カテゴリー: 文化

街中がトリコローレ!統一150年。

15 4月
2011年4月15日
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イタリア統一150周年と聞くと、「あれ、歴史が豊かな国だと思ってたけど、意外と最近?」と思われる方も多いでしょう。
イタリアは長い間小都市国家が乱立した状態にあり、ドイツやフランスなど他国の干渉もあって分裂が続いていました。
それを「イタリア統一国家にしよう!」という声が高まってきたのが19世紀。
サルデーニャ公国のヴィットリオ・エマヌエーレ二世による統一戦争を経て、ガリバルディ率いる千人隊により、当時オーストリア支配下だったヴェネツィアや教皇庁などをのぞくイタリア半島のほとんどが統一されます。
こうしてヴィットリオ・エマヌエーレ二世がイタリア王国の成立を宣言したのが1861年。
つまり、150年前の3月17日だったというわけです。

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統一150周年を記念して、街はトリコローレ(イタリア国旗の赤・白・緑の三色のこと)でいっぱい!
ポンテ・ヴェッキォもライトアップで三色に染まりました。
商店のショーウインドーの中も、人々の服装も、どこもかしこもとにかくトリコローレ!
イタリア国旗を背中にかけている人や、三色の風船を手に歩く人も沢山います。

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こちらはレプブリカ広場。
ここもトリコローレに大変身しています。
こうやって街中が一つのテーマで彩られるというのも、なかなかない光景。
夜の空気と相まって、幻想的な雰囲気を作り出しています。

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人混みの間を縫ってゆっくりと歩き、シニョリーア広場に辿り着きました。
ヴェッキォ宮殿ももちろん、三色に。
夜が更けると共に広場の中は「フィレンツェ市民全員集まってるんじゃなかろうか?」と思うほどの大混雑に。

フィレンツェはイタリア統一後、トリノの次に二代目首都になったという経緯があります。
首都はその後1871年にローマへと移り、そのまま留まりました。
「かつてはここが首都であった!」という誇りを現在でも失わないフィレンツェ市民にとって、ここヴェッキォ宮殿で迎える統一150周年には、特別な感慨があるようです。

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深夜12時半。
ヴェッキォ宮殿から花火が打ち上げられました。
建物のベランダから打ち上げているせいか大玉ではなかったけれど、リズム良く赤・緑・白の火花が散って、歓声を上げる人々の顔を照らしました。
150歳の誕生日、おめでとう、イタリア。

カルネヴァーレは元気の秘訣

19 3月
2011年3月19日
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今年もこの季節がやってきました。
冬最後のお楽しみ、カルネヴァーレ(カーニバル)です。
詳しいことは去年も書いたので省きますが、カルネヴァーレとは日本では謝肉祭と呼ばれるキリスト教文化のお祭りのこと。
毎年時期は異なりますが、大人も子供も一緒になって仮装をしたりパーティーをしたり、大いに盛り上がる時期です。

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イタリアではヴェネツィアのカルネヴァーレが有名ですが、その他の地域でももちろんお祭りは開かれます。
今年のカルネヴァーレ最終日は3月8日。
それに合わせて、3月最初の一週間は各地で様々な催し物が開かれていました。
私もスーパーに買い物に行こうと気軽に家を出てみたら、道がお祭りで封鎖されていてびっくり。

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通りでは各地から職人やアーティストが集まって屋台を並べていました。
商店街のお店も食べ物などを出店して近所の人たちが集まる、身近で素朴なお祭りです。

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カラースプレーでほどよくデコレーションされた、ハローキティの山車を発見!
イタリアでもハローキティは子供たちの人気者です。
山車を牽いているのは農業用のトラクター。
手作り感たっぷりの山車には派手さはありませんが、仮装した子供たちの笑い声が響いて楽しそうです。

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決定的瞬間!小さな男の子の吹き付けたカラースプレーが、通りがかりの女性の鼻にピッタリフィット!
カルネヴァーレの時期はどんな冗談でも許されると言われるくらいですから、もちろんこのくらいのことでは誰も怒りません。
スプレーを吹き散らしたり、紙吹雪を投げつけ合ったり、イタズラしたりイタズラされたり、みんながそれぞれにふざけ合い、楽しむのがお祭りの醍醐味です。

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私も友人たちと、ささやかなカルネヴァーレ・パーティーを開きました。
写真はまだ食べ物の準備中ですが、こうしている間にも次々と仮装した人たちが集まってきます。
お菓子や食べ物を持ち寄って床に並べ、シャンパンを開けたらいざ、ダンスタイム!

