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必見!アテネの新「アクロポリス博物館」(その2 博物館の概要)

19 7月
2009年7月19日

新アクロポリス博物館は、先月6月20日に著名人や各国の要人などを招いて、華々しくオープニングセレモニーが行われたのですが、この日は、正にギリシャの歴史に残る大切な記念すべき日。実は、この待ちに待った晴れの日を迎えるまでには、苦難の歴史がありました。

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文化省大臣であるサマラス氏の言葉の通り、ギリシャの独立から188年、コンスタンティノス・カラマンリス首相がこの地に新博物館を建設すると決定してから33年、メリーナ・メルクーリ(元女優で、後、文化省大臣)がエルギン・マーブルの返還をイギリスに要求し、その夢の実現に向けてキャンペーンを行ってから27年、アクロポリスの新博物館はギリシャの悲願でした。アクロポリスはギリシャの誇り。そのシンボルとなる博物館は、単なる建物ということではなく、ギリシャの理想、価値観、アイデンティティー、精神、威信を賭けての大事業だったのです。今まで丘の上にあった小さな旧博物館では、大切な文化遺産を全部展示することもできず、ギリシャのパルテノン神殿の彫刻群(通称エルギン・マーブル)をたくさん所蔵している大英博物館にその返還を求めても、「ギリシャには、貴重な彫刻を展示・管理できる場所もない」と一蹴されていたのです(涙)。1976年に新博物館の建築に踏み切ってからも、建築の入札は難航し、建築中に新しい遺跡が見つかったり、立ち退き問題で裁判になったりで工事も遅れに遅れ、2004年のアテネオリンピックに間に合わず・・・これは本当に残念でした。オリンピックが過ぎてしまえば、さしあたって急ぐ必要もないか・・・という感じで、いつ開館するのかと気をもんでいたので、この夢の実現は、ギリシャ人でない私にとっても、本当に感無量です。

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有名なスイスの建築家ベルナール・チュミ氏等が設計したこの新アクロポリス博物館は、遺跡とは対照的な現代的デザイン。展示物が主役になるようにと建築物の無駄を排除し、わざと無機質な雰囲気にしているような印象を受けます。コンクリートとガラスを多用し、自然光を重用視して、展示彫刻をできるだけ美しく見せる工夫がなされています。建物の下で発掘された遺跡も、ガラス張りの床にして見学できるようにしたのも、なかなかのアイデアです。総床面積は2万5千平方メートルで、手狭な旧博物館に比べ、展示スペースは約10倍もの広さ。建築費用はなんと1億3千万ユーロ(約175億円)で、正に国家一大事業!その夢にかけた意気込みを感じます。

さて、博物館の構成ですが、下記のようになっています。話題のスポットなので、相当混んでいるかと思いましたが、私が訪れた平日の午前中は、ツアー客が到着する時以外は、割合ゆったりと見られました。

グランド・フロア: カフェ、ミュージアムショップ、シアター、クローク
アクロポリス・スロープ ギャラリー (アクロポリスの丘 岩壁斜面からの発掘物)
1階(日本でいう2階): アルカイック・ギャラリー (紀元前7―5世紀、アルカイック期の彫刻)
プロピレア(前門)、アテナ・ニケ神殿、エレクティオン からの発掘物、彫刻
紀元前5世紀~5世紀の発掘物
2階: カフェ、ミュージアムショップ
3階: シアター
パルテノン・ギャラリー (パルテノン神殿の破風・メトープ・フリーズの浮き彫り彫刻)

たくさん写真を撮ろうと意気込んでいたのですが・・・3階以外は、フラッシュなしでも撮影は禁止されていていたので、残念ながら写真のご紹介はできません。3階のパルテノン・ギャラリーだけはフラッシュなしでの写真撮影が可能です。放送でも何度も注意が流れていましたし、警備員も見張っていましたので、ご注意下さい。

古代より、アクロポリスは市民の信仰の対象で要塞でもあり、様々な神殿や神域があり、その周りに街が形成されました。1階にあがる最初のスロープでは、アクロポリスの周囲にあった街や神域の遺跡から発掘された、紀元前のアテネ市民の日用品や、アクロポリスへの奉納品、神域からの発掘物が展示されています。下のガラス張りの床からは遺跡が見えるので、昔のアテネの街並や市民の日常生活の様子を想像しながら歩くのが楽しいです。ひときわ目を引くテラコッタのニケ(勝利の女神)像2体(1-3世紀)は、大変保存状態も良く美しいです。

