月別アーカイブ: 2月, 2008

ウエスタン映画の名場面の場所は。。。。

26 2月
2008年2月26日

田舎の町を歩いていたら、土地の人にあそこの公園にはルイナがあるよと言われて、
それは遺跡の一つかと思って訪ねてみたら、なんと、それは、ルイナはルイナつまり廃墟の荘園跡であった。

メキシコのあらゆる場所で、植民地時代 多くの荘園が作られ、征服者達が、先住民を奴隷として搾取して金儲けをしたという、
その荘園の繁栄はメキシコ革命まで続く。
独立してからは奴隷とは呼ばれなくても、一部の支配者階級が労働者の人々を搾取した事に変わりない。

さとうきび、小麦、エノケン栽培、牧畜、etcそして、鉱物採集の鉱山の荘園が全メキシコの地に広がり膨大な富を得た。

こんな田舎に!と思うような場所にさえ、過去の栄華の廃墟などがあったりするものだ。

観光地として人が集められる場所では、その荘園館は、改築されて、りっぱな4星、5星ホテルやレストランになったりしているところも多くある。

だが、場所によっては、昔の栄華、繁栄も、朽ちた廃墟で、「夏草や兵どもが夢の跡」 かあ?!

そんな荘園跡の廃墟のひとつ、モリーノ デ フロール。

02_01

そこは、後で、知り合いから教えてもらった事によると、
かのゲイリー クーパーの西部劇(西部劇はアメリカが舞台なので、本当は西部劇とは言えないかも?)の一つ。
メキシコが舞台の、そして、時代は、フランスのメキシコ侵略戦争の1860年代、その映画の名は、ベラクルス(メキシコ湾側のもっとも重要な港町の名)

その映画の名場面の撮影場所になった所と。
その名場面とは、ゲイリー クーパーとバート ランカスターの決闘の場面。もちろんバンバンだろう。

02_02

写真の説明 : 映画での決闘の場面の場所

メキシコを舞台とした映画なんだけど、1954年の映画だそうで、私、知りませんでした。
よっぽどの映画、ウエスタン映画好きでないと知らないのかも?

アメリカのウエスタン映画のロケーションは、よくメキシコで撮影されるらしい。
メキシコの砂漠の荒野なぞ、いかにも、もって来いの舞台でしょうが、ウエスタン映画に。

その荘園館跡は、今は公園の一部で、その朽ちた建物のあっちこっちは、もっぱら、恋人達のデートコースになっているようだった。

荘園内にある教会だけは今も使われていて、植民地時代に強力な力を持った教会の力だけは、今も人々の信仰として根強く生きている。

モリーノ デ フロールとは、モリーノの名のとおり、小麦の粉挽き荘園だったようだ。

02_03

写真の説明 : 荘園後に残る粉引き機

つまり、この辺の土地で多くの小麦の栽培をしていたという事だろう。

粉挽きには水を利用していた、荘園の近くを流れる川の水を利用したのだろう。
そして荘園跡よりもっと高い場所、今の川より高い場所には、水路跡も残っていた。

02_04

朽ちた荘園館跡を見ると、過去の時代 それは、先住民などを搾取して栄えた農業であったであろうが、農業が栄えた時代であった事を窺える。

だが、今、この現代、グローバル時代、世界自由貿易の中で、メキシコ農業はどうなっているか?

厳しいメキシコ農業の事情の中、その農民達が、メキシコシティーまで、北米自由貿易の見直しを訴えて、デモにやって来た。

02_05

写真の説明 :1月31日全メキシコから集まった農民の大々的なデモの様子、新聞によると20万以上の人々が参加したと。

竜舌蘭 アガベ その2 (過去の時代の利用方法)

