カテゴリー: 文化

復活祭(パスハ)~ギリシャ最大の宗教行事~ 

09 5月
2011年5月9日

ギリシャはキリスト教国として宗教に関するイベントがたくさん
ありますが、ギリシャ正教においての最大の宗教行事が復活祭
(パスハ)です。毎年、日付が変動するパスハですが、ことしは
4月24日。この時期は学校は2週間ほど休みになりますし、暦上、 続きを読む →

マラソン競技発祥の地・マラトンの考古学博物館

01 11月
2010年11月1日

マラソナス(マラトン)はアテネの中心部から約40km
ほどに位置し、紀元前490年、ペルシャ戦争における
「マラトンの戦い」の戦場として有名になった地です。
この戦いの勝利をアテネに伝えるべく42.195kmを
ひた走った伝令フィディピディス。彼は勝利を伝え終
えた後、息をひきとったという伝説があります。この
話については史実なのか伝説なのか?、史実だとして
も諸説あるようですが、近年、彼が走った距離はもっ
と長かったことなどがわかってきたようです。

何はともあれこのお話に基づき、オリンピックのマラ
ソン競技の規定距離が決められました。今でもアテネ
市内、アンベロキピには、この伝令の名に因んだフィ
ディピドゥ通りがあります。

このマラトンからアテネへ、オリジナルマラソンコースを
走る「アテネ・クラシック・マラソン」、ことしはなんと
2500周年記念大会となりました!(10月31日開催)。
その様子はもちろん、ブログでアップしていきますが、
まずは大会の前に備え、マラトンの地のいろいろな遺跡
や博物館を改めて訪ねてみました。

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上の画像はマラトンの考古学博物館。こじんまりした博物館
なので、今まで行ったことはなかったのですが、展示内容は
なかなかのもので、とても見応えがありました。ギリシャ系
アメリカ人の富豪、エフゲニオス・パナゴプロス氏の多大な
寄付によって1975年に建てられたもの。2004年に改装工事
をして、展示内容もかなり整えられ再オープンしたそうです。

紀元前2000年から200年くらいまでというなんとも幅広い時代
に渡る貴重な展示物があります。たくさんの展示物がありますが、
博物館の入口で、エジプトからの彫刻群以外はフラッシュなし
なら撮影が可だと言われたので、印象に残ったものを一部ご紹介。

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上の画像は幾何学様式のジュエリーボックス。紀元前8世紀のも
ので、底まできめ細かく美しい文様が施されているので、鏡が
設置され、底面も見えるように展示されています。

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次は男性の彫像ですが、おそらくマラトンのハラドゥロス川の化身
ではないかと推察される大理石像です。2世紀ごろのものですが、
衣服のひだや皮膚、筋肉がリアルに表現されています。

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時代ごとに部屋が分かれていますが、期待以上に素晴らしい
展示物ばかりで、見応えも十分。しかもアテネの都心にあるような
博物館や美術館と比較すると格段に空いているので、じっくりと
素晴らしい古代彫刻を眺めることができます。

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上の画像はとても貴重な展示物。マラトンにあった大富豪イロド・
アティコスの邸宅の門構え(アーチ)の一部です。イロド・アティ
コスと言えば、亡き妻の記念にと、アクロポリスの丘にあるイロ
ド・アティコス音楽堂(161年建立)をまるごとアテネ市に寄贈
した人物。音楽堂は約5千人以上収容の巨大な施設で、何度も
修復されている遺跡とはいえ、現代も立派に機能し、音楽や演劇
などの祭典が開催されています。イロド・アティコスの邸宅
の一部がごろっと展示されているところもさすがギリシャです!
その他、展示室5には200年ごろのエジプトの見事な彫刻群
がありますが、ここだけはフラッシュなしでも撮影が禁じら
れていますので、ご注意ください。

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博物館の隣には、紀元前2000年から1200年ごろにかけての
古墳(塚)があります。考古学上、重要なこの敷地を保存する
ために1970年に屋根だけがつけられましたが、2003年には
完全に建物内に収まり、階段や踏み板も整備されました。古
墳をぐるっと囲むように、スロープや階段があり、少し高い位
置から古墳全体を見渡すことができるようになっています。

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尚、上記の博物館と古墳から約2kmほど離れたところには紀元前
3200年~2700年の古墳(塚)もあり、こちらも屋内にまるごと
保存されています。訪ねた日はこちらの建物は開いていませんで
したが、ガラス越しに見ることはできました。

