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カリブの海は何処までも美しい。。。。

29 7月
2009年7月29日

メキシコのカリブ海のリゾート、カンクン。

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メキシコはインフルエンザ騒動で、観光不況になりその復興のために観光プロモーションで今がお得。
世界のリゾート、カンクンも今がお得の時。

カンクンは、やっぱり、いい。
なんせカリブの海がいい。カリブの海が美しい。
一日中、ホテルのビーチに寝転んで、コバルトブルーや緑や色濃い青に輝くカリブの海をそして青い空を眺めているだけでいい。
サンゴの白い、あくまでも粉のようにきめ細かい砂は、素足にやさしい。
海からのそよ風は、南国の太陽を和らげ、頬をやさしくさすって通りすぎてゆく。

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透き通る水のカリブの海には、カラフルな熱帯魚が泳いでいる。
思い切りカリブ色の水着で、熱帯魚となって、サンゴの海で泳ぐなり、スノーケルをするなり、潜るなり、
何処までも美しいカリブの海で、忙しい日常を全て忘れて、カリブの休日を過ごす。

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カリブの海は何処までも美しい。。。。
カリブの海はきっと夢のような休日の思い出を作ってくれる。

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カンクンの魅力は、もちろんカリブの海だけではなく、マヤ遺跡やユカタン半島の自然、リゾートとしてナイトライフのショーやディスコ、お買い物、そして食事。
海産物など、カンクンが物価の高いリゾートとしても、ロブスターの刺身など意外と安い?!

チャパス州 ヤシチラン遺跡

26 7月
2009年7月26日

チャパス州の旅は魅力がいっぱいである。 チャパス州はメキシコの中でももっとも雨量の多いところで、メキシコのイメージ、砂漠とサボテンとは正反対に緑豊かな密林ジャングルや 川や滝などの美しい自然がいっぱいであり、また、そこに住む人々は、先スペイン期時代に、マヤ文明を築いた人々の子孫であり、 彼らが作る民芸品、伝統的な織物など旅人の興味をそそるものがいっぱいである。

そして、その地は、なんと言っても、マヤ文明の最も高い栄華を誇った文化を持ったといわれるマヤ古典期時代の多くの都が、勃興、繁栄、 そして崩壊して行った地である。 当時の栄華を誇った都は、チャパスの密林の中に崩れ埋もれた。 そして、今は遺跡となり、そこを訪ねる人々の都の栄光への、文化への、歴史への、興味は尽きない。

チャパス州でもっとも多くの観光客の行く遺跡はなんと言ってもパレンケ遺跡である。 だが、パレンケ遺跡まで来て、もう一日旅の余裕があったなら、是非ヤシチラン遺跡とボナンパック遺跡へも足を延ばすべきであろう。 十年ほど前までは、このヤシチラン遺跡やボナンパック遺跡へ行くのには、セスナ機で行く方法しかなかった。 つまり、アクセスの道がなかったのだ。 だが、今はパレンケ村から、ヤシチラン遺跡&ボナンパック遺跡一日ツアーで気軽に行けるようになった。

さて、そのヤシチラン遺跡であるが、メキシコのマヤ遺跡の中でも最も多くの石碑が見つかっている遺跡でもあり、 その石碑に書かれたマヤの象形文字も解読が進んで、ヤシチランの王家の歴史も分かりつつあり、興味深い。

メキシコシティの国立人類学博物館マヤ室にその沢山の石碑の結構な数が展示されているので、遺跡に行く前、または、後に是非、博物館も 訪れてみるべきだろう。

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写真の説明:国立博物館 マヤ室にあるヤシチランの石彫の一つ。最も綺麗な石彫と言われているように、大変彫刻が繊細に描かれている。          実はこれは物語風に描かれていて、3つの石彫がセットになっているのだが、その2つは残念な事にメキシコにはない、大英博物館にある。          日付は724年2月8日 ジャガーの盾Ⅱ世とその正妻が描かれている。女性の頬に自己犠牲の血が滴る。

パレンケ村から、車で、約2時間で、グアテマラとの国境になるウシマシンタ川の港、コロサルに着く、そこから、モータボートに乗り換えていく。 ヤシチランは、グアテマラとの国境になるウシマシンタ川を挟んで、メキシコ側の川の淵の遺跡である。 今もって、この密林の中への遺跡への直接の道路でのアクセスがないわけである。