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スロープをのぼりきった1階(日本でいう2階)は、アルカイック・ギャラリー。天井の高い明るいスペースに、柵もなくガラスケースにも入っていないお宝の彫刻が惜しげもなく展示されており、至近距離から細部を鑑賞することができます。でも、くれぐれも展示物には手を触れないように!これらの彫刻の多くは、神・神殿・神域への奉納品で、奉納した人の名前や職業が書かれていたりします。壁際に一列に並べるのではなく、広い展示スペースの真ん中に点々と作品を配したこの展示方法は本当に素晴らしいと思います。彫刻の後ろ姿、横からの姿、衣服のドレープの細部、編んだ髪の毛や体の細部、昔の彩色を彷彿とさせる模様など、貴重な彫刻の細部を、色んな方向からくまなく観察することができ、「神への奉納品は完璧でなければいけない」、という当時の哲学を実感します。また、全面ガラス張りの室内なので、時間帯によって微妙に変わる自然光の中での陰影の鑑賞も、別の楽しみと言えそうです。
ここの見所は、アルカイック期(紀元前7-5世紀)の彫刻。コレーと呼ばれる美しい乙女像の数々、青年像、アテナ像、「仔牛をかつぐ青年」など、どれも悠久のバランス美にあふれています。「カリアティデス」と呼ばれるエレクティオンのポーチに立っていた少女像のオリジナル(パルテノン神殿にある像はコピーです)、ヘラクレスの破風彫刻等もこの階で見られます。

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ここまで見て、2階のカフェで一服するも良し。アクロポリスの実物を眺めながら、飲み物や軽食を楽しめます。バルコニーに出ると、眼前にそびえるパルテノン神殿は圧巻!この場所に博物館ができて、本当に良かったなと思います。ただ、夏は屋内の方が冷房がきいていて過ごしやすいです。

そして、3階のパルテノン・ギャラリーでは、パルテノン神殿の内側を飾っていた東西南北のフリーズ(帯状浮き彫り彫刻)、外側フリーズのメトープ(浮き彫り額)、破風(東側正面と西側正面の三角形の屋根部分)に施された彫刻を、存分に鑑賞することができます。特に、東側内側フリーズのパンアテナイア祭の行列を描いた彫刻は有名で、チケットのデザインにも用いられています。

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このギャラリーは、パルテノン神殿の模型のようになっていて、彫刻が、横に見える実際のパルテノン神殿と同じ方向・形・比率に配置され、実際の神殿のどこに、どの彫刻があったのかが分かるしかけになっています。フリーズの装飾は、ギリシャ古典期彫刻の極みと言われ、細部の表現力、躍動感、バランス、力強さ、ストーリー性など、人を惹き付けてやまない魅力にあふれています。

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そして、この階には、全世界に向けて、ギリシャからの熱いメッセージがこめられています。彫刻の黄色っぽい部分は本物ですが、白い部分は複製で、わざと、その違いがはっきり分かるようになっています。そう、この白い部分は、実はイギリスの大英博物館に所蔵されているのです。ギリシャのトルコ統治時代に、コンスタンチノープルの英国大使であった当時のエルギン卿が、パルテノンの彫刻を破壊してイギリスに持ち帰ってしまったのです。ギリシャは、イギリスに対し今までずっと返還を迫ってきましたが拒否され、交渉はうまくいきませんでした。今回は特に強硬に、この素晴らしい新博物館オープンに際し、パルテノン彫刻(通称エルギン・マーブル)の返還を強く要求していたのですが、イギリス側は返還する気は全くないようで、「貸し出すのは可能。でも、その後は永遠にイギリスの所有とする」というような条件を出してきて、ギリシャ国民は大いに怒ったのでした。
私も実際に、一つの彫刻がギリシャ側とイギリス側に分断されていたりするのを目の当たりにして、とても心が痛みました。この新博物館オープンを機に世界的に注目され、世論が高まって、いつの日か、ギリシャの文化遺産が故郷に戻ることを願っています。
今年中は、できるだけ多くの方にギリシャの至宝を見て頂こうというわけで、入場料はたったの1ユーロ!是非、訪れてみて下さい。

アクロポリス博物館
場所: 15 Dionysiou Areopagitou St. Athens
地下鉄 ライン2(赤ライン)「アクロポリ」駅下車すぐ
Tel: 210-9000901
入場料: 2009年中は1ユーロ。
開館時間 : 8:00―20:00 (19:30最終入場)
休館日 : 月曜、祝祭日 (1/1,3/25、復活祭の日曜日、5/1,12/25,12/26)
公式HP:http://www.theacropolismuseum.gr

