月別アーカイブ: 10月, 2007

アテネの「ポリテクニオン・デー」は要注意

10 10月
2007年10月10日

11月17日は、ギリシャの軍事政権崩壊のきっかけになった、1973年11月17日の工科大学(ポリテクニオン)の学生蜂起を記念する「ポリテクニオン・デー」です。こんな最近まで7年間も軍事政権だったなんて、今の平和がなんだか信じられませんが・・・

syntagma3
(アテネの中心部、シンタグマ広場)

この日前後は、アテネの中心部は、かなり危ないんです。これからご旅行を考えている方、できれば避けた方が賢明です。毎年、デモ、集会、爆弾騒動、催涙ガス、警察と民衆のバトル、各国大使館・外国資本の会社・店への攻撃、過激派破壊活動・・・などなど、いつもテレビで見るだけですが、ひどいことになっています。うちの比較的近くでこんなことが行われているなんて、信じられない光景なのです。翌日には、破壊された店のガラスの破片など、あちこちで無残な残骸を見かけます。まきこまれて怪我などしないように、近づかない方が良いですね。

ちなみに、ポリテクニオン(工科大学)は、パティシオン通り、観光客が良く訪れる国立考古学博物館のすぐ隣です。巻き込まれたら大変。その日には行かないでくださいね!

museum8
(国立考古学博物館)

詳しくは、在ギリシャ日本大使館のページで、注意喚起などの情報がこれから出るかと思いますのででご覧下さい。http://www.gr.emb-japan.go.jp

ちなみに、この事件にちなんだテロ組織「11月17日革命組織」(デカエフタ・ノエンブリウ)が数年前までは野放し状態になっていましたが、2004年のオリンピック前にみな逮捕され(ギリシャってラッキーですよね)、それ以来、テロのニュースは聞かなくなっています。誤解のないように付け加えますが、ギリシャは、他のヨーロッパ諸国と比較して、圧倒的に安全度の高い国です。私など、深夜でも平気で一人歩きしていますし、今までスリなどにもあったことはありません。もちろん、悪い人はどこにでもいますから、旅行中は気を抜かないことが必要ですが・・・・

ノーと言えるギリシャ「オヒ・デー」

10 10月
2007年10月10日

ギリシャの祝祭日といえば、ギリシャ正教関連のものが多いのですが、10月28日は宗教とは関係なく、ギリシャの歴史上大切な記念日(祝日)で、「オヒ・デー」と呼ばれます。
ギリシャ語で「OXI(オヒ)」というは「NO」の意味です。
ギリシャが「オヒ!」と言って拒絶したのは一体、何だと思いますか?

flag2

1940年10月28日、当時、ギリシャは第二次世界大戦で中立的立場をとっていたのですが、ムッソリーニ率いるイタリア軍が侵入してきて、屈辱的な最後通牒を渡されたのです。この時イタリア軍の「降伏するか」の問いに、ギリシャのメタクサス将軍は毅然と「オヒ!」と言って拒否したのです。誇り高くて、ちょっとかっこいいですよね。圧倒的に不利な状況であったにもかかわらず抗戦の道を選択し、イタリア軍と山岳戦を闘い、おおかたの予想に反して、見事にアルバニア国境を越えて撃退したのです。この時の、国民の熱狂たるや、どれほどだったかと、容易に想像されます。恥(屈辱)よりも死を選び、尊厳を大切にする日本の武士道にも似ているような気がします。

parliament
(パレードの行われる国会議事堂前)

今年はたまたま日曜日なので、祝日といってもありがたみがありませんね。ギリシャは、振り替え休日というのがないので残念です。働きすぎと言われる日本ですが、祝日の数は本当に多いし、振り替えもあるので、逆にうらやましいです。この日は、各地でパレードが行われたりして、それを見物するのも楽しいですし、ギリシャの国旗がそこかしこに翻り、国の威信を国民全体で感じる日です。幼稚園に通う娘も、この日は制服を身に着け、パレードに参加する予定になっています。

「ホテル グランド・ブルターニュのカフェで午後のお茶」

10 10月
2007年10月10日

アテネのへそ、シンタグマ広場に面して建つ「ホテル・グランドブルターニュ」はアテネで最も伝統と格式のある最高級ホテルです。

hotel1

その昔、大富豪の邸宅だった建物が、1872年からはアテネを代表する高級ホテルとして使用されるようになりました。その後130年以上、トルコとの戦争、バルカン戦争、世界大戦、内戦、軍事政権などの混乱期を経て、ギリシャがEU国としての近代化の道を歩んできた、その苦難の歴史を逐次見守ってきた由緒あるホテルです。

1896年の第一回近代オリンピックでは選手・役員が泊まったり、その後もギリシアを訪れる外国の国王や女王、首脳、政治家、ジャーナリスト、有名人、スターなどの定宿でした。2004年のアテネオリンピックの前に改装工事を行い、2003年にリニューアルオープンし、重厚さはそのままに、優雅で洗練された内装の、ピカピカのラグジュアリーホテルに生まれ変わりました。入り口にはドアマンがいつもいて、ホテル前にはルイ・ヴィトンのスーツケースが何個も積まれていたりします。夜になると、正装した紳士淑女の姿も見られます。一体、どこへ行くのでしょう??