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室内が暗かったので思いっきり手ブレした写真しかなくてごめんなさい・・・。
彼は指圧のマエストロで、少なくとも60歳は越えていますが、見てくださいこの元気!
ノリノリで踊っている時のBGMはなんと、レディー・ガガ。
なんて若いおじいちゃんなんでしょう・・・弟子に借りたオレンジのカツラがよく似合ってます。
マエストロいわく、「ふざける時には思いっきりふざけて笑うのが、元気のコツ」とのこと。
年に一度のカルネヴァーレは、イタリア人みんなの元気の秘訣なのかもしれませんね。

宮廷画家の展覧会

11 2月
2011年2月11日
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フィレンツェ中心街、ドゥオモからも歩いて3分ほどの場所に、パラッツォ・ストロッツィ(ストロッツィ宮殿)があります。
かつてはフィレンツェの有力貴族だったストロッツィ家の住居で、現在は様々な催し物や展覧会などに使われています。
昨年9月からこのストロッツィ宮殿で開かれていた「ブロンヅィーノ展」に行ってきました。

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こちらが入り口。
会期の最後の一週間は夜も23時まで会館しているというので、平日夜に行ってみたのですが・・・長蛇の列。
もっと早くに観に来て居ればゆっくり観られたんでしょうけど、みんな考えることは同じ。
終了ギリギリになって飛び込む私のような人が多いので、この時期はどの時間も大混雑なんだそうです。

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オーディオガイドを借りようと思って列に並んでいると、貸し出し所で働いていたのはちょうどこの展覧会を薦めてくれた友人でした。
「オーディオガイド借りるの?あ、でもちょっと待って。あと5分したら私たちの仲間がガイドをして、詳しい説明付きで展覧会を回ることになってるのよ。予約制なんだけど、特別に入れてあげる!」
とのこと。
さすがコネの国、イタリア。
イタリアで持つべきものは、やはり友!
ガイドはイタリア語のみですが、やっぱり機械が一方的に喋るのを聞くよりも、人間がゆっくりと説明してくれた方が面白いに決まってます。
イヤホンを受け取って、ツアーの参加者に混ぜてもらうことにしました。

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こちらは併設されていた写真展のパンフレットです。
展覧会の中は写真撮影禁止だったので、今回はいい写真がなくてごめんなさい。

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展覧会の写真は撮れませんでしたが、その代わりに展覧会の後散歩した、夜のフィレンツェの写真です。

さて、ブロンヅィーノという名前は日本ではあまり有名ではありませんが、メディチ家の宮廷画家として活躍したと言えば、「ひょっとしてあの絵・・・」と思い当たる人もいるかもしれませんね。
かつてフィレンツェを支配した強力な一族、メディチ家。
ブロンヅィーノは彼らの面影を今に残す、沢山の肖像画を描きました。

ブロンヅィーノの本名はちょっとややこしい、アーニョロ・ディ・コジモ・ディ・マリアーノ・トーリと言います。
どれが名前だか名字だかよくわからくなりそうですが・・・ブロンヅィーノというあだ名は、彼の髪の色が青銅(ブロンゾ)だったからなんだそうです。

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展覧会は彼の師匠であるポントルモの作品などもあり、師弟の絵を見比べることもできるようになっています。
未公開だった作品や、フランスのルーブル美術館から取り寄せた作品などもあり、かなり見応えのある大規模な展示でした。

中でもため息が出そうになるのは、チケットにも印刷されていたメディチ家のお后様「エレオノーラ」の肖像画。
ここで描かれた彼女のドレスの精巧さ、美しさは、とても400年以上の時が経過しているとは信じられないほどです。
この絵に描かれたドレスがあまりにも素晴らしかったため、後日「エレノオーラはこの服を着て埋葬された」など様々な憶測と伝説を呼んだのだとか。

