月別アーカイブ: 1月, 2011

石化した滝 イエルベ・エル・アグア

29 1月
2011年1月29日

大自然と時の合作は、人をあっ!と言わせる。
オアハカ州、オアハカ市から南東へ73キロほど、所要時間1時間50分。
ミトラ遺跡を過ぎて、舗装されていないデコボコの埃の山道を行く。
途中、先住民の小さな村に看板あり、Hierve el Agua→
じゃあ到着か?とんでもない、そこから、まだ砂漠のような山々を越え。

やっとたどり着いたのは、山の上の天に最も近い(?)小さな泉から流れる水を貯めた自然のプール、山の上のオアシス。
何ともいえない山と水の風景

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イエルベ・エル・アグアとは、「沸騰した水」という意味であるが、この泉の水は温泉ではない。
ボコンボコンと湧く泉の水がお湯が沸くように見える??

これだけだと、山の上の風景の美しい自然のプールかあ?
だが、そこから右に目を向けると、大きな滝!

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滝は滝でも石の滝!
昔々は、本当の水が流れる滝であったのだが。
石灰岩の崖をミネラルを多く含んだ水が長い長い時を経て流れ、炭酸カルシウム結晶し石化し、水は枯渇してしまったが、石の滝となった。
石になった滝だ。
実に、白いしぶきをあげて水が激しく流れる滝のようだ。

周りは山、山。潅木のような木も生えているが、大きなサボテンも生えた。
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昔、あの滝にごうごうと水が流れた頃か?2500年以上もの昔、水を利用した灌がいシステムが作られて豊かな農業がされていた事がわかっているそうだ。
そして、まさに周りの半砂漠的環境の山、山の中に沸く泉とそこから流れ出し出来た滝は、昔の人々の神聖な場所となっていた。

二つの水が湧いている泉が、自然のプールの上方にある。

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このプールがある崖も岩が少しずつ白く固まり、岩の滝になっているが、上の小さな泉の水が枯れない事を願う。

大昔は山、山の環境でも、豊かな水を利用し、段々畑が作られ豊かな農業が行われていたであろう。

ここは今、この近くの村の大切な観光という経済資産であるだろう。
20年ほど前に公開されるようになったと。
駐車場、食べ物屋やお土産屋、トイレ、水着着替え所、そして、小さなホテルもある。
入場料 20ペソ
ホテル 一人100ペソ

車利用でアクセスしない場合は、ツアーで行くのよいだろう。
公共交通機関はちょっと難しい。

このような自然と時の合作の風景を作り出しているのは、トルコのパムッカレだそうだ。
パムッカレは世界遺産だが、トルコまで行った事がない私は、メキシコのイエルベ・エル・アグアで感嘆!
メキシコへ旅する人も是非いかが?

防塞都市 ソチカルコ遺跡

18 1月
2011年1月18日

メキシコシティから行ける世界遺産の遺跡と言うと、まず、ティオティワカンの遺跡であり、規模的にもまずティオティワカンへ行くというのが当然であろう。
だが、もう一日時間がある人は、世界遺産の遺跡ソチカルコへ是非どうぞ!

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写真の説明:二つの象形文字のステラの広場の都で一番大きなピラミッド。雨の神トラロックを祭った神殿ピラミッド

ツアーでは、世界遺産「ポポカテペトル山麓の16世紀初頭の14の修道院跡」の一つであるクエルナバカのカテドラル教会を見て、ソチカルコ遺跡へと言うパターン。
また、時間的に無理をすれば、それに、もうひとつコロニアル都市、銀の町タスコを追加する事も可能で、盛り沢山ツアーもあったりする。

高速を外れて、田舎の村を抜けると、もう、何もない。道路はちゃんとある。電線もない。(遺跡の博物館は、太陽熱利用でエコー博物館)
で、上り坂の道路を行くと、ソチカルコの遺跡が130mくらいの丘に突如現われる。

