月別アーカイブ: 10月, 2008

ギリシャの甘―い伝統的なお菓子

26 10月
2008年10月26日

ギリシャ人は、甘い物好き。最近では、色んな国から色んな種類のお菓子が輸入されて百花繚乱状態ですが、昔からあるギリシャの伝統的お菓子は、とにかく甘いのが特徴です。

土産物の店などにも必ずおいてあるのが、まず、パステリと呼ばれるゴマのお菓子。これは、原料が白ゴマと蜂蜜だけのシンプルで素朴な味わいです。ゴマと言えば、日本でも良く登場しますが、いつも何かのお供に、何かの風味付けに、と脇役的な使い方が多いですよね。パステリのように、とにかくゴマが主役!で蜂蜜は、何百粒のゴマをくっつける糊のごとくに使用されているというのは珍しいので、最初は驚きました。何しろ、ゴマだけなので、あんまり量は食べられませんが、これはゴマの香ばしさと健康食品という安心感もあるし、おいしくてお勧めです。カルシウム、カリウム、タンパク質、繊維質、マグネシウム、鉄分が豊富なのが良いですが、もちろん、脂肪分、カロリーも高いです。

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それから、ルクミというお菓子。これは、ゼリーのような、または、信玄餅のぎゅうひを思わせるようなもちもちした食感です。原料は、砂糖、コーンスターチ、クエン酸が主ですが、種類によってはアーモンドなどのナッツ類、蜂蜜、香料、柑橘系の果物果汁などが加えられていることも多いようで、必ず周りに粉砂糖がまぶしてあります。サイコロ状の一口大に切ってあり、包装状態があまり良くないので、粉砂糖が外にもれてきたりするのには閉口しますが・・・

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ハルバスというお菓子は、セモリナ粉と砂糖、オリーブ油、レーズン、ゴマ、松の実、シナモンなどを使ったお菓子ですが、独特のツブツブした食感と香りがあり、やはり甘いです。ガラクトブレコは、カスタードクリームがたくさん入ったパイで、馴染みやすいかもしれませんが、砂糖、卵、バターがたくさん入っているのでどっしりとした食べ応えです。

グリコ・クタリウと呼ばれるのは、ギリシャ伝統の保存食です。昔ケーキ屋さんなどがない時代に、ギリシャの主婦達は季節の果物をシロップ漬けにして保存し、これで来客をもてなしたと聞きます。その種類は幅広く、さくらんぼ、イチジク、栗、あんず、オレンジ、洋梨、など様々です。これをヨーグルトにかけて食べるのはおいしいです。

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その他にも、ディプレスやルクマデスのような揚げ菓子や、ピスタチオの沢山入ったフィリングをパイシートではさんで作るバクラヴァ(写真下)、カダイフィなどのアラブ風の物もありますが、とにかく、最後に甘―いシロップや蜂蜜をかけるのが特徴。揚げただけでも重いのに、その上にこのシロップは・・・と絶句するお菓子です。反面、日本でも見かけるようなスポンジケーキ風のものや果物のパイは抵抗がないですね。リゾガロと呼ばれるライスプディングなどもおいしいです。

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アテネのネオ・クラシック様式建築

17 10月
2008年10月17日

アテネ中心部を散歩していると、美しい建物にはっと目を奪われることがあります。
新古典様式(ネオ・クラシック様式)の建築は、古代ギリシャ・ローマ建築をお手本にしています。19世紀から盛んになり、今では、世界中にギリシャの神殿にそっくりな建築物があふれています。その合理性、率直さ、均衡、美しさを持った様式は、博物館、銀行、劇場、寺院、政府機関などに好んで用いられました。イギリスの大英博物館、フランスのマドレーヌ寺院などは、アテネのパルテノン神殿にそっくりですよね。
18世紀に、「ギリシャ芸術模倣論」と「古代美術史」を書いたドイツのヴィンケルマン氏は、ギリシャ芸術を評して「高貴な単純さと静謐な偉大さ」と表現しています。これは、過度な装飾の目立つ貴族趣味の極致、「ロココ様式」と比べ、対照的な世界です。ネオ・クラシック様式が生まれた背景には、貴族世界という旧体制への反発・抵抗があります。産業革命が起こって貴族の時代が終わりを告げ、中産階級の台頭が目立ってきたその歴史の転換期に、見直され、取り入れられてきたのが、この古代ギリシャの様式だったのです。ギリシャ様式の復興を表現する時に、「グリーク・リバイバル」様式と呼ばれることもあります。

