カテゴリー: イベント

結婚のお祝い

16 5月
2011年5月16日

メキシコ人は、祝い事、祭り事が好きである。
人生で、色んな祝い事があるだろう、その祝い事の折々には、必ず大々的に親戚、友人を招待してパーティをやり皆に祝ってもらう。
パーティには、もちろん金がかかる。金がなくっても借金してでもパーティーはやらなくちゃあと言う人も結構多い。
祝い事のパーティの中でも結婚式は、結婚という新しい門出の大事なセレモニーであろう。 続きを読む →

白鳥の湖

26 3月
2011年3月26日

「白鳥の湖」と言ったら、バレエや音楽に詳しくない人でも、思い起こすだろう。チャイフコスキーのバレエ「白鳥の湖」

日本から来た友達に、「チャプルテペックの公園の湖でやっている白鳥の湖を見に行きたい、とっても素晴らしいって!」と言われた。
「え!?知らなかった。」

残念な事に友人の滞在中は、公演がなかったけれど。

チャプルテペック公園の湖の小島という自然の野外の舞台での「白鳥の湖」のバレエ公演は、1977年から毎年、この時期2月末から3月の週末行われてきたと。
湖の自然の中の夜の公演は、なかなか雰囲気があってよろしい。

メキシコは雨季と乾季があるが、野外での公演は、はやり乾季でないと。。。。ではあるが。
日本の友達と一緒に行けなかったけど、是非行こうと、切符を買いに行ってみると、売り切れ。
翌週の公演の切符を買った。
高い席と安い席の差が30ペソくらいで差がそれほどないので、せっかくならいい席と思ったのだが、売り切れで一番安い席になってしまった。
人気なんだねえ。

バレエというと、なんか切符高いんじゃあないか?と思ったりするのだが、高い席で180ペソ(円高なので、1400円くらい)、安い席で152ペソであった。

日本ではこんな値段ではバレエさすがに見られないでしょう!
メキシコで見ては?
安いから、たいした事ないんじゃあないかって?いやいや。とんでもない。
私、バレエ知らないけど素晴らしかった!欲を言えば、もっと近くで見たかったけど。

私が見に行った日は、乾季のはずが、公演が始まる前、6時頃結構な雨が降ったのだ。
公演がキャンセルになるんじゃあないかと心配しながら、行ったが、雨も止んで、結局、係りの人が客席の椅子をせっせと拭いて回って、舞台もせっせと雨水拭いて
30分遅れになったが、観覧できた。

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(夜の遠景の動きのある写真って、難しい。いい写真が撮れなかった。残念!でも雰囲気は分かってもらえるかな?)

始まる前、湖を見ていたら、一羽の白鳥が、泳いでいた。
そう、ここは白鳥の湖でしたねえ。

もし、この時期、メキシコにいらっしゃるんだったら、「白鳥の湖」をチャプルテペック公園の湖で観覧いかがですか?なかなかお勧めですよ!

この時期じゃあない人も、白鳥の湖でなくっても、メキシコでバレエをみるのもいいかも?!で、

「眠れる美女」
4月6日~24日 チャプルテペック公園のお城の広場

「シンデレラ」
5月29、30日 6月2、5日 国立芸術宮殿

「BALANCHINEの祭典」
6月30日 7月3日 国立芸術宮殿

などなど
12月には、毎年、「くるみ割り人形」を国立アウディトリオで確かやっている?と思う。

国立芸術宮殿で毎月配布している案内書でチェックしてみると、バレエ何かやってるかも?です。

メキシコでバレエ 観劇いかが?