12 2月
2008年2月12日

竜舌蘭 アガベ スペイン語名 マゲイの植物のメソアメリカ期においての利用価値は絶大であったらしい。
お酒はもちろんであるが、この葉の繊維を利用して衣類とした。

綿花も栽培したが、これは上層階級の人々だけしか使えない高級品であり、一般庶民の人々の衣類はマゲイ 竜舌蘭の繊維を糸とし、布をつくった。

01_01

マゲイの葉の皮をはがした物をを先住民語で、ミショテというが、メキシコ料理でミショテというのは、これに包んだ料理である。
昔は、この葉皮を紙とした。

01_02

この葉の液は、前に書いたようにお酒になるのだが、また洗剤ともなったらしい。
私の姑は87歳になるが、彼女の子供の頃にも、この自然洗剤がまだ使われており、今の化学洗剤よりきれいに洗え、布も傷めなかったと思い出話をしてくれた。

そして、葉の尖った先は、固く針になった。
鉄を知らない文化において、このマゲイの針は、動物を捕らえる矢じりであり、武器であり、また生贄の血を神に捧げるために、身体から血を絞りとるためにも使われた。
実際、生贄のために使われた針がアステカの遺跡からも見つかっている。

今は、もちろんそんな過去の利用法はされなくなった。
化学繊維の衣類が溢れ、化学洗剤があり、素晴らしい紙もあるし、科学兵器の武器はあるし、もちろん生贄はしなくなったし。。。。。

そういえば、過去と同様に利用されているのがあるある!
マゲイの虫。マゲイの葉を住みかとしている虫。
芋虫風であるが、これがたんぱく質いっぱいの高級料理?牛肉より高い!
これは、もう、何処でも食べられる料理ではなさそうだが。マゲイ栽培をしている田舎か、特別レストランだけかあ。
マゲイは7~20年くらいで成長する。
テキーラの素になるアガベもお酒の材料とするのに、7年ほども成長させないと使い物にならないと。

マゲイは成長した最後は、幹を伸ばし、花を咲かす、そして種を残して枯れる。

01_04

写真の説明:茎を高く伸ばしたマゲイ、まもなく花を咲かすだろう。
花も田舎の人は食料とするそうだ。

また、やはりこのアガベの一種にユカタン半島で、特に19世紀から20世紀の初めまで、沢山栽培されていたものがエネケンというという種類である。

01_05

(写真の説明 :エネケン アガベの一種)
この葉の繊維が大変丈夫で、ナイロンなどの化学繊維が発明される以前には、ロープなどの材料として、世界に輸出され、大儲けをしたというものである。
それで、金は、黄色だが、これは植物で緑だから緑の金と呼ばれた。ちなみに、黒い金は?

その当時、大儲けして作られた豪邸がメリダのメインストリートにその過去の栄光の残照のように見られる。

マゲイのその利用方法、エネケン栽培の繁栄は、時代の進歩とともに、すべ過去の出来事となってしまったのか?

テキーラのお酒も近年は、他の国でも作られるようになったと。テキーラはメキシコのお酒だ!と叫びたい。
だってテキーラの名は、他の何処にもないはずでしょう。

マゲイからの樹液のアグア ミエルの話は前の記事でかいたが、その健康ドリンクとしての需要の道が世界に広まっていくといいと思う。

エネケンの繊維は、今、カーペット、民芸品などにも使われているようであるが、その栽培量はほんのわずかになってしまった。

01_06

01_07

写真説明 :アガベの一種 yuteで作られた民芸品

だが、石油の供給が将来において難しくなりつつあるし、エコロジーが叫ばれている今、自然に戻らない化学繊維より植物繊維の見直しがされても。。。。。。いいのではないか??

これは私一人の妄想か?