マラトンの地には、他にもマラトンの戦いの戦死者を祀る塚や、
牧羊神パンの洞窟など、歴史的に興味深いスポットが多く点在
しています。アテネからマラトンに向かう中距離バスは、メトロ
(イサプ)の緑のライン、ヴィクトリア駅近くのアレオス公園
(マヴロマテオン通り)から出ています。見所はたくさん
あるので、数人で訪ねるならタクシーを使って回ってもいい
かもしれませんね。特に博物館は小さいからといってあなどれ
ません。私が訪ねた日は無料でしたが、大人3ユーロ、学生や
外国人、65歳以上は2ユーロ。博物館のチケットでマラトン
に点在する全ての歴史的スポットに入場可。ギリシャの悠久の
歴史に興味のある方はぜひ訪ねてみてください。

マラトン考古学博物館
TEL  : 22940 55155
開館時間: 8:30~15:00 月曜休館
※小さい村なので住所は特に表記なし。夏場は
18時まで開館する場合もあり。事前に要確認。

完璧なアクロポリスを見るには今がチャンス?!

01 10月
2010年10月1日

ギリシャといえば、イメージするのはやはりギリシャ神話、そして
パルテノン神殿にに代表されるような遺跡でしょう。今から遡ること
約2500年前に建てられたパルテノン神殿は、今日もアテネのランド
マークとして気高くそびえたっています。黄金比とも言われる完璧な
美しさのバランスを持つこの神殿は、現代の技術を持ってしても、
同じものを建築するのは不可能と言われるくらい、綿密な計算に基づ
いて建てられています。古代の人々は現代の機械化された技術より
もっと優れた技術を持っていたと考える学者も多くいるのです。

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アクロポリスには他にもアテナ・ニケの神殿、プロピレア(前門)、
エレクティオン、イロド・アティコス音楽堂などがあります。
これらの素晴らしい古代建築物が現代に遺されたのは一種の奇跡
ですが、やはりダメージは激しいので、四六時中、修復補強工事が
行われています。

ギリシャに限らず、ヨーロッパの歴史的建造物は修復作業のテント
や足場がかけられていることが多いですよね。せっかく壮麗なその
全形をカメラに収めようとしても、クレーンや工事の足場がかかっ
てしまって「うーん、残念」ということが多いと思います。

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しかし今年の5月、パルテノンからなんと30年ぶりに修復工事の
足場がとれたというニュースが発表されました。ギリシャ政府は
アクロポリスの修復プロジェクトを1975年に着手。しかし実際に
工事が始まったのは83年(さすがギリシャですね~!)しかしそれ
以来、神殿にはいつもどこかに建築足場がかかっているという状態
でした。最近では06年などはそれでもけっこうきれいに見えましたが、
03年などはパルテノン神殿と認識できないほど、鉄骨とテントだらけ!
それが完璧に取り払われたというのです。

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これは見に行かねば!と勢いこんで出かけましたが、すっきりして
それは見事でした。でも足場のある姿ばかり見ていたので、なんだか
違和感を覚えるくらいでしたが…^^;

でもその際、アテナ・ニケの神殿はテントと足場だらけ。この神殿は
小さいですが、イオニア式の柱があって、とても美しいのです。プロ
ピレアやパルテノンはすっきりしていたのですが、他の建造物は足場
だらけなので、ちょっとがっかりしたことも覚えています。そして9月
からはまた修復工事が再スタートするので、また少なくとも10年は
美しい外観を見ることはできないと聞いていました。

ところが!!!先日ラジオを聴いていた際、アテナ・ニケの神殿からも
足場がとれたというニュースが流れてきました。5月の時も、9月から
また工事が始まるかは???だと思ったので、やはりね~という思いと、
あのテントだらけだったニケ神殿、ホントに足場とれたの~?という
疑いが…(笑)。
参道からプロピレア(前門)に向かって、右側に見えるのがニケの神殿
ですが、5月の時点でも足場だらけでした。

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なので電話でアクロポリスに確認してみたところ、係りの人は
「現時点」ではここ30年の間でアクロポリスの全ての建造物が
最もすっきりした状態であることは確かだと言います。いま見逃し
たらまた30年後悔するかもしれませんので、早速行ってきました。
補強のために鉄骨は完全には取り去れないのでところどころ見られ
ましたが、ニケの神殿、パルテノン神殿、エレクティオン、プロピレア
(前門)もクレーンや足場がほぼない状態。本当に端整で美しかったです。
古代へと誘われるアテネの聖域を堪能しました。

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係りの人は「そろそろ再工事が始まるかもとも行っていましたが、
以前「9月から再工事なので、完璧なパルテノン神殿が見れるのは
8月まで」と宣言していました。でも未だに始まってないので、再
スタートがいつになるかははっきりわかりません。「今年いっぱいは
始まらないのでは」と言う人もいましたが、いろいろな関係者に尋
ねたところ、再工事がいつスタートするかは誰にもわからないとの
こと!(ギリシャですので…)
ギリシャは長い夏が終わり、遺跡巡りにはぴったりの爽やかな秋の
到来。アクロポリスを訪ねるとっておきのシーズンです。運がよけ
れば、この秋にアテネを旅行する方々はアクロポリス建造物群の
完璧な全形を見ることができるかもしれません!

