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運転免許と新法規

30 8月
2007年8月30日

メキシコシティーは車が大変多い。

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その車の運転免許であるが、現在、メキシコ市では運転免許取得は、実に簡単。
日本の人が驚くか?うらやましいと思うか?怖いと思うか?

免許所得に必要な物は、身分証明書(メキシコ人は選挙投票権カード)と、住所証明書になるもの
(例えば、電話、電気、水道支払い書など)そして、500ペソ弱(5,000円くらい)のお金。

これで、申請に数時間並べば、永久免許証が、すぐ貰える。

それは、危ないって?
はい、危なくっても、全て自己責任です。

前は、試験がありました。筆記の試験が。
でも、試験もすべて、賄賂の元になる。
それで、試験を廃止したのも、賄賂対策に関係しているのでしょう。

昔、私目も、結局、賄賂払いましたよ。
試験で取得しようとする意思は、あったんですが、
一生懸命、試験に取り組んでいたら、女ポリスが、近づいてきて、いいました。
「うーん、これでは通りませんねえ。お金させ払えば、通してあげますよ。」
「あーそう? 払う。じゃあ、それかして。」
と、試験用紙を取り上げ、彼女、さっさと解答を書き、
「はい、ここにサインをして!」

はい、こうして、私は免許証を取得しました。

観光のお客様によく言われる。
「メキシコは、皆、運転が乱暴ですね。運転規則なんてないも同様ですね。」

そう、運転法規を真面目に勉強した人なんて、メキシコにはいないかも?
だって、私の娘がたった一週間の自動車学校へ行ったら、車を動かす事は実地で
教えてくれたけど、法規を勉強するという時、先生がいみじくもおっしゃったそうです。
「法規なんか勉強したってしょうがないから、止めようね。」

さて、7月20日から、メキシコシティーでは新運転法規が施行されました。
この新法規は、結構厳しいらしい。
一日目、運転者、これがいかに厳しいか分かっていないというのもあってだろうが、ポリスに掴まる掴まる、わんさか。方端から?新聞によると掴まったの1500人以上。
シートベルトの不着用や、駐車禁止場所の駐車が多かったらしいが。

その他運転中の携帯電話使用の禁止などなど、はい、気をつけましょう。

最初に掴まったのは、個人経営バスの運ちゃんだそうで、何故かというと、ドアを開けっ放し運転。
運ちゃん、さぞ、びっくりした事でしょう。
だって、メキシコのこのバス、皆ドアなんぞ、開けっ放しが常識。

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乗客が多い時など、ドアに人がぶら下がって走っていたりなんてあるんですから。
観光のお客様、バスがドア開けっ放しで走っているのを見て、驚き、感動していたけ。。。。

この新法規、事故防止と、賄賂防止対策が目的らしい。
なんせ、メキシコでは運転していて、ポリスに捕まったら、10人に8人は賄賂を払うと答えているのですから。
ポリスに罰金ならぬ賄賂を払うというのは、常識なんです。
罰金より交渉して安くするというのもあるんです。

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メキシコ市政府は、賄賂を受け取るのも、払うのも、それをみたら、そう言われたら通報しろ!と。

さてさて、メキシコ人の運転者、法規を守って、賄賂払わない、清く正しい運転者になれるか?
法規もしっかり勉強しなくちゃね。

いやいや、賄賂はなくならないよ!と言う声も多いけれど。どうでしょうかねえ?

お祭り

23 8月
2007年8月23日

お祭りっていうと何をイメージしたり、皆、どんな思い出を持っているのだろうか?
私は、小さな子供の頃、村のお宮での水神様の春祭り、秋祭りの思い出。
50円くらいのお小遣いを握って、ウキウキ露天のお店を覗き歩いた事。
夜、お宮の境内で上映された映画も楽しみだった。
歳が知られちゃうね。

メキシコの祭りに来ている親子家族を見ると、そんな昔の事も思い出す。

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そう、きっと祭りは、小さな子供が楽しいのだろうな。
だって、必ず、移動遊園地がやって来る。
大人の目からみたどうって事のなり玩具などの露天のお店がいっぱい並ぶ。
食べ物のお店もいっぱい並ぶ。

