシャ戦争で、ギリシャ軍とペルシャ軍がマラトンの地で戦い、数的にも圧倒的不利な状況から一転、ギリシャ軍が勝利しました。この喜びのニュースを一刻も早くアテネの市民に伝えるため、足の速い伝令がマラトンからアテネまでの長距離を必死で走り、アテネに到着してギリシャ軍の勝利を伝えた後、力尽きて息絶えたという英雄伝があります。この伝説が元になってマラソン競技が始まったのです。アテネ・クラシック・マラソンはこのマラソンの起源となった歴史的コースを走るもので、スタート地点は、ギリシャ東海岸沿いのマラトン市、ゴールはカリマルマロと呼ばれる、アテネにあるパナティナイコ・スタジアム。途中坂が多く、かなり厳しいコースです。ちなみに、ゴールになるこのスタジアムは、1896年に第1回近代オリンピックが開催された記念すべき場所で、2004年アテネオリンピックでも、マラソンのゴールとなった所です。(下の写真は、2004年オリンピック時のスタジアムの様子)

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そして、アテネ・クラシック・マラソンよりもずっと知名度は低いのですが、ギリシャには、もう一つのマラソンの国際大会があります。それは、1983年から始まった超長距離マラソンの「スパルタスロン」。こちらは、第1次ペルシャ戦争の際に、アテネ軍の伝令フィディピデスが、援軍を求めるためにスパルタまで走り、往復約500km近くを4日で駆け抜けたという故事が起源となっています。

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その名前が示す通り、こちらは、アテネからスパルタまでの約250キロの距離を36時間以内に走るウルトラレースで、標高1100mのサンガス山越えなどがあり、完走率も低い厳しいサバイバル競技です。今年は9月27、28日に行われました。コースも苛酷だし、出場資格条件も厳しいことから、少人数の戦いになっていますが、いつも日本人の参加が多いのが驚きです。開催地のギリシャや近隣のヨーロッパ諸国の出場者よりも、日本の選手数の方がずっと多いのです。
そういえば、ギリシャは、公園でジョギングしている人もあまり見かけない反面、日本人はマラソン向きな性質なのかもしれません。発祥地ギリシャよりも、マラソンに賭ける情熱は日本の方が上かもしれませんね。

新旧オリンピックの競技場

10 6月
2008年6月10日

北京オリンピックも間近に迫ってきたので、今回はオリンピックの話題を・・
誰もが知るオリンピックの発祥地は、ギリシャ。アテネ中心部にあるパナティナイコ・スタジアムは、1896年、古代オリンピックの復活として、第一回近代オリンピックが開催されたスタジアムです。約7万人を収容したと言われる古代の競技場は、紀元前4世紀に、「パンアテナ大祭」の開催場所として建設されましたが、その後破壊され、現在のものは、近代オリンピックのために再建されたものです。「パンアテナ祭」とは、アテナイの守護女神、アテナを讃える祭りで、当時のポリスにとって最も重要な宗教行事でした。4年に1度行われた「大祭」では、行列や様々な競技が行われ、聖衣の奉納などもありました。その当時のにぎやかな行列の様子は、パルテノン神殿の壁などにも描かれています。当時は、競技は女人禁制だったので、男装して乗り込んだ女性がいたとか、肉体美をも誇示するために競技は全裸で行っていたとか、色々なエピソードがあります。

