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星の丘のある町での復活祭

28 4月
2010年4月28日

復活祭はカトリックの国であるメキシコでは、重要な祭り日であるだろう。

メキシコのあっちこっとで、復活祭 セマナ サンタの祭りが行われる。
特に大々的で歴史もあり有名なのがメキシコシティ イスタパラッパ区の祭りである。
私は30年もメキシコシティに住みながら、まだ一度も見に行った事がなかったのだ。
それは、周りの人に、あんな人で混雑するところに行くな!危ないぞ!と脅かされてきたためである。
特に金曜日のキリスト受難の日の人出はものすごいと。毎年、百万人もの人出だそうだ。

イエスが重い十字架を背負い、ゴルゴタの丘まで行きそこで磔にされた(受難)という事を再現する。
そのイベントは、イスタパラッパ地区の住民が、総出で、イエス役はもちろんだが、みんな大人から子供まで、衣装に身を固め、行列に参加するのだ。

私もその最も盛り上がる金曜日に行きたかったが、金曜日は他の用事で行かれないので木曜日に出かけてみた。
木曜日は、イエスと使徒達の最後の晩餐というので、祭りの重要シーンは夜からであり、それを見ていたら夜中になってしまうので残念ながら、それも見られなかったけれど、仮装した人々の行列があった。

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イスタパラッパ地区には、星の丘と言う名の丘がある。
そこは、昔 アステカ王国時代、新世紀の祭り、52年ごとの新しい火の祭りを行った場所である。
その星の丘をゴルゴタの丘に見立て、そこまで十数キロ、イエス役の人は十字架を背負って登ってゆく。(大変だねえ)
そして星の丘に作られた十字架にかけられるというキリスト受難と復活の再現劇が行われる訳である。

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写真の説明:星の丘の中腹に立ったっている十字架。ただ今準備中。

もともと、星の丘は、アステカ時代には新しい火の祭り、新世紀の祭りが行われた丘であるが、そこはアステカ時代よりもっと古い時代から神の神聖な場所として、
ピラミッドが作られ、そこで神が祭られた場所であったのだ。
丘の頂上には小さなピラミッド跡が残っているが、考古学の研究では、古い時代にティオティワカンの月のピラミッドほどの大きさのピラミッドがあったという事がわかっているのだそうだ。

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写真の説明:星の丘のピラミッド

昔の先住民の人々が神を祭ったその同じ場所で、混血になったメキシコ人、カトリックとなったメキシコ人は、キリストの受難劇の祭りをするのである。

春分の日、遺跡に行く人々

20 4月
2010年4月20日

何故か?いつからか?大勢の人が、春分の日パワースポイントと言われる遺跡へ行く。
特に、ティオティワカンの太陽のピラミッドを目指す人は毎年ウン十万人。
太陽パワーを、太陽エネルギーを授かり、一年の幸運を願うのだそうだ。

遺跡というのは、昔、神様を祭った場所だから、神聖な場所と考えれば道理なのかもしれないが、
今のメキシコ人は、皆カトリックなのだがら、異教と言えないか?とも、私などは思ってしまうが、なんのその、メキシコの人は兎に角信心深いのだ、何でも信じてしまう?
人が良いと言えば、そう信じるからこそ、わざわざ、人がワンさかで、車のラッシュもなんのその、ピラミッドに登るにも、長い行列で、1時間待ち、2時間待ちの
苦行に耐えるのか?

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写真の説明:早朝にピラミッドに着いたが、もう、長蛇の列

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写真の説明:朝から太陽はサンサンと太陽エネルギーを授かりに来た人々にふり降注いでいた。

私もガイドをしていて、何年かに一度は、この日にティオティワカンのツアーに当たる。
この日に当たったら、普段の2~3倍の時間と労力を強いられるのを覚悟する。
朝、出来るだけ早く、朝食を済ませてもらって、まっしぐらにティオティワカンへ。

さすが、遺跡管理側も、何十年の経験で、昔に比べると、管理が上手になったと今回思った。
お客様の回転がスムーズになったようだ。
前は、そりゃあ、駐車場確保も、遺跡を歩くのも大変だった。ましてや、ピラミッドに登るなんて、不可能と言うもんだった。
物売りはワンさワンさこの日に当て込んで商売商売、広場やメインストリートの死者の道で、祈り踊る人の群れ群れ。
太陽のピラミッドの壁面という壁面いっぱいににへばり付いて12時を待つ人々。