なお、切符、国立芸術宮殿で買うと正規の値段だけど、チケットマスターで買ったら、20%ほどコミッション分高いようでした。

ゲラゲツァの踊り

18 3月
2011年3月18日

オアハカの民族舞踊フェスティバル、ゲラゲツァの祭りは大変有名で、外国の観光客も、この祭りを目当てにやってくる。 毎年、7月の第三月曜日と第四月曜日なので、それに旅の日程を合わせないとゲラゲツァの祭りを見られないという事になる。 この祭り日は、兎に角、オアハカの町中、観光客でいっぱいになるのだから、ホテルも何もかも、いっぱいで、早めに予約をしておかないと大変な目にあうかも?の日であるようだ。 オアハカ の魅力は、もちろんゲラゲツァだけではないわけだから、賑やかなゲラゲツァの祭りだけが目的の人は兎も角、オアハカの色んな旅を楽しみたい人は、むしろゲラゲツァの日を避けた方がいいのかも。

では、ゲラゲツァの日にオアハカへ行かなかったら、オアハカ地方の各民族の華やかな衣装とその踊りを見られないか?と言うと、そんな事はない! あまりにも有名なゲラゲツァ故、レストランなどでショーとして見せてくれる。 ゲラゲツァの祭りほど大々的で大勢の踊り子さんとはいかなくっても、充分、華やかな民族衣装やその踊りを楽しむ事ができる。

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ゲラゲツァとは、先住民語で、「相互の助け合い・贈り物」の意味だそうだ。 日本の田舎で昔、農作業の忙しい時、また、家を作る建前の時など、大勢の人の労働を必要とした時、結という、お互いの労働の助け合い、扶助をした。 また、多くの費用も必要とした時、ご祝儀の扶助、贈り物もある意味助け合いになるかもしれない。

私の子供の頃も、まだ結の習慣はあった。 今のような農機具がなかったので手で田植えや稲刈りなどした。 その農作業をお互いに一日で済ませるために、近所の人がみんな来てくれてみんなで仕事をした。 その家の女性は、おこびる(お小昼)のご馳走を作るのにかかり切りで、結構なご馳走を出した。 わいわい近所中の大人も子供も集まっての仕事、おこびるで、まるで祭り事のように楽しかった思い出がある。

多分、日本の結のような習慣と共通するものが、メキシコの田舎にもあったのだと思う。 それが、ゲラゲツァの語源だろう。 相互扶助の労働の後は、飲んで食べて踊って!というのは当然あるだろう。 そして、自分達の民族の誇りでもある民族衣装でみんなで踊る。 踊りと音楽は、太古の昔から、人々が事ある事に楽しんできたものだろう。

もともとゲラゲツァの起源は、先住民時代、トウモロコシの女神の豊穣祈願の祭りであったと。 スペインの植民地時代になってから、トウモロコシの女神はカトリックのカルメン聖母に代わったが。

オアハカ地方を旅したら、一夜、オアハカ地方の食事に舌鼓を打ちながら、カラフルな民族衣装のゲラゲツァの踊りを楽しむのも、お勧め。

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以下3つの写真は、広場で行われていた子供達のゲラゲツァの踊りの様子。

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新年の祈願

11 1月
2011年1月11日

メキシコはカトリックの国なので、一年でもっとも祝う日の一つは、なんと言ってもクリスマス。
その一週間後の年越し年始のお祝いは、クリスマスの延長と言った気分かもしれない。
クルスマスのご馳走も年越しのご馳走も、似たりよったり。
各家庭で、クリスマスは七面鳥だったから、年越しはタラ料理とモレーにしようか?くらい。

各家庭で、両親、息子や娘の家族が集まってクリスマスも年越しも12時の晩餐をして祝う。
結婚した子供達は、クルスマスは夫の実家に行ったから、年越しは妻の実家に行こうなどなど。
レストランやホテルなどがやる年越しパーティーなどで楽しむ人もいる。
メキシコに年末に、来ていたら、ホテルなどが催す年越しパーティに参加するのもきっと楽しいだろう。
メキシコのパーティでは踊れるとなお楽しい。

クリスマス年越しは仕事はお休みの連休だから、出かける人も、もちろん多い。
メキシコ人はバケーションと言うと海のリゾートを目指す人が多い。

さて、やはり新しい年を迎えるとなると、新しい年は、こうありたいと願うのは、万国共通だろう。
お料理はクリスマスとそう変わらないのだが、12粒の葡萄を年越し0時に食べる。
これはきっとヨーロッパとかよその国もそうだろうかと思う。
12個の葡萄は、一年の月、12ヶ月を表すのかもしれないが、同時に12個のお願いを祈りながら食べるとか?
そう、今年はこの12個の願いが達成できますように!と?