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ギリシャ 新年の様子

12 1月
2010年1月12日

今回は、ギリシャの新年の様子をお伝えします。
日本では、クリスマスが終わると一変してお正月モードになりますが、ギリシャでは、12/25から1/6までがドデカイメロと呼ばれる、クリスマスを祝う期間となっています。

まず、1月1日ですが、まず、子供達の大イベントは、クリスマスプレゼントを開けること!サンタクロースの起源は、聖ニコラウスだという説が主流ですが、それぞれの国によって、呼び方も、祝い方も違うのが興味深いです。ギリシャ版のサンタクロースは、4世紀に生まれ、貧しい人を助け、数々の慈善行為をしたことで知られる聖人「アギオス・バシリス」です。ちなみに、アギオス・バシリスは、一般のサンタのイメージとはちょっと違い、細身で病弱、知性的で、様々な著書も残した博識な聖人でした。

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1月1日が「バシリス」のネームデー(ギリシャの暦には、それぞれの名前を祝う日が決められており、誕生日よりも重要視される)であることから、この日にプレゼントを開けることになっています。うちの娘も、朝一番に起き出し(こういう時だけは早起き!)、ツリーの下にプレゼントを見つけて大喜び。子供達は、クリスマス前に、プレゼントのリクエストを手紙に書いたりして、微笑ましい限り。ずっと、このような夢を持ち続けて欲しいです。

新年にはポダリコという儀式があり、新年の一番最初に、家の中に足を踏み入れる人が重用視されます。その人がラッキーで良い人なら、新しい1年はその運にあやかって幸福な年になる・・・というような迷信があるのですね。また、ザクロを玄関口で投げて地面に叩きつけ、割る習慣もあります。飛び散る中身の赤い粒々は、豊饒、富などを象徴しています。地方によっては、ザクロと一緒に石を投げることもあり、その時には「石のように強く、ザクロのように豊饒に」と唱えたりします。
また、玄関のドアには、門松ならぬ、大きなたまねぎを飾ったりもします。このたまねぎは、普通の食用の物とは種類が違い、年末になると花屋さんの店先に並びます。土から掘り出しても、葉や根が伸び続けるという強靱な植物で、これも、強い生命力、健康などを象徴している開運グッズなのですね。

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そして、コインが中に隠された、バシロピタ(新年のケーキ)の切り分けも楽しいイベントです。ピタというのは、ケーキやパンを意味し、バシロピタという名前は、ギリシャ版サンタである「アギオス・バシリス」に由来しています。このケーキも年末からパン屋さんやケーキ屋さんに並びますが、家で焼く人も多いです。丸形のどっしりしたケーキの上に、新年の年号(今年なら2010)が書かれており、それを「キリスト様の分、家の分、家族のメンバーの分・・」と家長が順番に切り分けた時に、自分の分の中に隠されたコインが入っていれば、その人に運が訪れると言われています。このバシロピタの切り分けは、家庭だけでなく、会社などでも良く行われます。

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こうしてみると、新年の幸福、繁栄、開運を願う気持ちは、どこの国も同じですね。

そして、1/6は「顕現祭」。キリストがヨルダン川で洗礼を受けたことを記念する重要な祝日で、ギリシャ語では、セオファニア、エピファニア、フォタ、などと呼ばれています。この日は、ギリシャの各地で聖水式が行われ、教会内で浄められた水(聖水)が信徒に配られます。また、ギリシャ正教の聖職者が海、川、池、プール・・・など水のあるところに訪れて儀式を行い、水の中に投げ入れた十字架を、人々が競争して泳いで探します。今年は、娘の通っている水泳教室のプールに行ってきましたが、子供達が一斉にプールに飛び込み、一生懸命に十字架を探す姿は力強く、清々しいものがあります。

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こうして2週間の冬休みも終わり、1/8から、学校は新学期。また、いつもの生活が始まります。