必見!アテネの新「アクロポリス博物館」(その1 アクロポリスの歴史)

18 7月
2009年7月18日

今、アテネ一番の話題は、6/20にオープンしたばかりの素晴らしい「アクロポリス博物館」!!
博物館の説明をする前に、今回は、アクロポリスの歴史をちょっとご紹介しましょう。

アクロポリスとは、ギリシャ語で「(古代)都市の一番高い場所 」 の意味で、ギリシャの様々な都市で、古代から城塞・神域・権力者の住居などに利用されてきました。その中でも、アテネのアクロポリスは最も有名で、ユネスコの世界遺産に指定された、アテネのシンボルとなっている丘(海抜155m)です。
新石器時代(紀元前4000年~)から人が居住し、ミケーネ時代(紀元前15―12世紀)には王の宮殿や城壁がありました。その後、ポリス(都市国家)の時代(紀元前8世紀)には神域となり、現在残っている建築物は主に紀元前5世紀から2世紀に造られたものです。

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現在アクロポリスの丘に残っている遺跡の中で最も有名なパルテノン神殿(写真上)は、アテネの都市の名前の由来ともなっている「アテネ女神」を奉る壮麗な神殿です。アテネの黄金時代を築いた大政治家ペリクレスの命で、紀元前5世紀頃、イクティノスとカリクラテスの設計により建設されました。今は白っぽい大理石の色が残っているだけですが、当時は美しく彩色されていて、フィディアス作の12mとも呼ばれる黄金と象牙のアテナ像が中に安置され、その他にも信奉者からの奉納品である素晴らしい彫刻や贈答品を所蔵する豪華絢爛な神殿で、様々な祭儀が行われる市民の信仰の対象でした。

丘の上には、パルテノン神殿の他にも、下記のような重要な遺跡があります。
1)プロピレア(神域への入り口となる西側の前門)

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2)アテナ・ニケ神殿(カリクラテスの作である「勝利のアテナ」を意味するイオニア様式の神殿)
3)エレクティオン神殿(エレクテウス王にちなんで名付けられ、カリアティデスと呼ばれる、6体の優雅な乙女像がポーチに配されている。現在、エレクティオンの屋外にある彫刻はレプリカで、オリジナルは、博物館内に展示)

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このアクロポリスですが、破壊と略奪の歴史に彩られ、今、この形で残っているのが奇跡的とも思える位です。4―5世紀、ローマ帝国の支配下ではキリスト教が国教になったため、破風部分を破壊し十字架を配してキリスト教の教会に改築され、15世紀からのトルコの支配下では、今度はイスラム教のモスクに改築されて使用されました。でも、一番致命的な打撃は、火薬庫としても使用されていたために、17世紀にヴェネチア軍の砲撃を受けて破壊された時でした。また、19世紀には、トルコ統治時代の大使であったイギリスのエルギン卿が、フリーズ(神殿上部の、帯状浮き彫り彫刻部分)の半分と、破風部分を壊してイギリスに持ち帰ってしまいました。その彫刻群は、今では大英博物館に所蔵されていて、ギリシャ政府は、何十年にもわたり返還を迫っています。
このような波瀾万丈の歴史を持つアクロポリスの丘。その古代からの建築物、彫刻、日用品など、世界の至宝とも言える発掘物が一同に集められたのが、この「新アクロポリス博物館」なのです!!

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アクロポリスの夜景を楽しめるレストラン

09 7月
2009年7月9日

ギリシャの夏といえば、やはり、屋外で食事がギリシャ風。ギリシャ人は外が大好き。レストランもカフェも、外の席から埋まります。個人的には、冷房のきいた屋内席も捨てがたいと思いますが・・

 

言わずと知れたアテネのランドマーク、世界遺産にもなっているアクロポリスのパルテノン神殿を眺めながら食事というのは、アテネならではの贅沢です。今日紹介するレストランは、あまりガイドブックにも載っていませんが、眺めが最高なのでお勧めです。

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電車Line1のティシオ駅から、アクロポリスの丘の方に向かって続く坂道(Apostolou Pavlou通り)は、2004年のオリンピックの時にできた素晴らしい遊歩道です。昼間も良いですが、夕涼みがてらのそぞろ歩きも最高です。大道芸人や屋台の店を冷やかしつつ、左手に古代アゴラやアクロポリスの遺跡を眺めながらのぼっていくと、遊歩道沿いには、歩道に椅子やテーブルを出した洒落たカフェやレストランが並び、人々のくつろいだ姿が見られ、「ああ、ギリシャっていいなあ!」と思えるはず。