キリスト教は、葡萄がシンボルで使われるようだ。
教会の祭壇の彫刻には、天使や聖人が描かれているが、その間を埋め尽くすのは葡萄の唐草模様。
キリストの肉(パン)と血(ぶどう酒)としての葡萄の意味があるのか?

日本だと、年越しに葡萄を食べたくってもちょっとそうはいかないが、メキシコは12月のフルーツに葡萄もあるのだ。

メキシコで年越しのかわったまじないがある。
年越し新年に願かけて、赤いパンツや黄色いパンツの下着を身につける!
赤は、素晴らしい愛が得られるように。黄色はお金がいっぱい入ってきますように。

メキシコでお酒を飲む時、「乾杯!」と言うのはサルー(健康)!と言うが、それに続いてアモール!(愛)そしてデイネロ!(お金)と叫ぶ。
そうだよ!健康も一番の願いだけど、愛もお金も欲しいよ!
愛もお金も両方欲しい人は赤と黄色のパンツを二枚重ねではかなくちゃあ!

クリスマスが過ぎると同時に年越し新年商戦、町のあっちこっち、お店、露店、市場でも赤や黄色のパンツがひらひら旗めき、山積みの赤パンツ、黄色パンツ。

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それにしても、なんて単純で、物事なんでも信じて、そして、それを実行するメキシコ人なんだろう。
年越しに、「ない色のパンツはいてる?」な~んて聞きあったりして。。。

私も、お金は欲しいなあ!黄色いパンツでお金ざくざくなんって事になれば、いいんだけど。。。。ね。

カンクンで結婚式 2度お得。

28 10月
2010年10月28日

カンクンは、世界のリゾートであるが、日本からのハネムーンのメッカとしても知られている。 多くの日本からの新婚さんが、カンクンでハネムーンを楽しむ。

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実は、私事であるが、娘がカンクンで結婚式を挙げた。

娘も彼もメキシコシティに住んでいる。彼の家族も私の方の親戚も皆日本である。 何処で式を挙げるか? 日本で結婚式をあげるのは、兎に角高い!

彼の両親もメキシコをまだ訪れた事がないし、一度はメキシコに来て欲しいという事もあってメキシコで挙式という事になった。 メキシコなら、そりゃあ何と言ってもカンクンだ! そこで、カンクンのホテルで挙式となった。 日本から、両親、兄弟、叔父さん叔母さん、従姉妹、お友達。 メキシコシティからもお友達など、総勢25名がわざわざカンクンまで来てくれて結婚を祝ってくれた。

結婚式の前日、後日2日は、日本から来てくれた親戚お友達、メキシコシティから来てくれたお友達も観光を楽しみ、有意義なカンクン滞在となった。 そんな訳でカンクンで結婚式 2度お得!

カンクンのホテルで式をあげるのは2500ドルほどと。写真を頼んだり、美容院、その他は、もちろん別料金であるが。 衣装はもちろん自分もちであるが、メキシコではウエディングドレスもそう高くない。 結構ピンキリではあるが、娘は、一度だけ着るだけで、もったいないから、高いものはいらないと、3700ペソのウエディングドレスを買った。 この円高で計算すると3万円弱くらいだ。 メキシコシティのセントロのウエディングドレス街に行ったら、それこそより取り見取り、その場ですぐに寸法直しもしてくれる。

メキシコシティで衣装を買って、カンクンで、挙式。 これってなかなかいい。お得でいいアイディアであると思う。今の円高で安くしかも観光も楽しめちゃう2度お得!

結婚、ハネムーンを考えてる人、いかが?カンクンで結婚式兼ハネムーン。 カンクンのビーチで写真もなかなか素敵な写真が撮れます。最高の思い出づくりになるかも?