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写真の説明:博物館から遺跡全体を眺める。

ソチカルコは山の山頂を平らにして作られた町。山の上に作られた防塞都市である。
ソチカルコは650年~900年 当にティオティワカンが衰退し崩壊した時期に興りそして250年後には、やはり都は焼かれ破壊され崩壊した都。
ティオティワカン崩壊後の時代は、戦国時代というか?
いくつかの国々が連立した形で、防塞的都をつくり、敵の侵入を都作りの最重要事項とした事が窺われる。
言ってみれば、日本の山城のようなものか?
山の側面は、何重にも段々畑風の塀と堀で囲んだらしい。
そして、山の最上が、一番重要な宗教センターであり、支配者階級の住居もそこにある。

丘の遺跡の最上段の広場に、最も有名かつ重要な素晴らしいピラミッド神殿、羽毛の生えた蛇神のケッツアルコーアトル神殿がある。

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写真の説明:ケッツアルコーアトル神殿のレリーフの一部

石のレリーフが残り、それは、何を物語るのか?

ここで国際会議が開かれた?
暦の修正をした?
皆既日食の記録?
多くの他部族から租税を徴収した記録?
武器を持った兵士は軍事国家のソチカルコの兵士?
ソチカルコの「二つの球技場を動かし背負う王」は、新しい火の祭りをした?
長い袋を持った神官達らしい人物は何を表す?
ケッツアルコーアトルが主神となる事が決められた?
伝説の地、タモアンチャンは、ソチカルコ?

メソアメリカ文明は天文学に優れていた事は周知だが、ソチカルコにも天文台があった!
洞窟天文台だが。

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写真の説明:洞窟天文台の煙突から太陽が差し込む

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写真の説明:洞窟天文台で、話を聞く学生さん達。

洞窟に作られた煙突の穴から太陽の直射日光が入る日を観察するという。

メキシコシティで時間の余裕があって、遺跡好きの人は、是非ソチカルコ遺跡にも足を運んでみてはいかが?

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新年の祈願

11 1月
2011年1月11日

メキシコはカトリックの国なので、一年でもっとも祝う日の一つは、なんと言ってもクリスマス。
その一週間後の年越し年始のお祝いは、クリスマスの延長と言った気分かもしれない。
クルスマスのご馳走も年越しのご馳走も、似たりよったり。
各家庭で、クリスマスは七面鳥だったから、年越しはタラ料理とモレーにしようか?くらい。

各家庭で、両親、息子や娘の家族が集まってクリスマスも年越しも12時の晩餐をして祝う。
結婚した子供達は、クルスマスは夫の実家に行ったから、年越しは妻の実家に行こうなどなど。
レストランやホテルなどがやる年越しパーティーなどで楽しむ人もいる。
メキシコに年末に、来ていたら、ホテルなどが催す年越しパーティに参加するのもきっと楽しいだろう。
メキシコのパーティでは踊れるとなお楽しい。

クリスマス年越しは仕事はお休みの連休だから、出かける人も、もちろん多い。
メキシコ人はバケーションと言うと海のリゾートを目指す人が多い。

さて、やはり新しい年を迎えるとなると、新しい年は、こうありたいと願うのは、万国共通だろう。
お料理はクリスマスとそう変わらないのだが、12粒の葡萄を年越し0時に食べる。
これはきっとヨーロッパとかよその国もそうだろうかと思う。
12個の葡萄は、一年の月、12ヶ月を表すのかもしれないが、同時に12個のお願いを祈りながら食べるとか?
そう、今年はこの12個の願いが達成できますように!と?

キリスト教は、葡萄がシンボルで使われるようだ。
教会の祭壇の彫刻には、天使や聖人が描かれているが、その間を埋め尽くすのは葡萄の唐草模様。
キリストの肉(パン)と血(ぶどう酒)としての葡萄の意味があるのか?