ギリシャ年末の天使の歌声「カランダ」

07 1月
2010年1月7日

ギリシャの年末には、子供達が「カランダ」という歌を歌う習慣があります。「クリスマスのカランダ」は、クリスマス・キャロルのことで、キリストの誕生を祝う喜びの言葉がつづられていて、トライアングルをたたきながら、何度も何度も、延々と同じ節回しで歌うのが特徴的です。
旧約聖書の預言通り、へロデ王の統治時代にキリストは降誕しました。東方の三博士が星の導きによってベツレヘムの馬小屋にたどりつき、マリア様から生まれた救い主、キリストの誕生のお祝いに、黄金・乳香・没薬を捧げたと聖書に書かれています。この場面をモチーフにしたクリスマスの飾りは至る所で見られ、子供が幼稚園で工作を作ったり、このストーリーで演劇をしたり、この時期には欠かせないものとなっています。

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うちの子供達も、そろそろ歌を覚えられる年齢になり、今年はおじいちゃんから「カランダ」のリクエストがありました。孫の成長が一番のクリスマスプレゼントとなると考え、私も必死に練習につきあいましたが、歌詞が古いギリシャ語で難解なため、覚えるのが大変!トライアングルを叩くと歌詞を忘れたり、歌に集中するとトライアングルを忘れたり・・となかなかうまくいきません。節が似通っているのでどこまで歌ったか忘れたり、他の曲と混乱してしまったり。人前で歌うのも勇気がいるようです。

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でも、一方、子供達にとっては、やりがいもあるのです。「カランダ」は、実は、子供達にとっては、絶好のお小遣い稼ぎのチャンス!色んな家を次々と回って玄関口で「カランダ」を歌うと、大人達はお小遣いをあげることになっているからです。強者は、クリスマスイブの前日から始めたり(反則ですね!)、100ユーロ以上も稼いだりもします。子供に優しいギリシャ人のこと、つい、天使の歌声に、財布の紐がゆるくなるのですね。子供達同士の情報交換もあるらしく、「あの家の人は、お小遣いをはずんでくれる」と聞くと、そこにたくさん押しかけたり(笑)。
ただ、子供だけで知らない家を回るのは危険なので、大人がつきそったり、知人の家だけ回るなど、注意は必要です。

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この「カランダ」ですが、クリスマスイブと、大晦日と、2回歌う習慣があります。大晦日に歌う「新年のカランダ」は、新年を祝い、キリストを祝福し、アギオス・バシリスというギリシャ版のサンタが来る喜びを歌っています。

アテネ中心部のクリスマス風景

05 1月
2010年1月5日

今回は、アテネの中心部で見られる、クリスマスの雰囲気をお伝えしましょう。
去年の年末は、暴動が起こってシンタグマ広場のツリーが放火されたり、街中が破壊されたりしたことが嘘のような、今年は穏やかなクリスマスです。本当に、平和のありがたみを実感します。
家族そろって、のんびり街を散歩できることが、「当たり前ではない」幸せなのだということが、分かりました。

さて、今年のシンタグマのクリスマスツリーは、ちょっと色彩的に地味な印象ですが、本物の樹木からできています。小さいツリーをたくさん集めてつなげ、大きなツリーを作ってあり、噂によると、クリスマス後は、どこかに植林する予定だとか・・・夏の山火事で沢山の木を失ったギリシャなので、エコや自然保護の観点からもとても良い案ですね。

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シンタグマ広場は、また去年のような騒ぎが起こるのを警戒してか、他に何もありませんが、近くの国立庭園には、こんな可愛いクリスマスの家が建っていて、ギリシャのクリスマスにつきものの、カリカンザロスと呼ばれる木の妖精や、サンタにも出会えます。

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入り口で地図をもらい、スタンプを押してもらいながら、お伽の国の森を散歩してみて下さいね。それぞれの家で、子供が顔にボディーペインティングしてもらったり、クリスマスの工作をしたり、サンタの家を訪れてサンタと一緒に写真を撮ったり、願い事を書いてカードを作ったり、クリスマスの劇を見たり・・・と、子供連れの方にはお勧めです。

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この庭園は、昔はギリシャ王室の庭だったところで、世界各国から色々な植物や木が集められており、緑がとても豊か。今では一般開放され、市民の憩いの場となっています。小さい動物園やカメ池、遊具の充実した公園、子供用の図書館、カフェなんかもありますよ。(1/6まで  10:00~17:00)

さて、そのすぐ隣にあるザピオン庭園では、メリーゴーランドが無料で乗れます!白いツリーの両側には、エスキモーの家のようなドームが二つあり、クリスマスの劇や、音楽を楽しむことができます。楽器のドームに入ってみましたが、色んな楽器を子供達が自由に触れられ、音楽と楽器を楽しむイベントが行われています。(1/6まで 10:00~21:00、イベントは、ほぼ30分ごと)

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また、この時期に旅行される方のために、一般のお店などの営業日ですが、下記の日は休みとなります。
12/25(金)、26(土)、27(日)、 1/1(金)、2(土)、3(日)、6(水)休業

アテネ 冬の日曜日は無料で遺跡や博物館へ!