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そう、それは、メキシコでは、教会の祭り。

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(説明:教会の祭りで、ミサも行われる)
メキシコの町には、地区ごとに必ず教会があるが、その教会は、キリスト、聖母マリア
グアダルーペ聖母などがもちろん祭られているが、それだけでなくその教会の保護聖人というのが
祭られている。それが、サント または サンタ 何とか教会と言う教会の名前になっている。
カトリックの聖人、聖母というのは、実にいったい何人いるのだろう?実に多いのだ。
そして、去年もメキシコ人がローマカトリック教会によって聖人に認められたけど、どんどん聖人は
増えるのだ。

その保護聖人や保護聖母などの祭りがある。
私の地区の私の移動範囲内に少なくっても4つの教会があって、それが、なんか、先月はあっちで
祭りをしていたと思ったら、今週は家の前の教会と、いつでも祭りという感じがする。

そかも、祭り4~5日間、教会の前の道をシャットアウトして、移動遊園地や露天が並ぶのだ。
それで、大いに道を大回りさせられたり、渋滞になったり。
はい、それでも文句は誰も言いませんねえ。
皆、カトリック信者で、祭りも楽しむんでしょうねえ。

爆竹をバンバン鳴らし、音楽とともに、人の掛け声だか、呼び声がスピーカーでガンガン響いてくる
祭り。
夜も遅くまで、移動遊園地に来る子供連れなどで賑わう。
そして、日本の花火ほどではないけれど、打ち上げ花火も上がる。

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昔は村などでは、手作り花火で、竹や木で作った造形の至所に火薬を縛り付けて、
それがぐるぐる回るといった花火をやってたけど、今はどうなののかな?

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(説明:これは祭りの写真ではないが、あるデモで造形の花火を担いでゆく人。
祭りにはこれの大きな大きなのが作られた。)

祭りは賑やかで、騒々しくないといけない。静かな祭りなどあり得ない。

教会の前の広場で、インディオ踊りがあったり、もちろん教会の中ではミサがあり、聖人や聖母の
行列もあったり。

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田舎の町や、その地区の名士が、一年間 マヨール ドモというその聖人の後見役のような役を担うと
いうのがあって、聖人を担いで、前年のマヨール ドモの家から新しいマヨール ドモの家へお引越し
の意味もあるようだ。

メキシコの田舎などちょっと旅行していたりすると、意外と村の教会のお祭りにも出っくわすものだ。

音楽と踊りのない人生なんって。。。。

11 8月
2007年8月11日

大昔から音楽と踊りが土着信仰が始まったときから、神への祭りであったであろう。

だからと言う訳ではないが、メキシコ人の人生にも生活にも音楽と踊りがないというのはあり得ないだろう。

そして、巷に音楽が溢れ、祭りにパーティーに、人が集まれば、多分音楽がかかり、ダンスが始まる。
メキシコ人は音楽が好き、ダンスが好き。

私が住む地区でも、日曜日ごとに地区の広場で、生演奏があり、集まった人々は踊る、踊る。

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メキシコの音楽と言えば、マリアッチと言われる。

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何かと言うとマリアッチの音楽隊が賑やかに音楽を奏で始める。
だが、メキシコの音楽はそれだけではもちろんない。

マリンバ、グルペラ トリオス  ランチェロ ロック 流行歌、サルサ メレンゲ etcと音楽が流れてくる。

メキシコの町をちょっと歩いてみたら、音楽が聞こえてくるだろう。
地下鉄の中は、10ペソの海賊版のCDを売り歩く人が流す音楽が、ひっきりなしに響いてくる。

辻音楽家もうまい人もいるが、下手な人まで、地下鉄や町の中で音楽をかき鳴らす。歌を歌う。

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ちょっと、音楽ができたら、メキシコでは、喰いぱぐれない?
メキシコの人は、上手なら、それなりにあげるし、下手でもお情けであげるしするから。

バスに乗れば、運転手の好みの音楽が、ガンガン。
実にガンガンって感じで、音楽をかけないで走っているバスには巡りあわさないかも。
ただし、公立のバスでなく、私のバス。個人経営バスです。

市バスは、これって、禁止されてるのかな?
ガンガン音楽なしに、真面目に走ってるって感じがする。

週末になると、一晩中、世間中にに響くガンガン音楽をかけてパーティーで、我が家のガタピシのガラス窓がびんびんなるほどのボリューム。
いや、これは隣近所に住む私の感想。

皆、音楽と踊りの人生を楽しんでいるのですから、もちろん、メキシコでは、一晩中朝方まで、隣で音楽の騒音が 聞こえても、誰も、文句なぞ云いません。
私なんぞも安眠妨害されても、けっして文句言いません。ただひたすら、我慢の子。

メキシコを旅して、レストラン、バーなどでも、ギターを奏でながら歌う人がいたり、生演奏の音楽が聞こえてきたり、生演奏でなくとも、音楽が聞こえてこないレストランは多分少ないだろう。

まあ、音楽の聞こえてこない町は、メキシコではありません故。
ダンスをしない人はメキシコ人じゃない?