アテネの雑踏に疲れた時、このホテルのロビーに入るともう、そこは夢のような別世界。泊まると1泊300-500ユーロ位するらしいので、せめて、そのカフェで雰囲気だけでも味わいましょう・・・

ロビー正面にあるカフェ「ウィンターラウンジ」は、私のお気に入りの場所。中央にいつも華麗で豪華な生花が生けてあり、チャイナ風ドレスを着たウェイトレスのサービスも行き届いた極上のオアシス。

hotel2

ここでは、イギリス風の「アフタヌーンティー」が楽しめます。お昼の12時以降、3段になったプレートに、小さくてかわいいサンドイッチ、ケーキ、スコーンなどが乗せられ、3種類のジャムやクロテッド・クリームと一緒に運ばれ、お茶もポットに2杯貰えます。値段は高めですが、これだけでお腹一杯になるし、この雰囲気と心の贅沢を考えれば納得です。その心地よさに、つい長居してしまうんですよね・・・

仕事のアテンドで、2回ほど部屋の中にも入りましたが、一番広いデラックスルームは、ソファセットも置いてあり、ベッドカバーや壁紙、シャンデリアや絵、鏡、カーテンなどがデコラティブで統一感があってとても美しかったです。浴室は広く、豪華な大理石が輝き、2つの洗面台と椅子、広いバスタブとは別のシャワー室もあり、ここでゆっくり過ごせそうな贅沢な空間でした。ベランダからはシンタグマ広場、国会議事堂、遠くアクロポリスも見えて、なかなかの眺めです。

余談ですが、ここはビジターでもOKなスパも地下にあります。そして、お勧めなのが、ロビーを入って左側の階段を下りたところにある化粧室。専用のタオルなども置いてあり、ただで使わせてもらうのが申し訳ないくらいです。屋上にあるバーも眺めが良く、とっても雰囲気があって素敵です。

「 アイソポスの話」

10 10月
2007年10月10日

アイソポスって誰だかご存知ですか?

aesopos1

世界中で読まれている寓話作家の「イソップ」です。ギリシャ語ではΑΙΖΩΠΟΣ(アイソポス)という名前ですが、世界ではイソップと呼ばれ、古今東西、老若男女、知らない人はいないのではというほど有名ですよね。「蟻とキリギリス(原典はセミ)」「ウサギとカメ」「北風と太陽」「田舎のネズミと街のネズミ」など、子供の頃に絵本で読んだことのある方も多いでしょう。日本には、1593年に初めて『天草本伊曾保(いそぽ)物語』として紹介され、現在に至るまで読みつがれています。

実は、私はギリシャに来るまでは、彼がギリシャ出身だとは知りませんでした。イソップは紀元前6世紀の人ですが、その生涯は謎に包まれています。(ネットで見た限り、実在しなかったという説さえありました!)北ギリシャのトラキア地方(ブルガリアやトルコとの国境あたり)の出身であるとか、トルコ領近くにあるサモス島の奴隷であったとも伝えられていますが、色々な説があり、イソップの生涯やエピソードが書かれた本もいろんなバージョンがあるようです。容姿が醜く小男であったとか、口がきけなかったとか、足が曲がっていたとか、外面的には恵まれていなかったようですが、知恵と洞察力、話術にすぐれていたことは、どのイソップに関するエピソードを読んでも窺い知ることができます。そして、知恵によって奴隷から解放されましたが、彼の最後は、デルフィの神託で死刑に処されたということです。彼の才に嫉妬した誰かの謀略かもしれません。

aesopos2

イソップの童話は、紀元前から色々な人によって収集され編纂されましたが、その最初のギリシャ語による原本童話集は現在では失われ、以後、色々な人によって、色々な翻訳が出ていますが、現在知られるイソップ童話としては300話以上あります。ほとんどが動物が登場する寓話で、最後に短い訓話が付されています。これには、イソップの寓話だけでなく、その他の伝承の物語も後世に追加されて含まれていると言われています。

長女の幼稚園では、年度始めに、園で使う色々な教材を買って提出することになっているのですが、その中に、29の寓話がのっているイソップの絵本も含まれていました。さすが、ギリシャが誇る国民的(世界的)作家で、動物が主役なので子供にも人気があり、しかも教育的内容も豊富なので、教材にもってこいなのですね!

Copyright© 2017 ギリシャ情報 All Rights Reserved.