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白鳥の湖

26 3月
2011年3月26日

「白鳥の湖」と言ったら、バレエや音楽に詳しくない人でも、思い起こすだろう。チャイフコスキーのバレエ「白鳥の湖」

日本から来た友達に、「チャプルテペックの公園の湖でやっている白鳥の湖を見に行きたい、とっても素晴らしいって!」と言われた。
「え!?知らなかった。」

残念な事に友人の滞在中は、公演がなかったけれど。

チャプルテペック公園の湖の小島という自然の野外の舞台での「白鳥の湖」のバレエ公演は、1977年から毎年、この時期2月末から3月の週末行われてきたと。
湖の自然の中の夜の公演は、なかなか雰囲気があってよろしい。

メキシコは雨季と乾季があるが、野外での公演は、はやり乾季でないと。。。。ではあるが。
日本の友達と一緒に行けなかったけど、是非行こうと、切符を買いに行ってみると、売り切れ。
翌週の公演の切符を買った。
高い席と安い席の差が30ペソくらいで差がそれほどないので、せっかくならいい席と思ったのだが、売り切れで一番安い席になってしまった。
人気なんだねえ。

バレエというと、なんか切符高いんじゃあないか?と思ったりするのだが、高い席で180ペソ(円高なので、1400円くらい)、安い席で152ペソであった。

日本ではこんな値段ではバレエさすがに見られないでしょう!
メキシコで見ては?
安いから、たいした事ないんじゃあないかって?いやいや。とんでもない。
私、バレエ知らないけど素晴らしかった!欲を言えば、もっと近くで見たかったけど。

私が見に行った日は、乾季のはずが、公演が始まる前、6時頃結構な雨が降ったのだ。
公演がキャンセルになるんじゃあないかと心配しながら、行ったが、雨も止んで、結局、係りの人が客席の椅子をせっせと拭いて回って、舞台もせっせと雨水拭いて
30分遅れになったが、観覧できた。

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(夜の遠景の動きのある写真って、難しい。いい写真が撮れなかった。残念!でも雰囲気は分かってもらえるかな?)

始まる前、湖を見ていたら、一羽の白鳥が、泳いでいた。
そう、ここは白鳥の湖でしたねえ。

もし、この時期、メキシコにいらっしゃるんだったら、「白鳥の湖」をチャプルテペック公園の湖で観覧いかがですか?なかなかお勧めですよ!

この時期じゃあない人も、白鳥の湖でなくっても、メキシコでバレエをみるのもいいかも?!で、

「眠れる美女」
4月6日~24日 チャプルテペック公園のお城の広場

「シンデレラ」
5月29、30日 6月2、5日 国立芸術宮殿

「BALANCHINEの祭典」
6月30日 7月3日 国立芸術宮殿

などなど
12月には、毎年、「くるみ割り人形」を国立アウディトリオで確かやっている?と思う。

国立芸術宮殿で毎月配布している案内書でチェックしてみると、バレエ何かやってるかも?です。

メキシコでバレエ 観劇いかが?

なお、切符、国立芸術宮殿で買うと正規の値段だけど、チケットマスターで買ったら、20%ほどコミッション分高いようでした。

ゲラゲツァの踊り

18 3月
2011年3月18日

オアハカの民族舞踊フェスティバル、ゲラゲツァの祭りは大変有名で、外国の観光客も、この祭りを目当てにやってくる。 毎年、7月の第三月曜日と第四月曜日なので、それに旅の日程を合わせないとゲラゲツァの祭りを見られないという事になる。 この祭り日は、兎に角、オアハカの町中、観光客でいっぱいになるのだから、ホテルも何もかも、いっぱいで、早めに予約をしておかないと大変な目にあうかも?の日であるようだ。 オアハカ の魅力は、もちろんゲラゲツァだけではないわけだから、賑やかなゲラゲツァの祭りだけが目的の人は兎も角、オアハカの色んな旅を楽しみたい人は、むしろゲラゲツァの日を避けた方がいいのかも。

では、ゲラゲツァの日にオアハカへ行かなかったら、オアハカ地方の各民族の華やかな衣装とその踊りを見られないか?と言うと、そんな事はない! あまりにも有名なゲラゲツァ故、レストランなどでショーとして見せてくれる。 ゲラゲツァの祭りほど大々的で大勢の踊り子さんとはいかなくっても、充分、華やかな民族衣装やその踊りを楽しむ事ができる。