ネツァルコヨトル王の偉業

09 2月
2008年2月9日

ネツァルコヨトル王はアステカ時代のテスココの王である。
彼は後世にその名を残した名君であった。

02_01

写真説明:100ペソ札に描かれたネツァルコヨトル王

彼は知性豊かな詩人であり哲学者の文化人であり、勇敢な戦士であると同時に優秀な技術者であった。
彼の生い立ち、生涯、彼の恋、彼の詩、彼の哲学的思考などへの興味もあるが、
今回は、彼の土木技術者としての偉業を取り上げたい。

今、世界は、メキシコは、人口の増加と地球温暖化の気象変化の原因によって、水不足、水害の問題など治水の難問題を抱えている。

メキシコ タバスコ州は去年10月末、その州全体の80%が洪水で冠水するという大災害を蒙った。
確かに温暖化などによる集中豪雨であっただろうが、その洪水は、また政府の治水の怠りにより、防げるはず方策がなされていず、
大洪水による大災害となったと言われている。
為政者の治水の大切さを思う。

スペインのメキシコ侵略前、メキシコ中央高原に栄えていた当時最大の帝国、アステカ王国はまさに今現在の首都メキシコシティーの場所にあり、
それは、メキシコ アナワック盆地全体から、北方の過去の都であったティオティワカン方面まで広がった壮大な湖の中の小さな島の都であった。

02_02

写真の説明:人類学博物館の当時の様子を描いた地図

水上都市ともいえるアステカ王国の治水問題は、重要な課題であったと言えるだろう。
命の水を常に人々に供給し、また、洪水などから都を守る治水行政は、いつの時代でも重要なことである。
このアステカ王国の治水の土木事業を請負い行ったのがネツァルコヨトルであった。
ほとんどの地区を覆うテスココ湖は塩水であったため、チャプルテペックの湧き水を、堤道を通して、水道を引き、常に水を島に供給した。
また、都を洪水から守るため、また、湖の水量が増え、淡水湖と塩湖の水が混ざるのを防ぐためにも多くの堤防を築いた。

02_03

写真の説明:人類学博物館のアステカ王国の想像図。
堤の道に水道が引かれ、多くの堤防も作られていた様子。

アステカ王国のその様子の跡は、今は、見ることができないが、
彼自身の治国、テスココの地において、彼が築いたその水路、水道建設のの一部を見る事ができる。
それは驚きと感嘆である。

それは、テツコチィンコ(TETZCOZINCO)遺跡である。

02_04

写真の説明 : テツコティンコ山全景 手前の山から水路が引かれている。

他の山の湧き水をもう一つの山を超え、彼の宮殿のあるテツコチィンコ山まで、山の谷間を埋め、そこの上に水路を築き、
テツコチィンコ山まで、引きその水路はテツコチィンコ山の中腹を半周する形で続く。

02_05

写真の説明 : テツコティンコ山の神殿の上から、水路がひかれている前方の山を望む。

02_06

写真の説明 :山の中腹を半周する水路

そして、王の風呂と呼ばれる一枚岩をくりぬいた風呂(?)に続き、

02_07

写真の説明 :王の風呂

また、その先は山をちょうど半周した先の女王の風呂と呼ばれる直径約5mの円形の用水タンクまで続く。

そして、王の風呂から、その下の宮殿と呼ばれる建造物までも水路と崖の岩を切って作られた階段が延びている。

02_08

写真の説明 :岩を切って作られた階段、その階段は下の宮殿の建物まで続く。

王の風呂や宮殿や女王の風呂の周りは、水が一年中供給され、庭に花が咲き乱れ、野鳥が飛びかい、
それは美しいものであったと考えれれている。

女王の風呂から地下を通る水路が山のすそ野まで通じていたという。

彼の住居と言われているテツコチィンコの山だけでなく、調査で、山の泉の水を多くの水路によって、
彼の治国の領主達の住居にも行き渡るようになっていたという事が分かっているようだ。

メキシコの先スペイン期文化においての農業はほとんどが雨によるものであったが、
また、飲み水をいかにして得るかとうのは、地区地区でそれぞれの気候風土の条件で違うようだが、
為政者にとって、水をいかに得るかというのは大変重要な事であったであろう。