日本だと、年越しに葡萄を食べたくってもちょっとそうはいかないが、メキシコは12月のフルーツに葡萄もあるのだ。

メキシコで年越しのかわったまじないがある。
年越し新年に願かけて、赤いパンツや黄色いパンツの下着を身につける!
赤は、素晴らしい愛が得られるように。黄色はお金がいっぱい入ってきますように。

メキシコでお酒を飲む時、「乾杯!」と言うのはサルー(健康)!と言うが、それに続いてアモール!(愛)そしてデイネロ!(お金)と叫ぶ。
そうだよ!健康も一番の願いだけど、愛もお金も欲しいよ!
愛もお金も両方欲しい人は赤と黄色のパンツを二枚重ねではかなくちゃあ!

クリスマスが過ぎると同時に年越し新年商戦、町のあっちこっち、お店、露店、市場でも赤や黄色のパンツがひらひら旗めき、山積みの赤パンツ、黄色パンツ。

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それにしても、なんて単純で、物事なんでも信じて、そして、それを実行するメキシコ人なんだろう。
年越しに、「ない色のパンツはいてる?」な~んて聞きあったりして。。。

私も、お金は欲しいなあ!黄色いパンツでお金ざくざくなんって事になれば、いいんだけど。。。。ね。

クリスマスの花ポンセチア

06 1月
2011年1月6日

12月は、カトリックの国メキシコはクリスマス一色。
町の飾りつけも11月はじめの死者の日が終わると、すぐ死者の日の飾りからクリスマスの飾りに変わる。
だから、11月からクリスマス気分を押付けられる。
その至る所に溢れるクリスマスの飾りつけに使われる花は、やはりクルスマスの花と言われるポンセチア。

ポンセチアはメキシコ原産の花である。
南国の潅木で、高さ2~3mくらい、(大きくなると6mほどになる)、日が短くなり、ちょっとだけ寒くなるクリスマスの月12月頃、黄色い小さな花の周りの葉が、
一年中緑であったけど、何故かこの頃、自己主張をするように真っ赤に色づくのだ。

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メキシコでは、ノチェ ブエナ(聖夜)と言う。
もちろんキリスト教が入ってきてからのスペイン語名で、もともとのオリジナルの先住民語の名前はあるのだが、忘れられている。
ポンセチアの名は、19世紀のはじめ頃のポインセットとか言うアメリカの領事が、本国へ種を持ち込み、それが世界に広まりクリスマスの花となった事でその名がある。

もともと南国の花なので、日本では、暖かい地方以外では、そう庭に植わっているという事はなく、クリスマスの花として、クリスマスの頃、植木鉢とかで現われるくらいか?
結構高かったりして。。。。

メキシコでは、クリスマスの月12月になると、至る所がこのクリスマスの花で飾られる。
もちろん鑑賞用に、植木鉢で。何故か切花というのはない。
ソチミルコなどの花市場も、町の露店もポンセチアの赤一色。

メキシコシティのメインストリート レフォルマ大通りも、11月中旬には、死者の日の黄色いセンパソチル(マリーゴールド)の花が引っこ抜かれ、真っ赤なポンセチアの花に植え替えられる。

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ポンセチアの花も1月には、また引っこ抜かれるんだから、花が安いメキシコと言え、もったいない、花に申し訳ないな~んて思うは私だけ。
マリーゴルドの花は一年草だけど、ポンセチアは潅木で、そのまま来年の12月まで植えとけばまた真っ赤になってくれるはずだけど。
ポンセチアは、挿し木で育つし、花生産者は植木鉢で、クルスマス用に小さく育てなくてはだから、去年の花は御用済み。
クリスマスツリーの木と同様に、1月になると、ゴミ車の大荷物?
家庭でも、クリスマスの飾りに買った花も、赤いうちは飾られていても、色がなくなると忘れられて、枯らしたり?

でも、何故かクリスマスの頃になると、やっぱり買って飾りたくなるクリスマスの花ポンセチア。
真っ赤な葉と緑の葉のコントラスト、何故かクルスマスに似合う花、ポンセチア。

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