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写真の説明:コロサルのウシマシンタ川の港。ここからグアテマラへも。向こう岸はグアテマラ。

このウシマシンタ川は、このまったくの密林ジャングルに高い文明を持つ都が多く生まれた原動力となったと言える。 何故なら、マヤの古典期の都の多くは、このウシマシンタ川の流域に生まれていったのだ。 それは、水の供給という事と、この密林ジャングルでも川を通しての商業網の成立だろう。

ヤシチランもその例外ではないのだ。

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写真の説明:この舟で、トウモロコシの穀物もグアテマラに輸出すると。

さて、モーターボートで、ウシマシンタ川の両側の、つまり、グアテマラとメキシコの両方の密林を眺めながら、下流に向かって約45分進んで行くと、 一つだけ岸辺に人間の手で作られた物があった!それが、ヤシチラン遺跡への入り口の木で作られた階段である。 だが、ほとんど遺跡は密林の木々に覆われてて、見えない。

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写真の説明:ヤシチラン遺跡へのウシマシンタ川の港

入り口から、看板を見ながら、しばらく密林に作られた道を進んで行くと、まだまだ埋もれたような遺跡の建造物が目に付き、 そして、迷宮と名づけられた19号建造物のなんか暗い迷路を抜けると、広場を囲むように、多くの建造物のある都の中心部グラン プラサにでる。

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写真の説明:中心広場。 グラン プラサ

さて、これから、結構せっせと見学しないと、またモーターボートの出る2時間後に間に合わない。 自然の丘を利用して作られた階段で上へ、上へと登って、最も重要な保存のよい33号建造物、そして、またその上の大アクロポリス。 ここまで登るとグラン プラサから90mも上に上った事になる。

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写真の説明:33号建造物への階段とその階段に置かれた石碑

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写真の説明:33号建造物、屋根飾りや彫刻もよく残っている。

ホエザルが、姿を見せずとも、しきりと、密林ジャングルの何処かで、吠えてみせる。

遺跡の中の木々も最低限に必要意外は切らないという方針らしく、今は密林の木々に覆われた廃墟の都だが、 当時は、やはり密林の中に、桃源郷のように存在した都であったのだろうか?

いやいや、当時、今同様に人々や支配者は、決してノホホンと平和でいられた訳ではなさそうだ。 都の繁栄を維持するために、他国と戦争をする必要があったらしい、そして、他国の捕虜を多く捕られてくる必要があった、 そして神に捕虜を捧げて祈る必要があった。

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写真の説明:国立人類学博物館 マヤ室のヤシチランの石彫の部分。戦争捕虜がヤシチラン王、鳥ジャガーⅣ世の足元に描かれている。          575年11月9日の日付。

支配者も、いい想いだけしていればいい訳ではなかったらしい、自己犠牲もして自分の血も神様に差し上げなければならなかった。

さてさて、遺跡は、過去への色んな想像を描きたててくれる。 マヤ文明への完全な謎解きを、いつの日か、考古学者達はしてくれるのだろうか? あの複雑なマヤ象形文字の解読も大方できたし。

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写真の説明:国立人類学博物館 マヤ室のヤシチランの石彫。マヤ象形文字。          この象形文字が数字を表す、マヤ長期カレンダーで紀元前3114年8月13日を起点として計算される。          日付は、526年2月11日を表す。

同性愛者 ゲイ行列

12 7月
2009年7月12日

これは、毎年の恒例行事らしい。

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世の中変わって来ている?
恋愛や結婚の相手は異性という、当然の事が当然でなくなって、世の中、いろいろになったのか?
もともと、愛する人がたまたま同性だったというのは、昔からあったのかもしれないけれど、今は市民権を得て、認められて来たという事か?