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独立記念日のパレード

04 10月
2009年10月4日

メキシコの独立戦争は200年-1年前の1810年9月16日に始まった。
つまり、今年は199年目の独立記念日であったわけだ。
来年200年目は、国も今から大張り切りらしい。
去年あたりから、カウントダウンの電光掲示板があったりする。

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独立記念日の前夜9月15日の夜は前夜祭というか、ドローレスの叫びのイベントが首都のメキシコシティの国立宮殿で大統領の叩く独立の鐘だけでなく
あらゆる地区の為政者の長が叩く鐘が15日の夜11時に、(※本当は16日の朝、イダルゴ神父は叩いたわけだから、16日に叩くべきなのだが、独立100年祭をやった当時の独裁政治家、ポリフィリオ ディアス大統領は、15日が自分の誕生日だったから、15日のうちに祝いたかったか?12時に叩くと16日とみなされる可能性がある訳でわざわざ11時にやった?それが恒例になってしまったとはいかにもメキシコらしいが。。。。)
国中に鳴り響くわけだが、16日、独立記念日当日は、軍隊のパレードが行われる。

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写真の説明:軍隊のパレード

独立を戦いによって勝ち取ったという国は、特に、独立記念を祝うというのは、軍隊を誇示するのは当然なのだろう。
だが、メインストリートが閉鎖されるのは、まだしょうがない、いつもの事だと思えるが、空軍は、空を占拠し、飛行場を占拠するのだ。
つまり、民間旅客機は、この軍隊のパレード中は、メキシコシティに着陸する事も、シティから離陸する事もできない訳だ。

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写真の説明:空軍の軍機がメキシコのシティの空を独り占めにして飛ぶ。

国の一番大事な記念だから、仕方ないと思うべきか?

国の独立記念日のデモンストレーションは軍隊のパレードだが、9月15日や16日は、メキシコ中のあらゆる地区で独立記念日のパレードが行われる。
15日朝、家の外の道から鼓笛隊の音楽が聞こえてきた。
地区のパレードである。
幼稚園や小学校、中学校の子供達が真剣に行進するパレード。
地区のメインストリートの交通を遮断して、子供達の晴れ舞台のパレード。
国旗を抱えるのは、学校の優秀生徒。

鼓笛隊の行進曲にあわせて、行進する子供達、ビーバー メヒコ!と叫びつつ。
子供達の親もその行進と一緒に、写真を撮ったりしながら、行く。
パレードの音楽が聞こえてくると、人々が家から出て、見物。

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写真の説明:幼稚園の子供達も真剣に行進。メキシコの旗の緑白赤の飾りもつけて。

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メキシコ人にとって、独立記念日は、愛国心が最も高揚する日。

来年の独立記念日は200周年で、さぞかしイベントも大掛かりでしょう。
もし、来年の9月15日、16日にメキシコにいらっしゃたら、交通遮断などにも出っくわすかもだけど、色んな独立記念日のイベントにも出っくわせる事で、メキシコの独立記念日、結構楽しい体験もできる事でしょう。

同性愛者 ゲイ行列

12 7月
2009年7月12日

これは、毎年の恒例行事らしい。

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世の中変わって来ている?
恋愛や結婚の相手は異性という、当然の事が当然でなくなって、世の中、いろいろになったのか?
もともと、愛する人がたまたま同性だったというのは、昔からあったのかもしれないけれど、今は市民権を得て、認められて来たという事か?

31年前からやっているゲイ行列の本当の目的は、単なるカーニバル的お祭りではなく、同性愛者の社会的差別をなくす事、人権を
主張するための行列だそうだ。

毎年、このデモンストレーションだんだん大掛かりに人数も増えているらしいが、今年はなんと、観客も含めて35万人が午後には雹も雨も降ったが、
レフォルマ大通りからソカロへの行進に集まったとか。

2007年から、メキシコシティーにおいては、法律的に同性結婚が認められた。
そして、新聞によると、今年6月1日現在までに、593組の同性愛者が法律的に結婚したと。

私は、たまたま、ソナ ロッサの繁華街へ行ったのだが、レフォルマ通りが交通止めになっていて、ソナ ロッサを歩いている若者が結構、仮装して、
蝶だか天使だか羽をつけた衣装など着て歩いている、それが女の人だけでなく男の人まで。
なんだ?仮装行列かいな?と思った。