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ゲラゲツァとは、先住民語で、「相互の助け合い・贈り物」の意味だそうだ。 日本の田舎で昔、農作業の忙しい時、また、家を作る建前の時など、大勢の人の労働を必要とした時、結という、お互いの労働の助け合い、扶助をした。 また、多くの費用も必要とした時、ご祝儀の扶助、贈り物もある意味助け合いになるかもしれない。

私の子供の頃も、まだ結の習慣はあった。 今のような農機具がなかったので手で田植えや稲刈りなどした。 その農作業をお互いに一日で済ませるために、近所の人がみんな来てくれてみんなで仕事をした。 その家の女性は、おこびる(お小昼)のご馳走を作るのにかかり切りで、結構なご馳走を出した。 わいわい近所中の大人も子供も集まっての仕事、おこびるで、まるで祭り事のように楽しかった思い出がある。

多分、日本の結のような習慣と共通するものが、メキシコの田舎にもあったのだと思う。 それが、ゲラゲツァの語源だろう。 相互扶助の労働の後は、飲んで食べて踊って!というのは当然あるだろう。 そして、自分達の民族の誇りでもある民族衣装でみんなで踊る。 踊りと音楽は、太古の昔から、人々が事ある事に楽しんできたものだろう。

もともとゲラゲツァの起源は、先住民時代、トウモロコシの女神の豊穣祈願の祭りであったと。 スペインの植民地時代になってから、トウモロコシの女神はカトリックのカルメン聖母に代わったが。

オアハカ地方を旅したら、一夜、オアハカ地方の食事に舌鼓を打ちながら、カラフルな民族衣装のゲラゲツァの踊りを楽しむのも、お勧め。

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以下3つの写真は、広場で行われていた子供達のゲラゲツァの踊りの様子。

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ミトラ遺跡とミステカ族の芸術とオアハカ州立博物館

14 3月
2011年3月14日

オアハカ州で、モンテ・アルバンと並んで重要な遺跡で、やはりオアハカツアーでは、必ず入っているミトラ遺跡。
この遺跡の特徴はなんと言っても切石のモザイク模様の建造物の壁。
いくつかの中庭を囲む部屋のある建造物の外内部の至る所の面がこの石切モザイク模様で覆われている。
実に、細かく、繊細に一つ一つの石を切りそれを組み、色んな種類の幾何学的美しい模様を作り上げている。
その石切モザイクの模様は昔は色づけされていて、今以上に綺麗なものだったのだろう。
このモザイクの壁を持つ部屋は、メソアメリカ文明の中でも最も装飾の素晴らしい豪華な部屋であったと言えるだろう。

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この模様を見たら、何か美術的な事を考えている人は、真似してみようと思うに違いない。
偉い近代の建築家も真似たとか?

ミトラ遺跡やヤグール遺跡の後方の山の洞窟は、紀元前1万年も昔に、農耕を始めた人々が住み始めた痕跡があるというので、2010年の世界遺産に、指定されたように、この地は、モンテ・アルバン遺跡と同様に、最も古い時代、紀元前500年頃には、サポテカ族の都として、栄え始めたというところである。
サポテカの都は、後に、ミステカ族によって侵略され、今残っている遺跡の建造物はそのミステカの都のものである。
だが、そこを、16世紀スペインの侵略で、そのミステカの美しいモザイク模様の壁を利用して、スペイン人たちは、教会を建てた。

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ミステカ族は、モンテ・アルバムなどにも進入したけれど、そこの都のサポテカ王のお墓を利用して、そこに彼らの王を埋めた、サポテカ族の都、モンテ・アルバンを彼らの王のお墓としただけだから、モンテ・アルバン遺跡は、サポテカ族の都と言えるが、ミトラ遺跡はミステカ族の都と言える。

それにしても、ミステカ族のその芸術的工芸の素晴らしさは、その都のモザイク模様の壁だけではない。
ミステカ王の墓、モンテ・アルバン遺跡の7号墳墓が発見された。
その墳墓の発見は、マヤのパレンケ遺跡のパカル王の墓の発見と並ぶ大センセーションの発掘であったと言える。
その墓の奉納品の財宝は、メキシコ考古学史上最高のものであった。
そして、いかにミステカ族がその芸術的工芸に秀でていた部族であったかを知らしめる。
金銀の鋳造、彫工、細工の素晴らしい技術力。
またその美しいモザイク模様などは陶器にも遺憾なく発揮されメキシコでも最も美しい陶器を作り出した。
その細かな芸術性は、骨細工、石などの細工などにも発揮されている。
ミステカ王の装飾品、墓の奉納品の数々の素晴らしいさ、はやり一見すべき。

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オアハカシティのサント・ドミンゴ派修道院跡の建物を使ったオアハカ州立博物館も、足を運こぶべきところ。
7号墳墓の発掘物のほとんどがこの博物館に展示されている。

サント・ドミンゴ派の修道院跡とその教会自体も、大変興味深い建物で、スペイン植民地時代史、カトリックの布教、建物、その装飾などなどの観点からも、オアハカ旅行で必見の場所と言えるあろう。
お見逃しなく!