だが、今は、遺跡の周りの道は、全て車進入禁止、遺跡から2キロ先あたりの畑が駐車場になり、そこから皆徒歩である。
普段は、月のピラミッドと太陽のピラミッドの間の道、約1キロ弱しか歩かないのだが、この日は、お客様も8キロくらいを歩いてもらうしか仕方ない。
昔はピラミッドの壁面に取り付いてそこでたっぷり人々は太陽エネルギーを享受して何時間も居座っていたが、
今は頂上に登った人は、順次、太陽パワーをさっさともらって、さっさと降りなければならない。

そんな訳で今回は、早朝に出かけた甲斐があって、並んでから約1時間10分ほどで、太陽のピラミッド登頂を果たした。

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写真の説明:頂上に上って下をみると、行列はピラミッドをぐるりと回って、ますます伸びていた。

去年この日のツアーに当たった友人は、3時間半以上かかったと言っていたから、今回は楽勝だったぞ。

昔に比べて、物売りの人数も、制限されているようだったし、踊りも禁止されているのか少なかったので、人ごみを掻き分けて行くという事もなかった。
それでも、遺跡に到着してから、太陽と月の二つのピラミッドを制覇して、遺跡の近くの昼ごはんのレストランにたどり着くまでに、、歩いて歩いて4時間半。

お客様もたぷり太陽エネルギーを貰って満足、満足。今年は幸運だぞ!

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写真の説明:ピラミッドの上で太陽エネルギーを受ける人々

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写真の説明:太陽のピラミッド

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写真の説明:先住民踊りをして祈る人

水道料値上げとメキシコシティ唯一の川

10 4月
2010年4月10日

昔は大きな湖であったアナワック盆地、今は大都会メキシコシティ。
湖も川も消え、2000万の大都会と言われるメキシコの首都メキシコシティは、豊かにあったであろう水も消え、人口も増え、水不足という大問題に向き合う。

水の豊かな日本では、あまり考えないかもしれないが、何はなくとも生きるもの全てにとって、水は絶対必要だ。
メキシコシティの水不足は、人々に水道料値上げという形で、自覚を強いている。

ある人が最近きた水道料の請求書に悲鳴をあげた。
今まで、2ヶ月分の水道料が100ペソちょっとだったのが、10倍の請求書が来たというのだ。
「俺絶対に払わねえぞ!」と息巻いていたそうだが。
電気代、電話代は支払いを滞ると、電気を切られたり、電話を不通にされるのだが、水道は今のところは、止められたという話は聞かない。

私の住む地区は、幸いメキシコシティに唯一残った川、マグダレナ川があり、その上流の水を水道の水としているようで、断水になった事は今のところない。
だが、メキシコシティのあっちこっちで、万年の水不足、しばしばの断水に悩まされている地区も多い。
あるレストラン、ホテルでは、沢山の水が当然必要で、定期的に給水車に、給水してもらわなければ営業できないと。

メキシコに来た人は気づいたと思うが、メキシコでは公衆トイレなどで、トイレットパーパーはトイレに流さないというのが常識だ。
水洗トイレなる文明社会の賜物も、水を多量に必要とするのだ。
トイレットペーパーまで、トイレに流す水の余裕はないのである。紙まで流すと、トイレがすぐ詰まるのだ

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写真の説明:ある遺跡のトイレの中にあった注意書き「ウフゥ!紙があってよかった!で、紙はゴミ箱へ捨ててね。」

私はメキシコシティの南西のはずれに住んでいる。
ディナモ(発電という意味)いうエコロジー森林公園が近くにある場所である。
知り合いに「遠くって大変だねえ、寒いでしょう」とよく言われる場所である。
メキシコシティの平地が標高2230mであるが、私の住む地区は標高が、もっと高い。2370mくらい。
でも平地が暑い暑いの頃はいいよ!避暑地みたいなもんだ。

このディナモの山を水源にする川がマグダレナ川である。
ディナモというのは、その名のとおり川の水を利用して発電をしたというものだそうだ。
今も川は生きているものの、昔のように、発電をするほど水が豊かでなくなったのだろうか。