今回私が参加したのは、お喋り上手のガイド共に館内を回る、1時間半ほどのツアーでした。
イタリアでガイドと一緒に美術館を回ったのはこれが初めてでしたが、これなら予約してでも参加する価値があるなぁと納得です。

イタリアで過ごすクリスマス

11 1月
2011年1月11日
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みんなが楽しみにしている冬の大イベント、クリスマスがやって来ました。
敬けんなクリスチャンが多いイタリア。
彼らにとってクリスマスはキリストの生誕を祝うという意味で、宗教的にもとても大切な行事なのです。

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年々経費が縮減されて日本ほど華やかではありませんが、クリスマスシーズンが近づくと様々なイルミネーションが街を彩ります。
プレゼントを買う人たちで街が賑わうというのは、日本もイタリアも同じ光景かな?
今年はフィレンツェから車で2時間ほどにあるシエナという街で、こんな美しい電飾の木を見つけました。

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クリスマスは恋人同士や友達と過ごすことが多い日本とは違って、こちらではクリスマスと言えば家族や親戚が集まるファミリーイベントです。
ただでさえパーティーやら友達との集まりやらで暴飲暴食になりがちな年末ですが、25日のランチは家族揃ってお腹いっぱい豪華な食事を食べるというのが一般的なクリスマスの過ごし方。
「滅多に会わない親戚まで集まるので付き合いに疲れる。」
「断り切れず食べ過ぎて苦しい。」
などの理由から、クリスマスをストレスに感じているイタリア人も実は少なくないのです。

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私も毎年、クリスマスのランチには鳥の丸焼きを作ります。
前日からローズマリーやタイムでしっかり風味をつけたお肉は、とってもジューシー!
トスカーナ地方では鳥の丸焼きの他に、詰め物をしたパスタをスープと一緒に食べる「トルテッリーニ・イン・ブロード」という料理がよく食べられています。

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クリスマスが終わってもしばらくはお祭りムードが続きます。
年越しの模様は改めて紹介するとして、1月6日にはエピファニアという、日本には馴染みのないイベントが。
エピファニアにはベファーナという魔女がやってきて、良い子にしていた子供たちにお菓子をプレゼントしてくれるのです。
女性版サンタといったところでしょうか?
クリスマス飾りや電飾は、このエピファニアの日までそのままにしておくのがイタリア流。
新年にクリスマスツリーがそのままになっているのも、決してイタリア人が怠惰なせいではないのです。

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エピファニアを過ぎれば、イタリアは冬の大バーゲンに突入します。
イタリアでは州によってバーゲン開始日が決まっています。
フィレンツェの今年のバーゲンは6日に始まりました。
今年も街に活気が満ち、大きな買い物袋を下げた人々で賑わっています。

田舎町で迎える冬の訪れ

05 1月
2011年1月5日
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トスカーナ州の北のはずれに位置する、とある田舎町。
ここで毎年、12月5日に行われる「聖ニコロの火」という素朴な行事があります。
今年は5日が悪天候だったため、一週間延期して12月12日に行われました。

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広場に着くとすぐ、地元のおじさんたちが「よく来たな!さぁさぁ、まずは俺の作ったワインを飲んでくれ」とコップを差し出してきました。
ワインを飲みながら世間話をしている間に、徐々に町民たちが広場に集まってきます。

この行事は、もともとは冬至の頃に冬への不安を解消するお祭りとして、地元の農夫たちが行ったものだと言われています。
この時期は畑の収穫が終わり、農業の暦では一年の仕事が終わる時でもあります。
その年の収穫への感謝、来年の収穫への祈り、そしてこれから訪れる厳しい冬への怖れと不安を吹き飛ばすため、人々は広場に集まって大きなたき火を燃やしたのです。

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イタリアの伝統的行事の多くは、こうした古い慣習や文化をベースにして、後に教会の意志によって強制的にキリスト教の教義と合体させられました。
このたき火も例外ではなく、いつの頃からか聖ニコロと結びつけた宗教行事となったのです。