メキシコ人の母なるグアダルーペ聖母信仰のすごさ。

04 8月
2007年8月4日

メキシコ人のほとんどの人は大変熱心なカトリック信仰である。  人口の88%~90%と言われている。

これは、スペイン征服後の征服者の、また、植民地支配政策であったのがカトリック布教であった訳で  それ以来と言う事になる訳だ。

そのカトリックの総本山、カトリックローマ教会の認める世界三大奇跡の聖地の一つであるのが、   グアダルーペ寺院であり、その聖母がグアダルーペである。  それは、褐色のインディヘナの聖母である。

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その教会がある場所は、まさに、スペインに征服されたアステカ王国の人々の聖地であった。  トナンティウと言う名の女神の聖地であったのだ。つまり、グアダルーペはトナンティウでもある訳だ。

それは、カトリックの聖母と言われているけれど、宗教の名前や聖母の名前は変わったけれど、当に、  メキシコ人が母なる神を信仰し続けている事にかわりないのかもしれない。

カトリックは、キリスト、聖母マリア、聖人など多くの偶像を拝み信仰する宗教であるようだ。  だから、メキシコには、何処に行っても古い植民地時代に築かれた多くの教会に多くの偶像が信仰されている。    だが、その中でも、このグアダルーペ信仰は、飛びぬけてメキシコ人の信仰を得ている聖母である。

まあ、聖母の奇跡のお話は、観光本にも、沢山載っている事でカットして。

聖地に巡礼にやってくる人は、一年中だ。  特に、聖母の祭日12月12日に向けてすごくなるのであるが。    普段でも、時にすごい事になる。

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(写真説明 :巡礼街道も人でいっぱい。奥に見える教会が、植民地時代の古い本堂)

毎年、多くの村人も巡礼団を組んでやって来る訳だが  ケレタロ方面からやって来たその巡礼団、5万以上の人が、15日くらい徒歩で、  野宿して、炎天下を、雨も降るだろう中を、400キロ以上の道を、グアダルーペの旗を掲げ、  グアダルーペの歌を歌いながらやってきた。

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(写真説明 各地区の巡礼団が次々にグアダルーペ教会の広場に到着。        右の建物が古い教会堂、傾いているのが分かる?)

このケレタロからの恒例の巡礼団は、今年で117年目と。毎年やってくると。  赤ちゃんを抱いて、子供の手を引き、荷物を背負って、老人、大人、若者、子供 本当に村中、町中の人が。

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(写真説明: 新しい大きな教会でミサが一日中行われているが、大きな巡礼団が入ると、教会堂には入り切れない         ので、広場の人々のために、教会の外の壁に作られたの壇上からミサが行われる。         だが、全ての広場の人が、熱心に説教を聴いているとは思えない。巡礼する事に意義があるのかも?)    あー、信仰のすごさを思う。

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(写真説明 : 広場に集まる人々。大きな銅像は、ヨハネ パブロ二世。  1979年最初に、そして合計5回メキシコに来て、メキシコの人々に大歓迎を受けました。)

全て、仕事も、なにもかも放棄して、ただ、ひたすら、グアダルーペ聖母にお祈りに来る。

高速を歩いてやってくる。車にひかれないか?トイレや食事はどうするんだ?と人事ながら、  心配してしまいそう。ちゃんと、村中で組織してくるんだろうけど。

人々はグアダルーペ聖母に何を願い祈っているのだろう?  家族の病気を奇跡の力を持つ聖母に治してほしいと?  生活が向上してと願って?  家内安全健康?生活安定?  全て、神に祈る信仰とは、願いとは万国共通かもだけど。

広場で、疲れ眠る人。食事をする人。

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(写真説明 :今夜も最後、ここで皆、この広場で野宿でしょう)

聖母に願いを叶えてもらうには、苦労して巡礼する事で報われるのか?

 

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