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ティシオのカフェ通り

10 5月
2007年5月10日

電車Line1のティシオ駅前は、2004年オリンピックのあたりからとっても綺麗に整備され、特にアクロポリスのパルテノン神殿入り口まで続くApostlou Pavlou通りは、素敵なカフェが並ぶ遊歩道になっています。遊歩道になる前は、車の排気ガスと騒音のすごい道路で、一度散策をした時にはこりごりした思い出があり、あの時と比べると隔世の感があります。
ティシオの駅前はこんな感じ。アクロポリスが前方に見えて、壮観です。

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ギリシャ人は外の席が大好き。季節が良くなると、外席から埋まっていきます。冬には、外席に暖房をつけているところもあります。この通りのカフェは、アクロポリスの良い景色が楽しめるということもあって、皆、外席でくつろぐ風景が見られます。

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昼間もいいですが、夜になるとこんな神秘的なアクロポリスの夜景にも魅せられます。

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ちょっと分かりにくいですが、Apostlou Pavlou通り途中から右に入る狭い遊歩道、Irakridon通りは、ちょっと不思議なカフェ通り。数10メートルのところにぎっしりとカフェが並び、これでもか、と若者がたむろしています。

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ギリシャのカフェでは、大スクリーンやテレビが備え付けているところもあって、大人気のサッカーの試合がある時などは、皆で集まってカフェで観戦したりもします。ギリシャのコーヒーの値段は、ヨーロッパで一番高いと聞いたことがありますが、確かに、給料水準からしても、種類によっても違いますが、一杯のコーヒーが3-4ユーロ(500円前後)というのは高いと感じます。でも、ギリシャのカフェはいつも盛況で、人々の憩いの場、交流の場、議論の場(?)として大切な場所なのです。

ナイトライフのメッカ、プシリ散歩

10 5月
2007年5月10日

プシリというのは、アテネ中心部のモナスティラキ駅、ティシオ駅あたりの北側に広がる一帯の地域です。昔は労働者階級のあまり環境の良くない地区だったようですが、最近は、ナイトライフのメッカとして、バーやクラブ、ライブハウス、タベルナ(食堂)が集まり、特に若者に人気です。ニューヨークのソーホー地区のイメージがあるとも言われます。

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昼間に行くと、眠ったような場末な印象を受けるところですが、夜になると、ライトが輝く生き生きした街に生まれ変わります。夜も8時、9時ではまだ人影もまばら。でも、宵っ張りのギリシャ人は、夜中になるとどこからともなく集まってきてこの街も活気づいてきます。友達同士の夜の食事の待ち合わせ時間も、9時以降が普通です。

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最近はやりの寿司バーもあります。内容は、正統派の寿司とはいきませんが、それなりに「おしゃれに御寿司」というコンセプトなんでしょう。こんな楽しそうな素敵な店も。

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クリスマスかと思うようなキラキラにライトアップされた店頭に、立派なタコ、イカ、エビなどが展示してあり、中をのぞくとファーストフードであるギロなんかもあり、看板を見れば、パイダキ(スペアリブ)の店とも書いてあります。ファーストフード、シーフード、肉料理、これが全部そろっているレストランはギリシャでは珍しいですね。ティシオ駅側に抜ける小道には、種類も豊富なアイスクリーム屋さんもあり、てんこ盛りになった色んな種類のアイスクリームに目移り状態です。このような個性的な店が軒を連ねるプシリは、観光化されすぎたプラカ地区とは一味違った、地元の夜の雰囲気を楽しむことができます。

ATMにご用心

10 5月
2007年5月10日

旅行の時、キャッシュカードがあると便利ですよね。大金を持ち歩かなくてすみますから。でも、私はギリシャに引っ越して来て間もなくの時、これで大失敗しました。日本でCバンクの口座を開き、カードを作ってきたので、ギリシャのCバンクのATMを使って現金を引き出したところまでは良かったのですが、お札の枚数を確認しているうちに、一度カード取り出し口から出てきたキャッシュカードが、自動的にまた機械の中に吸い込まれてしまったのです!「あ、待って!!」と思った時にはもう遅く、虎の子のカードはATMの向こう側に消えていて、呆然としました。