03 12月
2009年12月3日

ギリシャの日曜日は、観光地を除き、ほとんどの店が閉まってしまうので、ショッピングはできません。日本のように、いつでも夜遅くまで店が開いている便利さに慣れてしまうと、不便に思えますが、日曜日位はリラックスして、ちょっと別の物に目を向ける良い機会かもしれません。

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アクロポリスのパルテノン神殿

ギリシャで冬場(11月~3月)の日曜日のメリットは、主要遺跡や博物館が無料になること!
特に、アクロポリスの共通チケットは通常12ユーロ、国立考古学博物館のチケットは7ユーロですから、かなりのお得感があり、お勧めです。古代アゴラ、ゼウス神殿、ケラミコス、ローマンアゴラなどの遺跡も無料なので、散策すると楽しいですよ。また、冬場の日曜日以外にも、下記のように入場無料の日が色々ありますので、利用してみて下さいね。
(私設の博物館など、例外もありますので、ご注意下さい。)

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国立考古学博物館の展示

主要博物館・遺跡入場無料の日
<冬場の日曜日>
11/1~3/31の毎週日曜

<春・秋の第1日曜日>
4、5、6、10月の第1日曜日(第1が法定祝祭日の場合は第2日曜)

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ゼウス神殿

<各種記念日・祝日>3/6 メリナ・メルクーリ(前文化大臣)記念日
4/18 世界遺跡の日
5/18 世界博物館の日
6/5  世界環境の日
9/27 世界観光の日
9月最後の土・日曜日: ヨーロッパ文化遺産の日
その他 ギリシャ法定祝日

オリンピック発祥の地、オリンピア

17 8月
2009年8月17日

ギリシャのオリンピアと言えば、オリンピック発祥の地として有名です。オリンピックは、現在は全世界のトップアスリートが集い、4年に一度開かれている平和の祭典ですが、古代ギリシャでは、オリンピアの神域にて行われた、最高神ゼウスに捧げるための祭典でした。4年ごとに多くのポリス(都市国家)から参加者が集まり、例え戦争中であっても休戦協定が結ばれて、オリンピア競技会が行われていました。当時は、参加者も観戦者も、男性に限定されていたんですよ。

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オリンピアは、ギリシャの西側、ペロポネス半島に位置していますが、ペロポネソスという地名は、オリンピア競技会の創始者とも言われる、「ペロプス」という当時の英雄の名前に由来しています。最初のオリンピア競技会は、紀元前8世紀頃に開かれたと考えられています。紀元前5世紀頃から、この競技会の名はギリシャ全土に知れ渡り、各地から力自慢・技自慢が集まり、腕を競い合い、神域内は奉納品であふれていました。寄贈された建造物、神殿跡、スタジアム、練習場、宿舎、工房、教会、など多くの遺跡が今に残っています。周囲の緑豊かな自然、川も素晴らしく、春には濃いピンク色の花ズオウが遺跡を彩り、悠久の歴史と自然の美しさを存分に味わうことができます。この地は、数年前、大規模な山火事にみまわれ、周囲の森のかなりの部分が失われてしまいました。樹齢100年以上のオリーブの木もたくさん被害に遭い、オリーブの産地としても大打撃を被りました。今でも、道端に焦げた枯れ木が残されている風景に出会い、胸が痛みます。でも、幸い、神域内と博物館はほとんど無傷で、周辺の山でも植林がされ、現在ではかなり状況は良くなっています。

オリンピア競技会は、紀元前4世紀頃に、ローマのテシオドス帝の異教禁止令によって中止になるまで続きました。そして、古代オリンピックの精神を引き継ぐ近代オリンピックは、19世紀末、フランスのクーベルタン男爵によって提唱され、復活することになります。
オリンピアは、紀元前1世紀にローマによる略奪があったり、再建されたり、という歴史を繰り返しましたが、神域内には、今でも、次のような多くの遺跡が残り、世界中の人々を魅了しています。
・パレストラ(遺跡の入り口近くにあり、格闘技の競技場として使用された。隣に、競技者が、トレーニングを行う体育場や、浴場もあった。)
・フィリピオン(マケドニア王フィリポス2世と、息子のアレクサンドロス王によって寄贈された円形の建物)

