月別アーカイブ: 8月, 2009

レフォルマ大通りを走るバス

25 8月
2009年8月25日

観光でメキシコシティを回る時、メキシコシティのメインストリート、レフォルマ大通りは、必ず通る事になるのではないかと思う。
そこを走っているバスが、この8月の上旬から変わった。

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さてさて、良くなったか?賛否あるかも。

どう変わったかと言うと、今まで、前の記事「交通機関の使い方」触れたぺセロという個人バスから、バス会社のバスに変わったのである。

結構ガタガタのぺセロから、新車のバスに変わった。

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写真の説明:ぺセロ。他の地区でももちろん今でも大活躍のぺセロ。

運賃が変わった。
ぺセロ時代は、距離によって、3ペソ、3.5ペソ、4.5ペソであったのが、新車のバスは、一律4.5ペソと5.5ペソ。
この4.5ペソと5.5ペソの違いは、急行バスと各停留所止まりバスの違いで、バスの色が違う。急行は白、普通は緑と黄色。
白の急行には、まだ乗ってないが、内装もちょっと高級感にしてあるらしい。
1ペソ(10円弱)の違いだったら、急行がいいと思ったら間違い。
何処で止まるか確認して乗らないと、目的地から、ずいぶん遠いところで降ろされてしまう事になりかねない。
料金的に1ペソ~2ペソくらいの値上がりなのだが、これは、メキシコ人の懐を考えると大変な値上がりである。

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写真の説明:新しいバスの中の様子

ぺセロ時代は、道の何処であろうと、手を上げれば、乗せてくれた。
だが今度は、そうはいかない。必ず停留所で乗り降りしなければいけない。

ぺセロ時代は、ぺセロの数が多く、次から次と来るから、何分も待つという事がなかった。
今度は、数的に少ないから、結構待たなければ乗れない。
ラッシュ時間は特に大変、バスが来ても、大概ギュウギュウで乗れない。何台も見送らなければならない。
知り合いも通勤にいつもの倍時間がかかるとこぼしていた。
私もイダルゴの地下鉄の駅からバスに乗ろうとしたが、通勤のラッシュ時間、それこそ、なが~いなが~い行列で、バスを5、6台見送り。
さすがに、なんだ、ちっとも改善じゃあないじゃんと叫びたい気持ちになってしまった。
そしたら、私の顔をみて隣に並んでいた人が言った「ぺセロの方が良かったよね、こんな事なかったし、料金も上がったし。」と。

まだまだ、変わった事がある。
ぺセロには、物売りや歌唄いや物貰いやらが乗り込んできて(運賃払う訳ではない。運転手が、人助けのために乗せてやるのである。)
商売していたが、それは新車のバスではない。多分、バス会社の通達があるのだろう。

ぺセロでは運転手がラジオやCDの音楽をガンガン最大のボリュームで流して走っていた。
運転手は、サービスと思っていたのか、自分の趣味か?
私なんぞは、自分の趣味でもない音楽流されても、嬉しいより迷惑なんだけど。
さすが、バス会社は運転手にそれは許可していないらしい。

ぺセロは、時には、バンバン飛ばす。運転が乱暴な時がしばしば。
新車のバスの運転手は、やっぱりそれはやらない。亀と渾名されているとか?

レフォルマ大通りでバスに乗るときは、必ず、きっちりの4.5ペソとか5.5ペソを用意して乗ってください。
新車のバスはおつりが出ない。くれないからね。

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写真の説明:バスの前からのって、料金箱に運賃を入れる。日本のように両替機はない。
たまに「誰か両替してください!」と乗客に頼んでいる人もいたりします。

新車のバス、数を増やしてくれて、ラッシュ時間の今の状態が改善される事を期待します!

人気食SushiとSushiツアー

21 8月
2009年8月21日

大都会メキシコに住んでいると、時々田舎へ行きたくなる。 人がいなくって自然だけがいっぱいで美しい場所へ。 自然が有名になってしまった所は、やぱり観光地になって人が多い。 観光地になると、観光で来る人のための施設も整い、それはそれで、便利ではあるが、その自然を独り占めにできないで、 そしてお互い様ではあるが、自然を堪能しに来たつもりなのに、なんで、人ばかり目につくんだろうと、我がままな気分になってしまう。