教会の鐘の音を合図に、神父さんが聖ニコロの像と一緒に広場にやってきます。

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神父さんによる祈りの儀式が終わると、いよいよ着火です。
町の人々が周囲を取り囲んで見守る中、地元の青年団が松明を掲げて木の枝で作ったの山に近づき、着火します。

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山の頂上には太く大きな木が一本突き立てられていて、これが燃え落ちる方向によって吉兆を占うんだそうです。

火が全体に行き渡ると、町民の大歓声と共に花火が打ち上げられます。

誰かが持ってきたパンやソーセージを、みんなで炙って食べるのも、たき火の楽しみの一つです。
「こっちのソーセージ焼けたぞ!」
「パンを炙ったから、俺んちのオリーブオイルをつけて食べてみろよ。」
賑やかなお喋りが始まって、人々は火で暖を取りながらその土地で取れた食べ物や飲み物を味わいます。

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去年から、地元のおばちゃんたちによる郷土料理の屋台も出るようになりました。
かごの中に詰まっているのは栗の粉で作った、揚げまんじゅうのようなものです。

屋台とは言っても、お金は取りません。
巨大なワインボトルが置いてあって、そこに来年のイベント運営のために払える分だけ寄付をすることになっています。

この町の人たちは、みんなで大きな一つの家族のようなもの。
こうやって一年に一度、普段は遠くに住んでいる親戚や家族が地元に集まる聖ニコロの日を、みんな楽しみにしているのです。

たき火が終わると、本格的なクリスマスシーズンの到来です。

イタリアで年越し!ブオン・アンノ!!

03 1月
2011年1月3日
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皆様、明けましておめでとうございます。
クリスマスは家族や親戚と過ごす人が多いイタリアですが、年越しや新年は友達や恋人と大騒ぎして過ごすという人が圧倒的に多いようです。
日本は正反対ですよね。
イタリアには、年越しに赤い下着を身につけていると良いことがあるという、ちょっと変わった言い伝えがあって、年末になるとどのお店のショーウインドーにも赤いパンツがずらりと並ぶんですよ。
もう一つ、年越しにまつわる縁起かつぎと言えばこの食べ物。

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コテキーノとレンティッケ豆の煮込みです。
コテキーノというのは豚の頬肉など様々な部位を腸詰めにした、コラーゲンたっぷりの濃厚ソーセージのようなものです。
コテキーノにはこのお豆を合わせるのがお約束。
豆の形がお金に似ていることから、年末年始にこれを食べるとお金が貯まるという言い伝えがあります。
年越しそばのように年末に食べるという人もいれば、これはお正月の食べ物だと言う人もいるので確かなことはわかりませんが、とにかくこの時期に食べるとお金持ちになれるかも!?

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自宅でゆっくり夕飯を食べた後は、年越しカウントダウンを見るために車で近郊の街までお出かけしてきました。
目的地は、サンジミニャーノ。
「100の塔がある街」というあだ名からもわかるように、街中からニョキニョキと塔が生えたような独特の景観を残す街です。

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到着してみると、街はどこもイルミネーションで輝いていました。
私たちがやって来た22時頃にはまだ広場も空いていましたが、23時を越えた頃からどんどん人が集まってきて、いつの間にかぎゅうぎゅう詰めに。
みんなレストランや自宅でゆっくりと夕食を食べた後、ワインボトルやシャンパンボトルを持って広場にやって来るのです。
この日のために作られた特設会場では、イタリアのロックバンドが大歓声を浴びて演奏していました。

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夜23時半頃。
ロックバンドの演奏が終わると、街の青年団が舞台の上にやって来て、元気なダンスミュージックと共にカウントダウンを始めました。
そして遂に、深夜24時!!
歓声と共にあちこちで一斉にシャンパンの栓が抜かれます。
「アウグーリ!!(おめでとう)」「ブオン・アンノ・ヌウォーボ!!(新年おめでとう)」
シャンパンシャワーを浴びて濡れながら、周囲の人たちと手当たり次第に新年の挨拶を交わします。

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塔の裏から、花火が打ち上げられました。
こうして大盛り上がりの年越しイベントは、朝まで陽気に続きます。

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