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・ヘラ神殿(紀元前6世紀頃のドーリス式神殿。ヘラはゼウス神の妻。)
・ニンフェオン(山の湧き水を飲料水として使用していた泉。富豪ヘロディス・アティコスが寄贈。)
・スタジアム(元は神域内にあったが、紀元前4世紀から現在の場所に移動された。通路にあるアーチ型の入り口が有名。収容人数は約一万五千人。ここで現在も、オリンピックの採火式が行われる。)
・ゼウス神殿(紀元前5世紀頃のドーリス様式の神殿で、アクロポリスのパルテノン神殿に匹敵する規模。中には、フィディアス作のゼウス像が安置されていた。6世紀に、地震により倒壊。)

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・フィディアスの工房(ゼウス神の座像が作られた工房)
・レオニダイオン(神域内最大の四角い建物で、宿泊施設として使用された。)

ゼウス神殿の破風、彫刻などが見られる、隣接の博物館にも是非お寄り下さい。特に、ヘラ神殿で発見された、男性でありながら優美な「ディオニュソスを抱くヘルメス像」は必見です。

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必見!アテネの新「アクロポリス博物館」(その2 博物館の概要)

19 7月
2009年7月19日

新アクロポリス博物館は、先月6月20日に著名人や各国の要人などを招いて、華々しくオープニングセレモニーが行われたのですが、この日は、正にギリシャの歴史に残る大切な記念すべき日。実は、この待ちに待った晴れの日を迎えるまでには、苦難の歴史がありました。

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文化省大臣であるサマラス氏の言葉の通り、ギリシャの独立から188年、コンスタンティノス・カラマンリス首相がこの地に新博物館を建設すると決定してから33年、メリーナ・メルクーリ(元女優で、後、文化省大臣)がエルギン・マーブルの返還をイギリスに要求し、その夢の実現に向けてキャンペーンを行ってから27年、アクロポリスの新博物館はギリシャの悲願でした。アクロポリスはギリシャの誇り。そのシンボルとなる博物館は、単なる建物ということではなく、ギリシャの理想、価値観、アイデンティティー、精神、威信を賭けての大事業だったのです。今まで丘の上にあった小さな旧博物館では、大切な文化遺産を全部展示することもできず、ギリシャのパルテノン神殿の彫刻群(通称エルギン・マーブル)をたくさん所蔵している大英博物館にその返還を求めても、「ギリシャには、貴重な彫刻を展示・管理できる場所もない」と一蹴されていたのです(涙)。1976年に新博物館の建築に踏み切ってからも、建築の入札は難航し、建築中に新しい遺跡が見つかったり、立ち退き問題で裁判になったりで工事も遅れに遅れ、2004年のアテネオリンピックに間に合わず・・・これは本当に残念でした。オリンピックが過ぎてしまえば、さしあたって急ぐ必要もないか・・・という感じで、いつ開館するのかと気をもんでいたので、この夢の実現は、ギリシャ人でない私にとっても、本当に感無量です。

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有名なスイスの建築家ベルナール・チュミ氏等が設計したこの新アクロポリス博物館は、遺跡とは対照的な現代的デザイン。展示物が主役になるようにと建築物の無駄を排除し、わざと無機質な雰囲気にしているような印象を受けます。コンクリートとガラスを多用し、自然光を重用視して、展示彫刻をできるだけ美しく見せる工夫がなされています。建物の下で発掘された遺跡も、ガラス張りの床にして見学できるようにしたのも、なかなかのアイデアです。総床面積は2万5千平方メートルで、手狭な旧博物館に比べ、展示スペースは約10倍もの広さ。建築費用はなんと1億3千万ユーロ(約175億円)で、正に国家一大事業!その夢にかけた意気込みを感じます。

さて、博物館の構成ですが、下記のようになっています。話題のスポットなので、相当混んでいるかと思いましたが、私が訪れた平日の午前中は、ツアー客が到着する時以外は、割合ゆったりと見られました。

グランド・フロア: カフェ、ミュージアムショップ、シアター、クローク
アクロポリス・スロープ ギャラリー (アクロポリスの丘 岩壁斜面からの発掘物)
1階(日本でいう2階): アルカイック・ギャラリー (紀元前7―5世紀、アルカイック期の彫刻)
プロピレア(前門)、アテナ・ニケ神殿、エレクティオン からの発掘物、彫刻
紀元前5世紀~5世紀の発掘物
2階: カフェ、ミュージアムショップ
3階: シアター
パルテノン・ギャラリー (パルテノン神殿の破風・メトープ・フリーズの浮き彫り彫刻)