31年前からやっているゲイ行列の本当の目的は、単なるカーニバル的お祭りではなく、同性愛者の社会的差別をなくす事、人権を
主張するための行列だそうだ。

毎年、このデモンストレーションだんだん大掛かりに人数も増えているらしいが、今年はなんと、観客も含めて35万人が午後には雹も雨も降ったが、
レフォルマ大通りからソカロへの行進に集まったとか。

2007年から、メキシコシティーにおいては、法律的に同性結婚が認められた。
そして、新聞によると、今年6月1日現在までに、593組の同性愛者が法律的に結婚したと。

私は、たまたま、ソナ ロッサの繁華街へ行ったのだが、レフォルマ通りが交通止めになっていて、ソナ ロッサを歩いている若者が結構、仮装して、
蝶だか天使だか羽をつけた衣装など着て歩いている、それが女の人だけでなく男の人まで。
なんだ?仮装行列かいな?と思った。

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またまた野次馬で、早速レフォルマ大通りへ。
来るわ!来るわ!男だか、女だか分からない人達の行列、音楽がじゃんじゃか鳴り響き、仮装した人や半裸のような人達が陽気に行進。
まるでカーニバルだね。

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中には、その気がない人でも、仮装が好きで来ていた人もいるのかもしれない、行列に加わっている人でなく、明らかに観客の人も、衣装に凝っているって感じだし。

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でも、実に皆、楽しそうなのは、やっぱりメキシコかあ?お祭りだよね、やっぱり。権利の要求、主張もあるだろうけど。

帰り、ソナ ロッサを地下鉄まで歩く間、道で、何組もの同性愛者が、手をつなぎ歩いていたり、道でキスし合うのに出っくわした。
この日は、きっと彼らにとって特別の日だったのだろうな。

それにしても、世の中変わって来ているのかな?
恋愛や結婚相手は、異性という常識は、常識でなくなる時が、近い将来くるのかな?いやもう今もそうか?
女になりたい男の人も、世の中多いらしいし。。。。。

でも、やっぱり、違和感感じちゃったなあ。私の偏見かな?やっぱり。

美しいコロニアル都市 サン・ミゲル・デ・アジェンデ

06 7月
2009年7月6日

メキシコの世界遺産で、コロニアルの都市が結構ある。 ケレタロ、グアナファト、サカテカス オアハカ、モレリア、カンペチェ、プエブラ、メキシコシティの歴史地区など。 そして、2008年の世界遺産に選ばれたサン・ミゲル・デ・アジェンデ。

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コロニアル都市とひっくるめて言っても、その町のそれぞれの歴史とそれぞれの町の建築物で、違った雰囲気、違った街並み、 違った雰囲気を見せてくれて、それぞれに興味深い。

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サン・ミゲル・デ・アジェンデを最も美しい町という人も多い。 サン・ミゲル・デ・アジェンデを芸術の町と呼ぶ人も多い。 サン・ミゲル・デ・アジェンデも、他のコロニアル都市と同様に、コロニアルの歴史をメキシコの歴史秘めた町である。

サン・ミゲル・デ・アジェンデは小さな町であるが、町を散策して、カメラを向ければそれは一つの切り取った絵になるかもしれない。

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サン・ミゲル・デ・アジェンデは、世界からも芸術を目指す人々がやってくる芸術学校が二つもある町である。

そして、町には、ギャラリーがあっちこっちにあり、また、民芸品でさえ、町に溢れるようにある民芸品などのお店も、メキシコの他の地区とは違ったそれぞれ独特のセンスのいい民芸品を競うように並べていて、それを見て歩くだけでも、民芸品好きな人には、堪らなく魅力的な町かもしれない。 お土産を買いたい人は、きっと気に入ったお土産にも出会えるだろう。 また、芸術学校のギャラリーや町のギャラリーを覗いて、芸術に浸るのもいい。

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写真の説明:芸術学校の中庭。古い建物で、それだけで雰囲気のある中庭であるが、そこには、オブジェなど彫刻も置かれている。

サン・ミゲル・アジェンデの町は、インターナショナルな町で、外国人も多く、何処からか英語も聞こえてくる。 地方都市であるが、大変おしゃれなお店、雰囲気のあるカフェテリアなども多く、その気に入ったお店の一つででも、一杯のコーヒーと共に、 貴方だけのメキシコでの、サン・ミゲル・デ・アジェンデでのひと時を過ごしてみるのもいいだろう。

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駆け足の旅でなく、のんびり、一日を過ごす。 ただ、町の公園のベンチに座って、また、カフェテリアの椅子に座って、道行く人を眺めている、町の中心に聳える一風変わったラ・パロキア教会を眺めている。 そんな空白のような時間を過ごしてみるのもいいかもしれない。それが一番似合う町かもしれない。

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写真の説明:町の中心広場にあるラ・パロキア教会。サン・ミゲル・デ・アジェンデのシンボルになっている。

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