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またまた野次馬で、早速レフォルマ大通りへ。
来るわ!来るわ!男だか、女だか分からない人達の行列、音楽がじゃんじゃか鳴り響き、仮装した人や半裸のような人達が陽気に行進。
まるでカーニバルだね。

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中には、その気がない人でも、仮装が好きで来ていた人もいるのかもしれない、行列に加わっている人でなく、明らかに観客の人も、衣装に凝っているって感じだし。

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でも、実に皆、楽しそうなのは、やっぱりメキシコかあ?お祭りだよね、やっぱり。権利の要求、主張もあるだろうけど。

帰り、ソナ ロッサを地下鉄まで歩く間、道で、何組もの同性愛者が、手をつなぎ歩いていたり、道でキスし合うのに出っくわした。
この日は、きっと彼らにとって特別の日だったのだろうな。

それにしても、世の中変わって来ているのかな?
恋愛や結婚相手は、異性という常識は、常識でなくなる時が、近い将来くるのかな?いやもう今もそうか?
女になりたい男の人も、世の中多いらしいし。。。。。

でも、やっぱり、違和感感じちゃったなあ。私の偏見かな?やっぱり。

踊れ!踊れ!踊らにゃ、損!損!(テポストランのカーニバル)

09 3月
2009年3月9日

今年は2月21日から24日まで、世界のあっちこっとで、世界一斉にカーニバルをやっていただろう。
メキシコでも、いろんな所で、衣装も派手に賑やかに夜遅くまで踊りと音楽で祭りが行われたようだ。
それぞれの場所によって、それぞれ、その特色がある。
メキシコでもリオのカーニバル風はベラクルスのカーニバル。

だが、メキシコの田舎のカーニバルもいい。
今年は、私は、メキシコシティから、1時間くらいのモレロス州のテポストランのカーニバルに行ってみた。

テポストランは、観光地としても知られている村である。
それは、ほとんど垂直のような切り立った山の上に小さなピラミッドがある。

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そして、また、町の古い16世紀初めのドミニコ会教会修道院は、「ポポカテペトル山麓の16世紀初頭の14の修道院跡」のひとつである。

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そんなわけで小さな観光の村でもあるが、伝統的な先住民文化の雰囲気が残るどこかノスタルジアを感じさせる村であるためか、
外国人にも好まれ、この地に住む外国人も多いらしい。

メキシコにおいて特に、田舎のカーニバルは、その村独特なものがあるのは、キリスト教の祭りではあるが、先住民の昔の宗教、文化、歴史がその中に隠れ融合して生き残っているからだろう。

テポストランのカーニバルでは、面を被り、衣装を身に付けたチネロという踊り子達が広場で踊り続ける。

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そのチネロの衣装は、やはり、同じように見えても、それぞれに刺繍など凝ったものが施され、そのチネロの時間をかけて作った心意気がその衣装に現われているといったところらしい。

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このテポストランのカーニバルは他からやってくる若者などにも大人気らしい。

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写真の説明 :この飲み物、唐辛子かけミチェラーダ(ビールのレモン汁割り)。ニコニコして味見させてくれた。美味しい!

何故なら、初めはチネロだけの踊りに始まる祭りも、途中からは、観客も参加して、踊れ!踊れ!踊らにゃ、損!損!になるのだ。

土地の人が言った。
「私も踊りに行く!だけど、メキシコシティから来た若者はだめ!チネロの踊りを知らない!チネロの踊りはこうやって踊るんだ!」

そして、カーニバル最後の夜は、露店などで商売する人々も、商売なんかどうでもいい!早仕舞いして、踊れ!踊れ!踊らにゃ、損!損!になるそうだ。

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写真の説明: 今は商売!商売! 祭りの露店。

アレブリヘ(Alebrije)はメキシコそのもの?