そして、それは、今もそうである。
乾燥地がほとんどのメキシコにおいて、水問題は、これからますます重大な課題である。

ネツァルコヨトルの山を駆け抜ける水路建設は、やはり、素晴らしい土木技術者としての能力を後世に示すものであろう。

追記
ネツァルコヨトルのお風呂として知られたテツコチィンコ遺跡は、あまり観光でも知られていず、殆ど訪ねる人もなく、監視の人もいず、入場料もなし、だだの散歩道の山と言ったふう。
結構なハイキングコースであるが、興味があったら、是非訪れてみてください。

メキシコシティーからテスココ市へ行きそこから、車で15分くらいの場所。
バスで行く場合、東バスターミナルからテスココ行きのバスが10~15分おきに出ていて便利。
テスココからはタクシーを利用するのが分かりやすくてよい。
タクシー料金は、40ペソ(2008年1月現在)

竜舌蘭、アガベ その1(テキーラの素)

04 2月
2008年2月4日

サボテンの国メキシコであるが、テキーラもサボテンのお酒という事が一般に思われている。
正しいというべきか?正しくないというべきか?
サボテンというとトゲトゲがある植物を誰もが想像するからだ。

植物に詳しいわけではないから、もし、間違っていたら訂正を請う。

多肉植物という大種族がいて、その中にトゲトゲサボテンもいる。
そして、また日本名 竜舌蘭 学名 アガベ(アカベーではありません!)
メキシコのお酒の素になるアガベ族もいます。

01_01

アガベの仲間もいろいろいる。
01_02

01_03

01_04

メキシコのお酒として世界に知られているテキーラは、アガベの仲間の中でも、アガベ アスール 又は アガベ テキレロという種類から作る。
これは、葉が青みがかっているからアスール(青)というわけだ。

01_05

アガベ アスールの葉は細く、葉に樹液が沢山あるわけではないから葉の部分使わない。使われるのは、葉を取り除いた茎というべきか?の所である。
葉を取り除いた形がピニャ(パイナップル)の形になるからピニャという。

テキーラはこれを発酵させて蒸留してつくる。
テキーラは、グアダラハラ テキーラ村が元々の酒造元だ。
オアハカ地方の別のアガベから作るお酒はメスカルという。
発酵したものを蒸留してつくる方法は、スペイン人が植民地時代に持ち込んだ方法である。

実は、植民地以前のメソアメリカ文明期のお酒は、アガベ 竜舌蘭の樹液を発酵させただけの生酒、プルケであった。
プルケはアルコール度6度くらいで発酵させただけであるから、日持ちしない。

01_06

このプルケをメソアメリカ期、神官が飲み酩酊する事により神とコンタクトし、宗教儀式を行った。
また、このお酒は神官以外では、誰でもが飲めたわけはなく、特別に病人や老人が栄養剤、精力剤、薬として飲む事を許された。

01_07

写真説明:チョルーラ遺跡の壁画のコピー (メキシコ人類学博物館)人々がプルケのお酒を飲んでる様子が描かれている。

この植物の樹液は甘いので、アグワ ミエル(蜜水)と言うが、これは、実のところ素晴らしい健康ドリンクらしい。

それが今見直され、アガベシロップ、アガベジュースとして外国にも輸出されていると。(日本にも輸出されているかどうかは知らない)
血糖値の増加を防ぎ、また消化にもいいとか?

さて、このアガベ 竜舌蘭は、昔は、お酒を作るためだけのものではなかった。
メソアメリカ時代において、アガベの利用価値は絶大であったのだ!
その話は次回のお楽しみに!かな???

テキーラはアルコール度が40度ちかくある強いお酒であるが、そのカクテルであるマルガリータはジュース感覚で飲みやすい。
ついつい飲んでしまいそう!サルー!

01_08

追記
グアダラハラの アガベ畑、酒造所が、世界遺産です。
機会がありましたら、テキーラ列車にのって、テキーラ飲み放題の旅でお訪ねください。

Copyright© 2017 メキシコ情報 All Rights Reserved.