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サン・ルイス・ポトシー州への旅 その1 タムルの滝

29 5月
2010年5月29日

前々からの念願の大穴を見たいを実現するために出かけた。
今回の第一目的はソタノ・デ・ラス・ゴロンドリーナス(ツバメの地下室)であったが、それについては次回という事で。

今回の旅で、ソタノは兎も角、とても私が気に入て、皆に大いに勧めたいのが熱帯雨林のこの地の水と緑が豊かな自然。
小船を皆で櫂でこぎ川上りをして、滝を見にゆくというもの。
まだまだ、あまり観光地化されていないこの地は、自然が汚されず、そのままで自然の美しさに感動させられる。

メキシコシティからバスで9時間。道はくねくね曲がった山岳地帯を行く。目的の町アキスモンへ行くまでがちょっとしんどい。
日にち制限があるので、夜行バスでゆく。
こんなにくねくね道でなかったら、距離的には6時間だと思うが、バスは兎に角ゆっくり走る。もちろん安全運転でお願いします!
お金に余裕があったら、タンピコまで、飛行機で行くのがお勧め!タンピコから車で3時間だろうが、こちらの道はずーと良さそう。

アキシモンの町への直行バスはない。途中の町まで行って、そこからローカルに乗れと言われたが、結局そこから、同じバスに乗って、
アキスモンの町の入り口の十字路で降りる。朝8時頃。そこから待機しているタクシーで町へ。
そのタクシーの運ちゃんに結局お願いして、そのまま、タムルの滝のある川へ。

友達が作って持ってきてくれたお握りを食べ、舟に乗る。
船頭さん親子二人と我々4人、皆で、上流に向かって舟を漕ぐ。

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朝早いというのもあってか週末なのだが、観光の人が誰もいない。
水が兎に角、綺麗!雨が降った後なので、ちょっと濁ってると船頭さんは言ったけど。
周りは自然の木々や岩。観光地だが、ゴミがないというのは最高に嬉しい気分。

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川の急流なところは、漕いで上れないので、我々は降りて歩いて、船頭さん親子が小船を引いたり押したりして上る。大変だ、お疲れさん。

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滝は、世界中何処にでもあるし、もっと大きなすごい滝がいっぱいあるだろうが、それはそれ。
滝がしぶきあげ、自然の中で絶え間なく水を落としている様は、やはりため息が出るほどいい。

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今は乾季なので滝の幅は小さかったが、雨季には300Mの滝になると。高さは105M。
この川の上の部分に別の川が流れそこから落ちる水という事らしいが、雨季には、小さな滝はいっぱいできるらしい。

カヤックやら、滝を下りるラッペルなどのアドベンチャーなどもあるらしいが。
またまた年寄りの冷や水と言われそうだし、泳げない私にはやっぱり無理かあ?

川で泳いだり飛び込みをしている人もいた。娘は水着を持って来なかったのを嘆く事しきり。

途中で下船して、セノーテがあるというので見に行った。
セノーテとは、天然の井戸である。
メキシコは石灰岩大地である所が多いが、その石灰大地が雨水などで落ちて陥没した所で地下水が地表に見える、それは自然の作った井戸である。
セノーテで有名なところはユカタン半島で、あそこには3000個以上のセノーテがある。
最も知られているのは、チチェン・イツァー遺跡の聖なる泉である。
もっともここは生贄の泉とも言われるように、都が栄えていた当時、多くの生贄や宝物が投げ込まれ神に祈りを捧げた所であるのだが。
それで、チチェン・イツァーの聖なる泉はどす黒いという泉である。
だが、普通のセノーテは地下水の透明な美しい水である。

このサン・ルイス・ポトシー州のワステカ地区も大穴がいくつも出来ているように、石灰質大地であり洞窟やセノーテもできるのだろう。
セノーテの水は真っ青色であった。うー、綺麗。

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船頭さんは、「泳いだらいいよ」と勧めてくれたが、水着を持ってこなかったし。
足を入れてみたら、冷やりとした気持ちいい水でした。
シーンとした洞窟の真っ青な水はそのまましておきたい気分でした。

メキシコにも、世界からの観光客はまだまだ行かないけれど、素晴らしい自然を堪能できる知られていない場所がある。

素晴らしい自然、人がいっぱい来て自然を壊す事にならないように、そっとして置きたい、人に教えたくない、独り占めにしたいという気持ちと、
こんな所もあるんですよ!と、自慢したい気持ちと半々。

次回、サン・ルイス・ポトシー州への旅 その2 大穴 「ソタノ・デ・ラス・ゴロンドリーナス」をお楽しみ?に!

黒曜石の鉱山を訪ねて

26 5月
2010年5月26日

紀元前2~3世紀から始まったテイオティワカンの都が何故20万もの人口を抱える絶大な都となり発展したか? その理由は、テイオティワカンの支配者達が、黒曜石の産地を手中に収めその交易網をコントロールした事とされる。

メキシコの文明、メソアメリカ文明は確かに天文学などにおいて優れたものであったが、鉄器を知らない石器時代文明であった。 石器時代というと、黒曜石のやじりを思い出すだろう。 武器として道具として大変有用なものであったのが、石器時代においては、なんといっても黒曜石であったのだ。 黒曜石のナイフは、鉄器以上に刃物として優れているとか?実によく切れる!