さて、このネオ・クラシック様式、本家本元のギリシャのアテネで見られる典型的な建築は、国会議事堂、ザピオン、アカデミア、国立図書館、アテネ大学などがあげられます。

シンタグマ広場の真ん前にある国会議事堂は、初代のギリシャ国王オットーの宮殿だったところですが、1935年に改修され、現在の国会議事堂となりました。正面下の壁面には、無名戦士の碑が彫られていて、衛兵交代の儀式なども観光の見所となっています。

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ザピオンは、国会議事堂となりの国立庭園の横にある国際展示場・会議場ですが、近代オリンピックの開催に尽力したザパスの出資によって建てられたものです。前の広場は、季節の見本市やアポクリエスという2月のカーニバルイベント、クリスマスシーズンのイベントなど、様々に利用され、噴水が美しく緑の多いザピオン庭園内は市民の憩いの場所となっています。

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シンタグマ広場からパネピスティミウ通りをオモニア方向に行くと、道の右側に3つ並んですぐに見つかるのが、19世紀に建設されたアカデミア、国立アテネ大学、国立図書館です。
アカデミアはデンマーク人建築家セオフィルー・ハンセンの設計で、屋根の上には、竪琴を持ったアポロ神と楯を持ったアテナ神(アテネ市の守護神)の彫像があり、青空に良く映えています。

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その隣の国立アテネ大学は、噴水広場を前に見事な左右対称をなす美しい建築で、現在では大学としては使用されていませんが、入り口の上側の壁にある壁画は美しく、見応えがあります。この壁画は、ギリシャにおける科学・学問の黎明を描いたもので、それぞれの学問の名前とそれに関係する人物が描かれています。

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そのお左隣は国立図書館ですが、こちらも、アカデミアと同じ建築家ハンセンの設計で、左右に分かれた二つの螺旋階段の曲線が優美な印象を与えています。中は厳粛な重々しい雰囲気で、歴史を感じさせます。

このようなテーマを持ったアテネ散歩も楽しいものです。

ギリシャのカフェでコーヒーを

10 10月
2008年10月10日

ギリシャ人は、カフェ大好き人間が多いです。というか、おしゃべり好きというべきか・・・カフェはいつも人で一杯です。
夏はもちろんアウトドアカフェ。冬でも、周囲をビニールシートで覆って寒さや風よけし、暖房器具をおくカフェもあり、そこまでして外でお茶している人を良く見かけます。そして、かなりの確率で片手にはタバコが・・・本当に喫煙人口が多い国でもあります。タバコが苦手な方は、アメリカ系の禁煙カフェに逃げ込みましょう。

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日本人は、コーヒーと共にお茶も大好きだと思いますが、ギリシャでお茶というと、なんだか病人用、体の調子が悪いときの飲み物・・・といった印象があります。うちの義母も、下痢をしたらレモンティー、病み上がりや胃の調子の悪い時は、ハモミールティー、山のお茶(チャイ・トゥ・ブヌ)・・・といった感じです。まあ、最近では、ペットボトル入りの紅茶なども随分出回ってきたし、カフェのメニューにもありますが、依然として、カフェでは「やっぱりコーヒー!」なんですよね。

ギリシャのカフェでメニューを見ると、結構な種類のコーヒーがあって迷ってしまうと思います。
フィルター・コーヒーは別名ガリコ・カフェと呼ばれるフランス風、カプチーノ、エスプレッソはイタリア風というのはまあ良いとして、カフェなのに、堂々とインスタントコーヒーを出しているところが笑えます。「ネス」というコーヒーは、ご存じネスカフェの粉を溶かしたものです。そんなもの、わざわざお金を出して飲む気もしませんが、まあ、場所と雰囲気なんでしょうね。
夏の定番ではフラッペというアイスコーヒーもあります。といっても、日本のアイスコーヒーとは違い、撹拌して泡をたくさん立たせるのが特徴。砂糖とミルクはどうするか聞かれるので、砂糖を入れるのなら「メ・ザハリ(with sugar)」、ミルクを入れるのなら「メ・ガラ(with milk)」と言って頼みましょう。

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これに対し、昔からあるギリシャコーヒーはエリニコカフェと呼ばれ、年齢層の上の人に人気です。トルコ・コーヒーと同じものですが、トルコ占領の辛い過去を持つギリシャ人はそれを認めず「ギリシャコーヒー」と呼んでいます。これは、コーヒーの粉(写真上)を専用の小さい鍋に入れて、水と好みで砂糖を入れて沸かして溶かし、泡が立ってきたら吹きこぼれる直前で火を止め、ちょっと粉が沈殿するのを待ってから頂きます。濃いので、エスプレッソのような小さなカップで出てきます。ご想像がつくかと思いますが、これは結構粉っぽいザラザラした味わいですが、慣れるとなかなかおいしいものなんです。くれぐれもかき混ぜないように・・・余計に粉っぽくなりますから。初心者は、「メトリオ」と言って、砂糖をちょっと入れて貰った方が飲みやすいと思います。飲み終わった後、カップに沈殿したコーヒーの粉の形で「コーヒー占い」をする人もいるそうです。