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現在のパナティナイコ・スタジアムは、アレキサンドリアの富豪、アベロフ(前の広場に彫像があります)の援助を受け、なるべく古代のスタジアムに忠実に復元されたもので、2004年のアテネオリンピックの時にも、マラソンのゴールや他の競技にも実際に使用されました。日本の野口みずき選手が優勝した時の様子は、今でも鳥肌が立つほど感動でした。暮れなずむ夕方から夜の間の神秘的な雰囲気の漂う中、華奢な野口選手がこのスタジアムに1位で入場してきてスタジアムを一周し、日の丸の旗の声援を受けながら、最後の力を振り絞ってゴールしたとたん崩れる様に地面に倒れ込み、その後の拍手喝采の嵐・・・4年ごとに、どこかの国で繰り返される感動のストーリーの源がここにあります。
このスタジアムは、アテネマラソンなど、特別なイベントの時は開放されますが、通常は使用されていません。以前は、観光客も中に入れたのですが、保護のためか、最近では柵の外からの見学のみのようです。
アルディトスの丘の緑を背景に、階段状の客席は、アテネ北東部にあるペンデリ山で採れた白い大理石でできており、正面に5輪のデザインを擁したとても美しいスタジアムです。このスタジアムの別名である「カリ・マルマロ」という名は、「Good Marble(良い大理石)」という意味です。大理石のイスで競技観戦なんて豪華――!と思われるかもしれませんが、そのまま座るとかなり痛いし、冷えますので、私が行く場合は座布団持参です。

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一方、2004年のアテネオリンピックのメイン会場となったOAKAは、ちょっとセンターから離れたところにあります。LINE1の電車の「イリニ(平和という意味)駅」の目の前に広がる広大な競技場は、オリンピック直前まで建設の遅れを世界中でバッシングされていましたが、オリンピック発祥の地の威信をかけて、奇跡的になんとか完成したものです。駅からも見える白いアーチ形のトンネルのようなオブジェも印象的で、設備などの評判も良く、大きな事故もなく大成功のうちに幕を閉じることができました。現在は、何かの競技やコンサートが有るときには開放されています。日本の代々木公園や駒沢公園のように、オリンピック記念公園として常時開放し、市民の憩いの場になれば良いのに・・と期待していたのですが、それはかなわず残念です。下の写真の中央には、アテネオリンピックの時に点火された聖火が写っています。

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ギリシャ人元船乗りの思い出話

10 8月
2007年8月10日

先日タクシーに乗った時の、タクシーの運転手さんとの会話。
「あなたは中国人?日本人?」
「日本人です。」
「日本のどこ?」
「東京です。」
すると 顔がパッと明るくなって、饒舌に。。。
「35年前、僕が若かった頃、名古屋に3ヶ月もいたんだよ。」
「ああ、元、船乗りさんですね!」
「そうそう、昔は、ギリシャといえば、船乗りさ。神戸、佐世保、横浜・・・懐かしいねえ。名古屋には、修理の関係でいたんだ。エンジニアだからね。(ちょっと自慢げ)日本人はみんないい人だったよ。だから当時、ギリシャは日本びいきだったし、日本人もギリシャ人に好感もってくれてたよ。今はどうなのかな。時代が変わったからね。僕がSeikoの時計を買いに行ったとき、店のご主人と意気投合して、粋なはからいをしてくれたよ。すごく高い腕時計を買ったんだけど、船のエンジニアだと言ったら、こんな高い時計を仕事中にするのはもったいないから、こっちのをプレゼントするから、仕事中はこっちをしなさい、と言って、別の時計をプレゼントしてくれたんだ。うれしかったよ。ギリシャ人は、そういう恩を一生忘れないんだ。この車もトヨタので、最高さ!」

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このテの会話、何度したでしょう・・ギリシャで。日本人と知ると、寄ってきて、こういう昔話をしたがるおじいさんがたくさんいるのです。目を輝かせて、ちょっと遠い目をしたりして。ほとんどの元船員さんたちは、日本にとても良い印象を持っていて、当時の日本人に感謝してしまうくらいです。そして、また多いのが日本女性との束の間のロマンスの話・・・これも良く聞きました。さすがギリシャ人、船をおりれば、無駄に人生過ごしてませんね(笑)。そして、束の間で終わらせず、ちゃんとギリシャにまでお嫁さんを連れてきてしまう人だっているんですから、ブラボー!です。まあ、どちらにしても、聞いていて、気分の悪い話ではないので、結構、楽しく聞き役になっています。

ギリシャというと、カマキと呼ばれる、外国人女性のナンパを趣味とする男性が悪名高いのですが、そういう人ばかりではなく、このタクシーの運転手さんのように、純粋に昔の思い出話をしたいだけのおじさんもたくさんいます。

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