たくさん写真を撮ろうと意気込んでいたのですが・・・3階以外は、フラッシュなしでも撮影は禁止されていていたので、残念ながら写真のご紹介はできません。3階のパルテノン・ギャラリーだけはフラッシュなしでの写真撮影が可能です。放送でも何度も注意が流れていましたし、警備員も見張っていましたので、ご注意下さい。

古代より、アクロポリスは市民の信仰の対象で要塞でもあり、様々な神殿や神域があり、その周りに街が形成されました。1階にあがる最初のスロープでは、アクロポリスの周囲にあった街や神域の遺跡から発掘された、紀元前のアテネ市民の日用品や、アクロポリスへの奉納品、神域からの発掘物が展示されています。下のガラス張りの床からは遺跡が見えるので、昔のアテネの街並や市民の日常生活の様子を想像しながら歩くのが楽しいです。ひときわ目を引くテラコッタのニケ(勝利の女神)像2体(1-3世紀)は、大変保存状態も良く美しいです。

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スロープをのぼりきった1階(日本でいう2階)は、アルカイック・ギャラリー。天井の高い明るいスペースに、柵もなくガラスケースにも入っていないお宝の彫刻が惜しげもなく展示されており、至近距離から細部を鑑賞することができます。でも、くれぐれも展示物には手を触れないように!これらの彫刻の多くは、神・神殿・神域への奉納品で、奉納した人の名前や職業が書かれていたりします。壁際に一列に並べるのではなく、広い展示スペースの真ん中に点々と作品を配したこの展示方法は本当に素晴らしいと思います。彫刻の後ろ姿、横からの姿、衣服のドレープの細部、編んだ髪の毛や体の細部、昔の彩色を彷彿とさせる模様など、貴重な彫刻の細部を、色んな方向からくまなく観察することができ、「神への奉納品は完璧でなければいけない」、という当時の哲学を実感します。また、全面ガラス張りの室内なので、時間帯によって微妙に変わる自然光の中での陰影の鑑賞も、別の楽しみと言えそうです。
ここの見所は、アルカイック期(紀元前7-5世紀)の彫刻。コレーと呼ばれる美しい乙女像の数々、青年像、アテナ像、「仔牛をかつぐ青年」など、どれも悠久のバランス美にあふれています。「カリアティデス」と呼ばれるエレクティオンのポーチに立っていた少女像のオリジナル(パルテノン神殿にある像はコピーです)、ヘラクレスの破風彫刻等もこの階で見られます。

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ここまで見て、2階のカフェで一服するも良し。アクロポリスの実物を眺めながら、飲み物や軽食を楽しめます。バルコニーに出ると、眼前にそびえるパルテノン神殿は圧巻!この場所に博物館ができて、本当に良かったなと思います。ただ、夏は屋内の方が冷房がきいていて過ごしやすいです。

そして、3階のパルテノン・ギャラリーでは、パルテノン神殿の内側を飾っていた東西南北のフリーズ(帯状浮き彫り彫刻)、外側フリーズのメトープ(浮き彫り額)、破風(東側正面と西側正面の三角形の屋根部分)に施された彫刻を、存分に鑑賞することができます。特に、東側内側フリーズのパンアテナイア祭の行列を描いた彫刻は有名で、チケットのデザインにも用いられています。

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このギャラリーは、パルテノン神殿の模型のようになっていて、彫刻が、横に見える実際のパルテノン神殿と同じ方向・形・比率に配置され、実際の神殿のどこに、どの彫刻があったのかが分かるしかけになっています。フリーズの装飾は、ギリシャ古典期彫刻の極みと言われ、細部の表現力、躍動感、バランス、力強さ、ストーリー性など、人を惹き付けてやまない魅力にあふれています。