24 11月
2008年11月24日

アレブリヘのパレードがあった。これは去年から恒例になったようだ。

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写真の説明 :パレードの様子

さて、アレブリヘと言っても、何だか分からないと思うが、これは、メキシコの民芸品の一つ。 オアハカ地方のサポテカ族の民芸。木から彫りだして独特の彩色をほどこした動物などの彫刻です。 曲がった枝などのもとの形を巧く活かすことから、デフォルメされた面白い木彫りが生まれます。 一つ一つの木が違うから、決して同じものはない。人間が一人一人違うように、木にもそれぞれ個性がある。 それに民芸作家の想像力と独創性が加わり、実にユニークな作品が多くある。 しかも、華やかな色彩で、これでもか!これでもかの色の模様が塗られていて、その一つ一つの模様が手描きで描かれるというもの。 民芸品というのはもちろん手作りなのだが、このアレブリヘの手作り根気には、脱帽だ。

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写真の説明 :民芸品のアレブリヘいろいろ。

さて、この民芸品のアレブリヘを、もっと大きく紙で作った張りぼて人形のアレブリヘのパレード。 一つ一つ見ているだけで、楽しくなる。

色んな人、団体が、自分の想像性、芸術性を多いに発揮して、アレブリヘを作り、パレードに参加している。

この色使い、これは、まさにメキシコだ! そして、誰かが言ったよね。メキシコは全てがシェルリアリズモだと。 そう、このアレブリヘの数々をみていると、その言葉にも納得! こんな芸術、民芸品は、メキシコ人だからこそできるのかもしれない。

実に愉快でユニークで楽しい!

作る人も楽しいだろうが、見る人も楽しい。

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写真の説明 :パレードの前日、街を歩いていたら、ある民芸品のお店の前で一生懸命明日のパレードのためのアレブリヘを作っていた。          間に合うのかしら?多分間に合ったでしょう。メキシコ人ってラストスパートがすごいんだから。

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写真の説明 :パレードの後、レフォルマ大通りに展示された。みんなに大人気だった。

現実の厳しい生活苦を皆忘れて、この超現実の中に、笑いと楽しみを見つける事が上手いメキシコの人々がいる気がしてくる。

この一つ一つのアレブルヘを見ていると、このパレードのためだけに、この大きな作品を作るのに、使ったであろう労力と時間を考えるとメキシコ人の意外な根気に感心する。

メキシコの特に田舎の先住民の作る民芸品など、気の遠くなるような時間を費やして民芸品を作っている。あたかも、時間が永遠かのように。

アレブリヘだけでなく、メキシコの街を歩いていると、いろんなものにそのメキシコの色使いやまた超現実的なものに出っくわすかもしれない。 それは、案外、メキシコ的であるのかもしれない。

世界遺跡の16世紀初めの修道院跡

19 7月
2008年7月19日

メキシコの世界遺産の中に「ポポカテペトル山麓の16世紀初頭の14の修道院跡」というのがある。

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写真の説明:ポポカテペトル山 5400mのメキシコで2番目に高い山 活火山である
この山麓はポポカテペトルの山の恵みで、豊かな土地で、昔からの農業地帯である。

メキシコのアステカ王国がエルナン コルテスに征服された時から、スペインからのカトリックの布教をする修道士達が、
彼らのとっての新天地メキシコにどっとやってきた。

なんせ彼らは、邪教を持つ先住民を正当なカトリックに改宗しなければという大名目をもってメキシコにやって来たわけだ。
そしてその目的のために、先住民のいる地には、どんな所であろうと入り込み、瞬く間に立派な教会・修道院をバンバン建設していった。

だから、メキシコのあらゆる地のあらゆる村にも古い教会修道院跡がある。

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写真の説明:トラヤコパンの教会修道院跡
ここの修道院跡は博物館になっている。そこには、スペイン人のミイラも展示されていた。

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写真の説明:この日は、タラヤコパンの教会の祭りであった。村祭りには、必ず酒があり、人々はだいぶ出来上がっている風であった。