 

5-6分歩けば、右側に見えてくるこのレストラン。1階席と、2階のテラス席があります。テラス席には、店の横にある外階段から直接入ります。夏場は、予約しないとなかなか入れませんが、ギリシャの食事時間は遅いので、早目の時間なら、入れることもあります。

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料理はちょっとアレンジされたギリシャ料理。夕暮れから夜にかけて、夜のとばりが降りる頃、リカヴィトスの丘、アクロポリスを眺めつつ、空の色の変化を楽しみながら、ギリシャワインを片手に過ごす一時は、忘れられない思い出になることでしょう。アクロポリスは、ライトアップされると昼とは違った別の美しさです。私の行った時は、調度満月で、絵はがきのような風景を味わうことが出来ました。

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Filistron (フィリストロン) Apostolou Pavlou 23, Thisio

tel: 210-3467554

 

アクロポリスと言えば、最近、念願のアクロポリス・ミュージアムがオープンしました!

そちらの方も、是非お見逃し無く!この話題は、また、後日、アップします。

旧シュリーマン邸を訪ねよう

04 7月
2009年7月4日

アテネのへそといえば、シンタグマ広場。そこからわずか徒歩数分のところ、アッティカデパートの真ん前に、あまり有名ではないですが、興味深い博物館があります。

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それは、かつて、考古学者のハインリッヒ・シュリーマン(1822-90)が住んでいたイリウ・メラスロン(「トロイの宮殿」という意味)と呼ばれる建物で、現在、中は貨幣博物館になっているのです。紀元前14世紀から現代までの貨幣やコイン、メダルのコレクション50万点が集められ、古代ギリシャやローマ時代のコイン、ビザンチン時代の金貨、歴史的な記念コインなど、とても興味をそそられます。シュリーマン自身が寄贈したコレクションもありますが、他の収集家からの寄贈もたくさんあり、ギリシャ神話の一場面、オリンポスの12神、建物、人物、動物、などなど、様々な年代、地方からのコインが集められ、そのままアクセサリーにしたくなってしまいそうな美しいデザインもたくさんあります。アテネ女神の守護鳥である「ふくろう」のコインや、昔のオリンピックのメダルなども展示されています。

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また、見逃せないのがこの建物自体の外装や内装です。この美しいネオクラシック様式の建物は、シュリーマンの友人でもあったドイツ人の建築家、アーネスト・ジラーによって設計され、1880年に完成しました。スロヴェニア人アーティスト、ユーリ・スービックが手がけた部屋の天井画や壁画のデザイン、外からも見えるバルコニーの天井画は、本当に洗練されていて美しいです。また、ミケーネやトロイの遺跡からヒントを得て、イタリア人の職人によって作られたモザイクの床も必見。造形と色の調和が見事で、シュリーマンが、この屋敷にかけた「情熱」を感じます。シュリーマンは、この素晴らしいお屋敷を月一回公開し、1階のボールルームは、当時のセレブ達の社交場になっていたそうです。

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シュリーマンの書いた「古代への情熱」という本では、彼が当時フィクションであると信じられていたホメロスの「イーリアス」の物語を実話だと信じ、自分の財産をなげうって調査研究に没頭し、見事にトロイの遺跡の発掘に成功することになった経緯が書かれています。夢の大切さを思い知らされ、この建物を前にすると、彼の情熱に、少しでもあやかれそうな気がします。

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そして、これまたお勧めなのが、裏庭にある隠れ家的カフェ。なんといっても、場所が格別!シュリーマン邸に招かれた気分でお茶を頂くのも素敵です。ゴミゴミしたカフェが多いアテネ中心部ですが、ここは、緑や花に囲まれたオープンスペースたっぷりの、癒しの空間。夏の暑い時でも、建物の陰になっているので、強い直射日光に閉口することもありません。カフェは建物の裏庭にあるので、博物館に入場しなくても入れますし、夏場は夜遅くまで営業しています。

「貨幣博物館」Numismatic Museum (Iliou Melathoron)
場所:12 El.Venizelou Str.(Panepistimiou Str.)シンタグマ広場から徒歩3分
tel:210-3612519, 210-3612190
開館時間:月 13:30~20:00 火―日 8:30~20:00
入場料:大人3ユーロ

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