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そして、この階には、全世界に向けて、ギリシャからの熱いメッセージがこめられています。彫刻の黄色っぽい部分は本物ですが、白い部分は複製で、わざと、その違いがはっきり分かるようになっています。そう、この白い部分は、実はイギリスの大英博物館に所蔵されているのです。ギリシャのトルコ統治時代に、コンスタンチノープルの英国大使であった当時のエルギン卿が、パルテノンの彫刻を破壊してイギリスに持ち帰ってしまったのです。ギリシャは、イギリスに対し今までずっと返還を迫ってきましたが拒否され、交渉はうまくいきませんでした。今回は特に強硬に、この素晴らしい新博物館オープンに際し、パルテノン彫刻(通称エルギン・マーブル)の返還を強く要求していたのですが、イギリス側は返還する気は全くないようで、「貸し出すのは可能。でも、その後は永遠にイギリスの所有とする」というような条件を出してきて、ギリシャ国民は大いに怒ったのでした。
私も実際に、一つの彫刻がギリシャ側とイギリス側に分断されていたりするのを目の当たりにして、とても心が痛みました。この新博物館オープンを機に世界的に注目され、世論が高まって、いつの日か、ギリシャの文化遺産が故郷に戻ることを願っています。
今年中は、できるだけ多くの方にギリシャの至宝を見て頂こうというわけで、入場料はたったの1ユーロ!是非、訪れてみて下さい。

アクロポリス博物館
場所: 15 Dionysiou Areopagitou St. Athens
地下鉄 ライン2(赤ライン)「アクロポリ」駅下車すぐ
Tel: 210-9000901
入場料: 2009年中は1ユーロ。
開館時間 : 8:00―20:00 (19:30最終入場)
休館日 : 月曜、祝祭日 (1/1,3/25、復活祭の日曜日、5/1,12/25,12/26)
公式HP:http://www.theacropolismuseum.gr

必見!アテネの新「アクロポリス博物館」(その1 アクロポリスの歴史)

18 7月
2009年7月18日

今、アテネ一番の話題は、6/20にオープンしたばかりの素晴らしい「アクロポリス博物館」!!
博物館の説明をする前に、今回は、アクロポリスの歴史をちょっとご紹介しましょう。

アクロポリスとは、ギリシャ語で「(古代)都市の一番高い場所 」 の意味で、ギリシャの様々な都市で、古代から城塞・神域・権力者の住居などに利用されてきました。その中でも、アテネのアクロポリスは最も有名で、ユネスコの世界遺産に指定された、アテネのシンボルとなっている丘(海抜155m)です。
新石器時代(紀元前4000年~)から人が居住し、ミケーネ時代(紀元前15―12世紀)には王の宮殿や城壁がありました。その後、ポリス(都市国家)の時代(紀元前8世紀)には神域となり、現在残っている建築物は主に紀元前5世紀から2世紀に造られたものです。

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現在アクロポリスの丘に残っている遺跡の中で最も有名なパルテノン神殿(写真上)は、アテネの都市の名前の由来ともなっている「アテネ女神」を奉る壮麗な神殿です。アテネの黄金時代を築いた大政治家ペリクレスの命で、紀元前5世紀頃、イクティノスとカリクラテスの設計により建設されました。今は白っぽい大理石の色が残っているだけですが、当時は美しく彩色されていて、フィディアス作の12mとも呼ばれる黄金と象牙のアテナ像が中に安置され、その他にも信奉者からの奉納品である素晴らしい彫刻や贈答品を所蔵する豪華絢爛な神殿で、様々な祭儀が行われる市民の信仰の対象でした。

丘の上には、パルテノン神殿の他にも、下記のような重要な遺跡があります。
1)プロピレア(神域への入り口となる西側の前門)

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2)アテナ・ニケ神殿(カリクラテスの作である「勝利のアテナ」を意味するイオニア様式の神殿)
3)エレクティオン神殿(エレクテウス王にちなんで名付けられ、カリアティデスと呼ばれる、6体の優雅な乙女像がポーチに配されている。現在、エレクティオンの屋外にある彫刻はレプリカで、オリジナルは、博物館内に展示)

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このアクロポリスですが、破壊と略奪の歴史に彩られ、今、この形で残っているのが奇跡的とも思える位です。4―5世紀、ローマ帝国の支配下ではキリスト教が国教になったため、破風部分を破壊し十字架を配してキリスト教の教会に改築され、15世紀からのトルコの支配下では、今度はイスラム教のモスクに改築されて使用されました。でも、一番致命的な打撃は、火薬庫としても使用されていたために、17世紀にヴェネチア軍の砲撃を受けて破壊された時でした。また、19世紀には、トルコ統治時代の大使であったイギリスのエルギン卿が、フリーズ(神殿上部の、帯状浮き彫り彫刻部分)の半分と、破風部分を壊してイギリスに持ち帰ってしまいました。その彫刻群は、今では大英博物館に所蔵されていて、ギリシャ政府は、何十年にもわたり返還を迫っています。
このような波瀾万丈の歴史を持つアクロポリスの丘。その古代からの建築物、彫刻、日用品など、世界の至宝とも言える発掘物が一同に集められたのが、この「新アクロポリス博物館」なのです!!

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