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そして、このコーヒーの良いところは、どこに行っても、メニューの中で一番値段の安いコーヒーだということです。ヨーロッパ中で、一番コーヒーの値段が高い国だと言われているギリシャ、これだけは適正価格かも知れません。エリニコカフェは、カフェニオンと呼ばれる、おじいさん専用(?)の渋いカフェでは定番です。カフェニオンは、客層を見ればすぐ分かると思うのですが、若者はもちろん、女性も寄せつけない雰囲気を持っています。昔の、男性の社交場の名残です。こちらは、遠くからそっと見守るだけにしておきましょう。

クレタ島のアルカディ修道院

04 10月
2008年10月4日

クレタ島は、地中海に浮かぶギリシャで一番大きな島です。美しいビーチ、セレブも訪れる高級リゾート地、ミノア文明発祥の地、豊富な農作物や珍しい草花、多くの遺跡、変化に富んだ地形や洞窟・渓谷などの恵みを観光のセールスポイントにしていますが、実は、その歴史は、戦争、占領、略奪、などの困難な出来事で彩られています。

今日は、その中の一つの悲劇的なエピソード、ギリシャ正教徒の聖地となっている修道院を紹介しましょう。クレタ島の北西部、美しい港町レスィムノンの近くに、そのアルカディ修道院はあります。16世紀に建設され、その優美で均整のとれたファサードを持つ修道院は、建築洋式としても大きな歴史的価値を持つ遺産です。向かい側の回廊の2階に上れば、修道院と、色とりどりの花に囲まれた美しい庭園を一望することができます。

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ギリシャは、15世紀にオスマン・トルコ帝国に占領され、1830年にヨーロッパ列強国によって独立を認められるまで、400年近くもトルコ支配による辛酸をなめてきました。本土独立後も、クレタ島は依然としてオスマン・トルコの支配下にあり、抑圧された生活であったため、誇り高きクレタ人たちは、自由・独立を求めて戦ってきました。1866年の11月、独立を望むクレタ人による大きな反乱が起こり、それを鎮圧するためにトルコ軍が出動し、アルカディ修道院には、多くの追いつめられたクレタ人反乱軍とその家族が避難し、たてこもりました。その数は、女性700名、男性287名にも及んだといいます。そして、その中の45名は、ギリシャ正教の僧侶たちでした。この時代のギリシャでは、トルコ支配下にあってもギリシャ正教の自治は認められており、ギリシャ正教の教会や僧侶たちは、ギリシャ人たちの心のよりどころ、アイデンティティーを象徴していました。トルコ軍に包囲されて降伏を要求されて籠城の後、敵兵が修道院の中に攻め入った時、その悲劇は起こりました。トルコ軍の捕虜になって辱めを受けるより、誇り高き死を選んだギリシャ正教徒達は、自らの手によって修道院の火薬庫に火を放ち、集団自決したのでした。その爆破により、籠城していたほとんどのギリシャ人と、多くのトルコ軍が死傷しました。「自由か死か」という誇り高きスローガンは、ギリシャ独立戦争を象徴するものですが、この事件は、まさに、このスローガンを有言実行したものでした。このアルカディ修道院集団自決は、ヨーロッパ列強国にも大きな衝撃を与え、一気にクレタ解放に手を貸すきっかけになった、重要な歴史的事件でした。

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修道院の中の壁や木には、トルコの砲弾の跡と見られる穴が痛々しく残っており、当時を偲ばせます。また、修道院内にあるミュージアムの中には、当時使用された武器や、火事から焼け残ったイコンや教会の備品、建物の一部、僧侶の個人的遺品などが展示されています。今では、その庭には美しい花が咲きみだれ、まるで地上の楽園のような雰囲気で、当時の悲劇が嘘のような静寂に包まれています。

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この修道院は、ギリシャの誇りを守った象徴として、ユーロ導入前のドラクマという紙幣のデザインにも使用されていました。それだけ、ギリシャの歴史にとって重要な意味を持つ場所なのですね。日本の「ひめゆりの塔」と決定的に違うのは、この集団自決は、戦争の悲劇としてというよりは、ギリシャ人の誇りと威信を守ったという「英雄的行為」として語り継がれているということでしょうか。

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