テイオティワカン遺跡では多くの黒曜石の手工場跡が見つかっているそうだが、テイオティワカンの黒曜石が当時遠路はるばる他地域にまで渡って行った。 遠いマヤ、今のグアテマラでもティオティワカンの黒曜石が見つかっている。 しかもそれは、エリートの住居跡から。当時ティオティワカンの黒曜石は全メソアメリカ文明地区で大変重要視されたらしい。

そのティオティワカンの黒曜石の産地は何処であったのか? それは、今のイダルゴ州のパチュッカである。 当時の黒曜石の産地は、今はメキシコの民芸品として売られている黒曜石の飾り物置物の材料としての黒曜石の産地で、鉱山で石が採掘されている。

ティオティワカンの遺跡で観光客に自分で作った黒曜石の置物などの商品を売っている知り合いが、鉱山に案内してくれるというので家族で出かけた。

彼と、ティオティワカンの遺跡で合流し、そこから車で約1時間、サボテンの畑やリュウゼツランの畑が続く道を走り、鉱山のあるその名もノパリージョ(小さな団扇サボテン)の村へ。

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そこの鉱山で採掘している家を訪ね、売っている黒曜石の原石を見せてもらった。 黒曜石の民芸品の材料としてカテゴリーがあり、この鉱山で産出する黒曜石では、金色に輝くものが最も高価という。 別の産地のものでは特に虹色に緑や紫や青などの色がでる物が最も高いものだそうだが。

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うちの人は、早速、金色黒曜石の7キロの塊を買った。キロ25ペソと。 「え~、そんなのどうするのよ!民芸品製作者じゃあないんだから。」 「コレクション!」 知り合いの民芸品製作者の彼も買った。

その家で、プルケ(リュウゼツランのお酒)をご馳走になった。結構いける。 もう、都会で売っているプルケは駄目けど、田舎のプルケは美味い!とはうちのダンナの弁。

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この家の人の持っている鉱山を見せてもらうつもりだったようだが、彼は今日の日曜日は、息子のサッカーの試合だから駄目だと。 この家の鉱山は坑道が斜めに下へ下って行くもので、坑道の中に入るのが、まだ容易との事らしかった。

メキシコの人に物を頼むのに、その日サッカーがあるとなるとまあ、無理と言うもの。

別の採掘家族を訪ねる。 ただし、ここの坑道は、上から縦に綱で降りて入るというもので、その深さ35Mと。素人にはなかなか難しそう。 そこのご主人、私をみて、「入るの?」 私、「大丈夫!大丈夫!月のピラミッドより低いでしょう。」 娘「行こう!行こう!」 ご主人の息子「僕も手助けしてやるよ。」 サッカーの試合に行くという息子さんも一緒に行ってくれるというので、全員同意で行く事に。

だがだが、やっぱり。。。。。 それは、幅1Mくらいの穴が下に続いている。底は見えない。そこを瘤を作った命綱で足を壁にかけ、一歩一歩下りて行くと言うもの。

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写真の説明:私も一段目までトライしたんだけど。。。

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うちのダンナ「こりゃあ駄目だよ。止めよう。ヘルメットもしてないし、この綱、切れそうだよ!」 ご主人とその息子さん「綱は大丈夫だ。」 結局、一番身軽な娘は「私、行ってみるよ」 私も行きたかったけど、断念。娘の彼とダンナも断念。

ご主人「慣れれば、まったく大丈夫なんだけど。」

そう言えば、月ピラミッドの急な階段下りる時、時々お客さんに「怖いですねえ」と言われて、 「慣れれば、それほど怖くないと思うようになるでしょうけど。。。」な~んて、私も言ってたけ。

それにしても、採掘する人、行きはよいよいでも帰りは重い石を背負って登ってくるんだよね。 それって、すごく大変だよねえ。

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写真の説明:娘が見た黒曜石の鉱脈

この黒曜石の採掘の方法って、2000年以上も前のティオティワカンの人がやっていたそのままの方法って事らしい。 近くにその昔の人が採掘した穴の跡や、その使えない屑の黒曜石が山になっていた。 それにしても、この山がそのまま黒曜石の山で、その採掘の黒曜石の屑が、一面にあっちこっとに広がってる。 それで、ついついタダの黒曜石拾ちゃった。

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ご主人にこの屑の黒曜石は、何かに利用しないのか?って聞いたら、たまに、建築の飾りに買う人があるそうだ。 キロ3ペソとの事。 ごめん!ついついタダで拾ちゃった。

エル タヒン遺跡

16 5月
2010年5月16日

世界遺産の遺跡である。
世界遺産に値する遺跡であり、遺跡に興味がある人は、行って損はない。

メキシコにある沢山の遺跡が、それぞれメソアメリカ文明という共通の文化であると同時に、そのそれぞれが独特の特徴を持つ別の文化の名で言われるように
それぞれ違うのが興味深く面白い。