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写真の説明:マグダレナ川

マグダレナ川も森林公園を流れる間はきれいな水が流れてゆくが、その下流は人々の悪癖のせいで、ゴミで汚染された川となる。情けない。

ディナモの森林公園は、週末には自然を求めてやって来る人でいっぱいである。

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ディナモは広く、森林公園も第1、2、3、4、地区とある。
下方の1、2あたりまでは人でいっぱいであるが、上の4地区あたりは、ほとんど人もいないで、本当に自然だけ。
メキシコシティの大都会でも、まだまだ自然が残っている!と、少しほっとする。

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ところで、我が家は、今のところ断水の憂き目にはあっていないが、水道料も値上げだし、水を大切にしなくては、、、、である。
特に家庭菜園を始めた私としては、乾季の間の菜園の水をどうするかは大きな問題。
人々が水不足で困っているのに、水道の水をじゃんじゃん菜園にかける事は気が引けるし、第一これからの水道料値上げについて行けない。
そこで、雨季の雨水を貯めるという事にした。
屋根に降る雨をタンクに貯めるのだ。二つ大きなタンクを設置した。

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今年は乾季にも2度ほど雨があり、その雨でもタンクがいっぱいになってくれたので、今のところ、水道の水を菜園に使わずにすんでいる。

それに気をよくした私は、今、雨季の間も雨水を利用する方策を立てようと考えている。
乾季の菜園用にタンクを設置したが、雨季はこれを必要としない。
雨季の間は、菜園にもほとんど毎日数時間雨が降ってくれるのだ。
今のところ、屋根に降った雨を、下のタンクに貯める方式になっているが、そのタンクの水をもう一度屋根の上のタンクにモーターで上げて、
トイレとシャワー用の水として使う方法である。

水不足問題、真剣に考えなければの時である。

独立記念塔に登る

04 4月
2010年4月4日

レフォルマ大通りはメキシコシティのメインストリートであるが、観光通りでもある。
そのメインのモニュメントは独立記念塔。

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観光バスもロタリーに止まって、記念写真をどうぞ!である。

高さ20mの柱の上に金メッキに輝く7mの天使の像。

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1910年のメキシコ独立100周年に建てられた記念塔である。

300年の長い植民地という時代を経験したメキシコ人にとっては、最も祝うべき日は、やはり独立記念日と言う事もあって、
今年は200年祭で、9月には色んなイベントもあるようだ。

だが、独立記念日だけでなく常に、メキシコ人は何かある度にこの愛すべき天使の像の独立記念塔に集まり、気勢を揚げる。
デモの人たちもここに集結して、デモに繰り出す。
サッカーなどの勝利を祝う時なども、旗を振る回し、記念塔の下を走り回る。

実は、1986年のメキシコワールドサッカーで、メキシコが一勝した時、興奮した大衆がこの独立記念塔の柱にどんどんよじ登り、
次から次と人が登り、何人もの人が落っこちるという出来事があった。
あの垂直の柱を登るのは、結構サル並みに上手な人でないとなかなか難しいだろうと思うが、「ブタもおだてりゃ木に登る」じゃあなくって、
メキシコ人も興奮しりゃあ、独立記念塔に登るである。

まあ、その時、金メッキの天使も大分被害にあったらしい。
あれ以来、サッカー試合がある度、周りにバリケードが張られ、50センチ間隔くらいにポリスが並んで警備である。

独立記念塔のあの柱の外側を登るのは、禁止されていますが、あの独立記念塔登れるんですよ!
20mの柱の中にはらせん状階段があるのです。

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独立記念塔ですから、中に英雄のお墓もあるのですが。

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あの天使の足元のところは、バルコニー風になっている、あそこまで、狭いらせん状階段をせっせと上って(急いで登ると目が回る?)、メキシコシティを眺める。
なかなかの風景です。

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土曜日の10時半~13時のみです。入場無料ですが、身分証明書の提示が必要です。

独立記念塔、前は一般に入場公開されていなかったのですが、公開されるようになった当初は長蛇の列でしたが、今はもう、並ぶ事なく登れます。
もし、高所恐怖症や狭所恐怖症でないのだったら、お勧め!

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