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写真の説明:トトラパンの教会修道院跡

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写真の説明:トトラパンの修道院跡の中庭

植民地時代の教会の特権的力、財力は、絶大なものであった。
その修道院活動、また教会の特権階級的政治力は、植民地時代、そしてなお独立後も続いていた。

そして、メキシコ歴代大統領の中でもっとも尊敬されているベニート ファーレス時代の1847年の改革憲法による政治によって、
修道院活動は全面的に禁止された。
隠れて修道生活を続けていた修道女の修道院(プエブラ市のサンタ モニカ修道院)は、その後70年も続いたなんてのもあるが。

改革政治によって、接収された修道院の多くはその後、多くは放置された、また、その後には、博物館などになっている。

教会の部分は、もちろんその後も使われ続け、いまなお、村の中心の最も重要な教会として使われている。

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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡

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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡
この時代の特徴である野外礼拝堂の壁と天井の壁画、
ここだけ無く多くの修道院には壁天井が総面壁画が描かれていたようだ。
ここはアグスティン派の修道院跡で、その派の系統図のようなものが描かれている。

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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵
この地方では、この教会だけでなく他の教会なども、この穀物で毎年絵を描くらしい。

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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵 部分

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写真の説明:アトラトラワカンの教会の正面の穀物で描かれた絵 部分 色んな穀物が使われている。

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写真の説明:アトラトラワカンの教会修道院跡
境内の四方の隅に、posas礼拝堂と言う小さな建物があるのがやはりこの時代の特徴である。
これは、巡礼者が、4つの礼拝堂でお祈りをして回ってゆくというもの。
多くの修道院跡ではもう、無くなっている。

世界遺産に指定された修道院跡というのは選ばれてという事になるのだろうが、メキシコの何処に行っても、
それに匹敵する教会修道院跡というのは、あっちこっとにあると言えると思う。

去年、日本大使館の後援で、メキシコでメキシコの文化、遺跡研究、教会などの文化研究に携わる若い日本の研究家達が、
無料公演会をしてくれた。

その中で、植民地時代の教会修道院芸術についてのお話もあった。
興味深く公演を聴いたが、教会芸術を理解するには、やはり、カトリックなどのキリスト教をもっと理解しないと。。。。。
という思いがした。

まあ、それは兎も角として。
この14の修道院跡のうち、クエルナバカなどのカテドラル教会になっている所は、結構、日本からの観光の人も違う意味もあって
(教会の壁画に 日本の長崎の26聖人の殉教の絵がある。)か?訪ねる人も多いが、
その他、テポソトランの修道院跡も、テポソトラン自体が今観光地になっている事もあって、外国の観光客も多く訪ねるようだが、
その他の修道院跡は、世界遺産であるにもかかわらず、あまり訪れないようだ。

実は、私も行った事がない修道院跡がほとんどで、「教会芸術を理解する」に刺激された事もあって、出かけてみた。

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写真の説明:ジェカピスツラの教会修道院跡
大概境内の庭に、十字架がある。
ここの十字架の下の部分に矢に刺された心臓が描かれている。アグスティン派のシンボルでもあるらしい。
カトリックの教会の絵や彫刻などのシンボルに心臓が描かれているをよく見かけるが、これだけみたら、まるで
アステカ時代の生贄の心臓を想像してしまうのは私だけか?
宗教の何処かに共通する事があるのかも?それとも、カトリックがアステカの宗教に学んだ?な~んて?

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写真の説明:ジェカピスツラの教会修道院跡
修道院跡の中庭の回廊の絵

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写真の説明:ジェカピストラの教会、教会は信者の信仰の場所。
メキシコのほとんどの人は、植民地時代押し付けられた宗教であるが、今も熱心な信者である。

国も国立人類学歴史研究所も、金、予算がないというのか、あまり保護にお金をかけていないようで、
修道院跡が、倉庫状態、放置状態の所も多かった。
中には、人類学歴史研究所の人が修道院の壁画の修復をしていたところがあって、その人に
別の修道院も修復するのか?と聞いたら、金次第との事だった。

まあ、そういう事だろうね。なんせ金だ!世界遺産保護も。

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写真の説明:テテラ デ ボルカンの修道院跡
回廊の壁画の修復をしていた

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