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歴史と伝統そして文化:ワンツリーヒルとコーンウォールパーク

29 3月
2011年3月29日
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オークランドは、過去25万年の間に小火山群の爆発と隆起を通して出来上がった起伏に富んだ非常にユニークな地形となっています。 今回お伝えするワンツリーヒルとコーンウォールパークもそのユニークな地形を利用してできたオークランダー達の憩いの場です。 直訳すれば一本木の丘ということになるのでしょうが、それは英語名で、先住民マオリの人々の間では、マウンガキエキエと呼ばれており、「キエキエというつる植物の山」と言う意味だそうです。また別の解釈では、 トタラというニュージーランド特有の木がぽつんと立っているというようなニュアンスで、こちらのほうが英語の名前に近い感じがします。

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現在、その象徴的な木はなく、巷では、親しみをこめてノンツリーヒルなどと呼ばれています。丘の頂上は、その木に替わる石塔のメモリアルがこの公園を特徴付けるものにしています。実はここは、かつては個人の所有だった敷地一体をオークランド市民のために献納したサー ジョン・キャンベルが眠る地でもあるのです。 彼は、オークランド有数の大実業家あり、また街と自然を愛し、公共団体や事業の理事長や責任者を兼任し、実に一時は40もの組織に従事していたこともあると言われています。 彼の、先住民マオリに対する尊敬の念は、石碑の前に立つマオリの戦士に象徴されています。

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頂上からの眺めは、360度のパノラマと言っていいほど見晴らしがよく、オークランドのスカイスクレーパーも一望できます。

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ニュージーランドの典型的な牧歌的な風景が街のすぐ近くで体験できるのもこの公園の特色です。 厳密に言うと、ワンツリーヒルと言われる公園とそれに隣接したコーンウォールパークとでこの広大な一大レクリエーションエリアが成り立っています。

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日がまだ長い3月ぐらいまでは、毎週日曜日午後から野外コンサートが開催されており、あまりにも広いので、写真ではまばらな人しか撮影できませんでしたが、かなりの人が思い思いに場所を陣取り気軽なコンサートを楽しんでいました。 中には音楽に合わせて踊っている人もいました。

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とにかく野外が好きなニュージーランド人にとって、この公園も格好のウェディングパーティーの場所となります。 コロニアル風のオープンレストランは、そのパーティーの会場になったり、普段も多くの人で賑わっています。

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ヨーロッパ人が入植する以前のこの地は、先住民マオリの人々の格好の砦であり、5000人ぐらいの部族がそこに生活していたことがあったとか。 ニュージーランドは、移民の国の中で最も、先住民との関係が良好な国のひとつとして数えられますが、サー ジョン・キャンベルの奉仕の精神が伝統文化を重んじるマオリの人々の心に通じ、このワンツリーヒルおよびコーンウォールパークが、オークランドに住む多種多様な文化背景を持つ人々そして、ツーリストまで多くの人々を惹きつける公園として定着するにいたったのではないかと、筆者なりに解釈した次第です。 オークランドの観光には是非、足を伸ばして来て頂きたい場所です。

感性の先進性:マオリの人々のデザインセンス

13 3月
2011年3月13日
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ニュージーランドと聞くと真っ先にイメージするものは、オールブラックスとラグビーでしょうか。それとも、パノラマに展開する美しい大自然と羊の群れに代表される牧歌的な風景でしょうか。 ニュージーランド人にとっても、それらは大きな誇りです。 それにもまして、個人的には、先住民マオリの人々から継承された感性の高い視覚デザインに、目を向けさせられます。今回は、その感性の先進性に触れてみたいと思います。 ニュージーランドを代表する航空会社エアニュージーランドの尾翼を飾るロゴは、コルーと呼ばれる渦巻状のシダの新芽をかたどったデザインで、国民に広く親しまれています。

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コルーは、マオリの言葉で、新生、成長、力、平和を象徴しており、彫刻や刺青のデザインのなどの典型的モチーフとしてマオリアートの随所に見られます。 円のカタチは、永続性をイメージさせ、中のコイル状のカタチは、原点への回帰を表しています。

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マオリの人々のルーツは、ポリネシア系で、有力な説によれば、東南アジアから太平洋の島国に移住し、ニュージーランドへの移動は、西暦900年から1200年代と、名のごとくニュージーランドは人類の歴史上最も新しい新天地となりました。

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今でこそ、交通手段の発達とともに、この広大な太平洋地域も遅くとも一日単位で移動できるようになりましたが、当時、ポリネシアの人々がこの広大な太平洋地域に繰り出した特別な背景があったということは、想像に難しくありません。 そうでなければ、危険を冒して大冒険をする必要はなっかたはずです。 帆船というにはあまりにもシンプルなもので、帆をつけたいかだといったほうが的確な表現といえる乗り物を使って、彼らは新天地を求め続けていたわけです。 これは、私の勝手な所感ですが、オセアニアでラグビーが盛んで非常に剛健な選手たちが育つのも、そういった背景があるのではないかと思うのです。

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彼らの頼みの綱は、先祖に直結する自然を支配する神々でした。 生まれながらに、航海者として育った環境の中で、口頭伝承という手段に頼らざるを得なかった人々は、文字の変わりに、一目でわかる視覚的な文化を作り出したといえるのではないかと推測できます。 写真の首飾り装飾品は、グリーンストーンの天然石や骨などでできており、それぞれの部族の守護神、先祖をあらわし、それによって自部族と他部族の違いが一目でわかるようになっていました。

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新天地を開拓する進取の気勢はコルーが表す彼らの神々に連結した永続性と原点への回帰から育まれたものであることを、当時の人々の唯一の交通手段であるカヌーの先端のモチーフを見て取ることができます。

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ヨーロッパから新天地を求めてきた人々と先住民との関係で最も成功した例といわれるニュージーランド。彼らに共通するものは、自然に宿る精霊の原点、創造者への回帰という発想であり、それが、人種を超えて愛されるコルーのマークによく表されていると考えます。 そのような観点から、ニュージーランドを見つめると、また旅の楽しみが増えるのではないでしょうか。

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