だが、メキシコには、まだまだ、あまり人が行かない、観光地化されていない、だが、はっとするほど美しい自然が ひっそりそのまま息づいている場所があるようだ。

友人と二人で、メキシコシティからプエブラ州にあるアルチチカ湖へ行った。 メキシコシティから東へプエブラ市を通りすごし、予定でもうひとつ誰も行かない遺跡カントナ遺跡へ行くつもりで、地図から判断して、田舎の村々をと通り抜けて、カントナ遺跡に一番近い村へ行くつもりが、人に聞くと、こっちの道を行ったがいいと言うので、先にアルチチカ湖へ回る事にした。 田舎道を通り抜け、大きな街道、ベラクルス州のペロテ市へ通じる道にでて、その街道をひたすら走る。 街道端には家々もあり、電線も通っているが、湖らしいものが見えない、人に聞くと、このあたりがアルチチカ湖らしい。

街道からは湖がほとんど見えない。だが、街道からそれて、車で坂道を降りてゆくとあった! 自然だけが存在する風景が。

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人が誰もいない風景が。いや一人だけ羊飼いの少年がいた。

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美しい自然は人間を感動させる。 ふっとため息がでる風景である。

湖が観光地になっていたら、早速、ボートがあったり、お土産屋やレストランなどがあるのが普通だろうが、そんな物が一切ない、誰もいない湖は、実にいい。

綺麗な透明な水が小波を打っている湖

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アルチチカ湖独特の自然が作ったゴツゴツの岩が岸辺に並んでいる風景

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水鳥が泳いでいる。 10歳という羊飼いの少年とその100頭ほどの羊やヤギ。 青い空と遠くに見える山そして湖

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実に静かで、牧歌的である。 美しい自然の風景を独り占めにしている気分は最高である。

この自然が、この湖がこのままの姿で、人間に汚されない事を願いながら、心残りにアルチチカ湖を後にした。

大きな街道でなく、アルチチカ湖から平原にたまには車が通るだろうので出来たような道を、そこは、まったく、人影のない野原、 ほとんど作物も作られていない平原、そこに出来たたった一つの人間の痕跡のような道、その野原を走り抜けて次の目的地に向かった。

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チャパス州 ボナンパック遺跡

17 8月
2009年8月17日

チャパス州のマヤ遺跡で、もう一つのお勧め遺跡 ボナンパック。

メキシコの遺跡巡りツアーというのは、結構移動時間が長いので、一日に1遺跡しか見られないというのが普通であるのだが、 早朝にパレンケ村を出発して、13時間コースと長いツアーではあるが、一日でヤシチランとボナンパックの2つのマヤの重要な遺跡を見られるのは 嬉しい。

ボナンパックとは、マヤ語で、色が塗られた壁と言う意味である。 その壁画で最も有名な遺跡であるのだ。

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ボナンパックは、メキシコでも最も高い木の生い茂る密林のラカンドン自然保護地区内にある。 だから、ボナンパックの遺跡に到達する最後の10キロは、マイカーの人でも、観光バスの人でも、皆ボナンパック遺跡に行きたい人は、ラカンドン族の経営する車に乗り換えるか、10キロを徒歩で行くしか手がない。歩こうという人はあまりいないだろうが。 何年か前までは、ヤシチラン遺跡同様、セスナ機で行くしかアクセスする方法がない遺跡であったが、今は簡単に行く事ができるにもかかわらず、 マヤの重要な遺跡にもかかわらず、まだまだ行く人が少ない。 それだけ辺鄙なところ?そう、密林ジャングルの中ですから。

遺跡の最も見るべきものはもちろん壁画である。 この遺跡は、世に知られないラカンドン族のインディヘナの人々の巡礼の場所であったらしいが、ラカンドンのインディヘナによって知らされる事となり、 その壁画は世界の人々をあっと言わせる事になるのである。 鮮明な色彩の12世紀の時を隔て現われた112平方mの壁面、建物の3つの部屋総面に描かれた絵は、戦いの前のイベント(王の後継者の子供のお披露目、王の家族が自己犠牲をしている様子、戦争の準備)、戦争の様子、そして勝利の祝いの絵である。

このボナンパックの壁画が見つかる以前の考古学者のマヤ観は、戦争のない文化と考えていたのだ、それが、覆されたわけである。

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この壁画が描かれたまもなく後、792年の日付を最後に、絵の中で継承者の子供に王位を譲ることなく、ボナンパック王家もまた多分戦争により都が崩壊され、栄華を誇った都は密林ジャングルに埋もれていく運命となる。

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写真の説明:最後の王とその母と妻らしい二人の女性が描かれた石彫。

やはり、遺跡の発掘公開がされてから、壁画の破損風化は防げず、色が落ちてきてしまっているらしい。 だが、まだまだ、12世紀昔のオリジナルの絵を鑑賞する価値は十分にある。