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でも、そんなに長い時間じゃないですよ、一度カードが出てきてから、30秒もたっていなかったと思います。これは、セキュリティーのためのシステムで、カードを取り忘れた人のために、他人の手に渡らないように機械が中に保管してくれるのですが・・・なんというか、ありがたいというか、ありがた迷惑というか。
銀行が開いていない時間だったので、次の日朝一番で窓口に行き、事情を話すと・・・出てきました、出てきました、大事な私のカードが。パスポートを見せ、ありがとうと言って受け取って帰ろうとすると、銀行の女性は「このカードはここで破棄しますので、あらためて日本のCバンクで新カードを作って貰って下さい。」と。そして、今にもはさみを入れそうな勢い。「ちょっと待って下さいよ!!」と制して、「パスポートも持ってるし、本人だと分かってるじゃないですか!今、お金がいるんですよ。」と食い下がり、でもその女性は「規則ですから。」と取り付く島もなく、席を立ってどこかに行ってしまいました。私はストーカーのごとく彼女を追い掛け回して、「困る、困る、今すぐそのカード返してください!」と泣きそうになりながら訴えました。周囲の視線も感じたのか、その銀行員はとっても迷惑そうに、別室に私を連れていきました。「規則なので、本当は、こんなことしちゃいけないんですけど。」と恩着せがましく言い、念書のようなものにサインをさせられ、やっとのことでカードは返して貰えました。
確かに、カードを取り忘れた時に、他人に悪用されないようにこの保管システムは有効なのでしょうが、それを知らないで、カードを返してもらえなくなったら旅行者はとんでもない目に会いますので、カードは出てきたらすぐに取ってしまうようにしてくださいね

ギリシャ女性とプリーカ(持参金)

10 5月
2007年5月10日

日本でもそうでしたが、昔は、ギリシャでも男の子が望まれていました。やはりギリシャも男社会だったんです。

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昔は、子供が生まれて女の子だった時、医者さんの第一声は・・・「残念ながら、女の子でした。」だったという話も聞きました。今だったら、女性差別だなんだと大変なことになりますね。昔は羊水検査も、超音波もなかったですから、性別は生まれるまで分からなかったわけです。このお医者さんの言葉は当時の社会を象徴していると思います。
ギリシャでは、昔(といっても数十年前まで)、プリーカという習慣がありました。女性は、お嫁に行く時に、プリーカと呼ばれる多額の持参金や財産(家、土地、現金、家畜、畑などの資産)を持って行かなければならず、それが少ないと、嫁入り先からずっといびられる(肩身が狭い?)羽目になると言われていました。これは、もともと、嫁ぎ先での嫁の立場を保護するためのものだったらしいです。だから、女の子を持った家は、嫁入り先での娘の幸せのために、必死に蓄財しなければなりませんでした。男兄弟がいる場合、姉妹を先に結婚させるのが優先だったようです。現代では、もう、その習慣も過去のものとなっているようで、娘さんを持つご両親としては、ホッとしていることでしょう。

嫁入り道具として、昔は、自分で作ったレース編み、織物、手の込んだ刺繍の布小物など(シーツ、タオル、枕カバー、テーブルクロスなど)の手芸品を、持っていく習慣がありました。

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実用というよりは、ほとんど、人に見せるための物ですから、不器用な女性には辛い習慣だったろうと思います。田舎では、一般公開するために、窓に飾られていたという話も聞きました。うちにも、旦那のおばあさんが作った枕カバーや、お義母さんが刺繍した鳥の額縁、叔母さんの刺繍したクッションカバーなどがあります。どれも温かみがあって素敵です。電化製品や既成の食品などもなく、こういった古い習慣に縛られて、昔の女性は大変だったなあ・・・と感慨ひとしお。今の自分の恵まれた環境に感謝するのみです。だって、我が家は娘二人。昔だったらどうなっていたことやら。

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