エル タヒン遺跡は、トトナカ文明と呼ばれる。
その最も代表的ピラミッドは、壁がんのピラミッドである。

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写真の説明:壁がんのピラミッド正面

それは、壁がんと呼ばれる窪みがピラミッドの全面に365個、つまり太陽暦の1年の日数分ある。

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写真の説明:壁がんのピラミッド後方より

今はもちろん色は消えてしまっているが、当時は他の多くの都同様に都の建造物が全て彩色されていたという。
ほとんどは赤で塗られていたが、部分部分によっては黒、黄色、青などで塗られていたらしい。
多分それはその壁がんや幾何学模様の凹みと凸みの部分の変化に太陽光線が、光と陰を織り成す様は、きっと美しい見物であったと想像できる。

日の数ある壁がんの意味、役割はいったいなんだったのだろうか?
素人考えでは、それぞれの日の神があってその偶像でも置かれていた?なんって想像してしまう。

壁がんのピラミッドだけでなく、エル タヒンの建造物は石のモザイクで作られた幾何学模様、雷文など大変変化に富んだもので、建築物の芸術性を感じる。
なかなか美しい遺跡である。

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写真の説明:アロヨ グループの広場の一つのピラミッド。広場は宗教儀式の場所であり市場の行われた場所でもあったと。

それと、エル タヒン遺跡は、その球技場が沢山ある(17個)という事で、いかに球技を重要視したかを感じる。
そして、球技に関連するトトナカ文化独特のユーゴやパルマ、斧などの石の彫刻物が沢山出土している。

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写真の説明:建造物5にあるタヒンの神と言われる彫刻

特に南の球技場はその6つの浮き彫り彫刻の絵で球技の儀式の様子や彼らの宗教感を窺い知れる。

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写真の説明:南の競技場にある6つの絵の一つ。

今発掘されている地区は当時の都の3分の1ほどと、この都も当時壮大な都であったであろう。

中心部の宗教センターの地区からエリートの住居地区であったタヒン チコの小高い丘へと登ってゆく。

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写真の説明:高い位置のタヒン チコからの眺め。球技場の一つも見える。

エリートの神官の住居は、何故か、ここにだけある唯一のマヤアーチの入り口。何故ここだけに遠いマヤ方式の入り口があるのか?
マヤとの関係は?
また模様になっている偽装の階段。それは壁がんのピラミッドを模した形。

また、大きな柵の意味を持つグラン シカルコリウキはそれだけで1ヘクタール。エル タヒン最大の建造物である。
その壁が雷文になって続いているだけでなくその建造物の壁が渦巻き型に続いている。この建造物はいったいどのような目的のものだったのか?

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写真の説明:グラン シカルコリウキの建造物

遺跡は想像の世界をいつも広げる。
まだまだ知られない過去をどうだったんだろう?何故?どうして?と。

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写真の説明:博物館にある円柱の柱。最も高い場所の柱の建造物から発掘された柱。13のウサギという重要人物が描かれている。

グラフィティを汚い落書きにしないために!

04 5月
2010年5月4日

メキシコシティの特にポピュラー・ゾーンと言われる庶民街のあらゆる壁と言う壁に落書き!が横行している。
個人の家や商店の壁など、もちろん許可を得て描かれている訳ではない。
汚いただの落書き。意味のないただの落書き。

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ほんのたまには、おっ!と思うような絵もあったりするが。
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写真の説明:この絵はそれなりの社会批判的考えを主張した絵

知り合いなども憤慨していた。
汚い落書きが書かれているので、壁をきれいに塗り替えたら、すぐに、また汚い落書きをされた。
まったく、いたちごっこだ!
それで、ほとんどの人は諦めて、汚い落書きを放置。
で、汚い落書きだらけの汚い町というイメージ。

最近は、そのペンキを塗れば、その上に落書きされても、さっと消せるペンキがあるとか?高いらしいけど。

兎に角、このグラフィティ・ペインターというと芸術家ぽい言い方だけど、彼らの人の迷惑を考えない、道徳のなさには幻滅。

そこで、少しでも彼らに芸術家として自意識を持ってもらおうというのか?
毎年、メキシコ最大のサッカー球技場、アステカ球場の壁に、ペンキ会社(あらゆる意味で儲けているのだがから当然!)が後援で、グラフィティ大会が催される。
部門ごとの優勝者に、1等15000ペソ 2等10000ペソetcの賞が与えられる。

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毎年、その後、優勝者など才能あるグラフィテイ・ペインターは仕事にもありつけていると。
良い事ですね。
若者の心のうっぷんが落書きでなく芸術に育つ!そんなチャンスを与える事。

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うちのダンナの言うに、「うちの家の壁にも、グラフィティ・ペインターに素敵な絵を描いてもらおうか?」
壁画の国のメキシコ人、真っ赤や真っ黄色や真っ青や真っ紫や、真っピンクに家の壁を塗るメキシコ人の感覚には、いくらメキシコに長い私でもまだ付いていけません。
やっぱり、やめるよ、ダンナの提案。

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