壁画は写実的で、支配者、貴族、女性、子供、召使、音楽士、戦死、捕虜、踊り手などなどの様子、衣装などを視覚的に教えてくれる材料である。

考古学は、過去の栄華を誇った文化を、遺跡の石を積み上げたピラミッドや石の建物、彫刻、陶器etcから過去を想像するというものである。

だが、ボナンパックの壁画は、過去の史実を記録した絵である故に、今の我々に想像でなく過去の栄華の様をフラッショバックで見せてくれているようだ。

やはり、ボナンパックも発掘公開されているのは、昔の都のほんの一部で、グラン プラザとアクロポリスのみである。

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写真の説明:グラン プラザとアクロポリス

自然の勾配を利用して階段をつくったアクロポリスの最上階は、グランプラザからの高さ46メートル。 そこの階段を登ってみよう!

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写真の説明:アクロポリスの上からの写真

もちろん眺めもいい。 何故か、遺跡に行ってピラミッドなどがあるとやっぱり登りたい気分。 やっぱり、まだまだ、人が少ないボナンパックだから、登らせてくれるけど、他のマヤ遺跡のように人が多く行くようになったら、禁止になるかも?

アクロポリスの最上階で周りの密林ジャングルを眺めながら、この地に栄えた都を壁画の絵から当時を想像してみると、静寂の中で叫ぶホエザルの声がいつか、戦いの人々の叫びや、祭りの音楽師のかき鳴らす楽器の音楽になってくる気がしてくる。

追記:ボナンパックまで行けなくっても、メキシコシティの国立人類学博物館のマヤ室の庭に造られたレプリカの壁画を是非見てください。

メキシコシティからの一日の旅 アルチチカ湖

12 8月
2009年8月12日

大都会メキシコに住んでいると、時々田舎へ行きたくなる。
人がいなくって自然だけがいっぱいで美しい場所へ。
自然が有名になってしまった所は、やぱり観光地になって人が多い。
観光地になると、観光で来る人のための施設も整い、それはそれで、便利ではあるが、その自然を独り占めにできないで、
そしてお互い様ではあるが、自然を堪能しに来たつもりなのに、なんで、人ばかり目につくんだろうと、我がままな気分になってしまう。

だが、メキシコには、まだまだ、あまり人が行かない、観光地化されていない、だが、はっとするほど美しい自然が
ひっそりそのまま息づいている場所があるようだ。

友人と二人で、メキシコシティからプエブラ州にあるアルチチカ湖へ行った。
メキシコシティから東へプエブラ市を通りすごし、予定でもうひとつ誰も行かない遺跡カントナ遺跡へ行くつもりで、地図から判断して、田舎の村々をと通り抜けて、カントナ遺跡に一番近い村へ行くつもりが、人に聞くと、こっちの道を行ったがいいと言うので、先にアルチチカ湖へ回る事にした。
田舎道を通り抜け、大きな街道、ベラクルス州のペロテ市へ通じる道にでて、その街道をひたすら走る。
街道端には家々もあり、電線も通っているが、湖らしいものが見えない、人に聞くと、このあたりがアルチチカ湖らしい。

街道からは湖がほとんど見えない。だが、街道からそれて、車で坂道を降りてゆくとあった!
自然だけが存在する風景が。

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人が誰もいない風景が。いや一人だけ羊飼いの少年がいた。

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美しい自然は人間を感動させる。
ふっとため息がでる風景である。

湖が観光地になっていたら、早速、ボートがあったり、お土産屋やレストランなどがあるのが普通だろうが、そんな物が一切ない、誰もいない湖は、実にいい。

綺麗な透明な水が小波を打っている湖
02_03

アルチチカ湖独特の自然が作ったゴツゴツの岩が岸辺に並んでいる風景

02_04

水鳥が泳いでいる。
10歳という羊飼いの少年とその100頭ほどの羊やヤギ。
青い空と遠くに見える山そして湖

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実に静かで、牧歌的である。
美しい自然の風景を独り占めにしている気分は最高である。

この自然が、この湖がこのままの姿で、人間に汚されない事を願いながら、心残りにアルチチカ湖を後にした。

大きな街道でなく、アルチチカ湖から平原にたまには車が通るだろうので出来たような道を、そこは、まったく、人影のない野原、
ほとんど作物も作られていない平原、そこに出来たたった一つの人間の痕跡のような道、その野原を走り抜けて次の目的地に向かった。

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