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写真の説明:サント・ドミンゴ教会正面

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写真の説明:サント・ドミンゴ教会内部天井の装飾

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写真の説明:サント・ドミンゴ修道院跡(現在博物館)の内部の中庭

石のスープ

06 3月
2011年3月6日

旅の楽しみの一つは食べ物。
その土地ならではの食べ物・料理を味わってみるのは、やはり楽しみ。
まあ、中には、それって、やっぱり食べられない。。。。。という人もあったりするかも?だが。

今は、野生のものは特に禁止されるようになり、食べられなくなりつつあるようだが、
昔はたとえば、メキシコシティからタスコの町へ行く途中には、「イグアナ料理あります!」の看板を出してるお店があった。
もちろん土地の人はそれを山で捕獲して常食としていたのだ。

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写真の説明:ソチカルコの遺跡で日向ぼっこするイグアナ

文化の違いで、食べる人もいれば、食べるのを嫌がる人もいるわけだが、
牛や羊はいくらでも食べるが、鯨は可愛そうだから、食べないとか、またその意見を他人にも強制するとか。(私の子供の頃、鯨の冷凍刺身が美味しかったが。)

オアハカは特産の食べ物も多い。オアハカチーズ、オアハカモーレを筆頭に。
バッタもオアハカの特産だ。
日本の今の若い人はあまり知らないかも?だが、私の子供の頃はイナゴを田んぼで、捕って、炒って食べたのを思い出す。

イグアナやバッタは、兎も角。
今回オアハカ地方の旅で、勧められて、食べに行ってみようとなったのが、「石のスープ」
「石は食べられないよ。食べたくないよ。」と、うちのダンナ。

そう言えば、画家のディエゴ リベラの最初の奥さんルーペは、ディエゴが遺跡の石彫や土器、土偶の収集にお金をどんどん使う(昔は買えた)のに、腹を立て、
ある時、その土器かなにかを割ってスープに入れて、ディエゴに出したとかと言う話があったなあ。

かの有名な大きな木、世界でも最も大きな木(特に太さ)として知られている、樹齢2000年のトゥーレの木のある村、サンタ・マリア・デ・トゥーレに
その「石のスープ」のレストランがある。
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写真の説明:サンタ・マリア・デ・トゥーレの木

レストランと言うと、ちゃんとした立派な建物の内装の綺麗なというイメージであるが、ここは田舎の家風。
結構広いが、数テーブルが置かれ、お客さんが食べてる。

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そのテーブルから大分離れたところで火がボンボン焚かれている。
ここの料理は唯一「石のスープ(cardo de piedra)」のみ。

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この石のスープというのは、昔ながらの伝統料理なのだそうで、男の料理であるのだそうだ。
普段は、女の人が料理をするのだが、特別の時、男が代わって料理をしてくれる。それが、この料理だそうだ。
男の料理は、ダイナミックに!簡単に!
石のスープは、メキシコ料理の海産物スープであるのだが、やり方が、生の材料と汁を木の実の椀に入れて、その中にカンカンに焼いた石を放り込みそれで、熱々になって料理が煮あがるというもの。
もちろんその入れた石は食べないけど。
焼いた石は、やっぱりシンデレラ並みに灰被りだろうけど、そんなのお構いなし、なんせダイナミック料理だから。
それで、スープの底の汁は残すがいいだろうね。
まあ、美味しかったけど。

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先住民時代からのお料理だそうで、なにか、レンジがないから、庭で石を焼いて料理を作るイメージ。鍋もいらないし。

西に珍しい料理のレストランがあると言えば、出かけて行き、
東にゲテモノの料理店があれば、興味しんしん、食しに行くし。
北に美味しいお店があると聞けば、さっそく、行かなきゃ損損と食べに行く。
南に行列つくってるレストランがあると知ったら、やっぱり並んで食べに行きたい人。

オアハカ旅行に行ったら、やっぱり行ってみる?話しのタネに。

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