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ペルーで一番のアンティクーチョを召し上がれ!

15 2月
2011年2月15日
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唐辛子やニンニク、ビネガーなどで味付けした肉を串焼きにした料理、 「Anticucho(アンティクーチョ)」。 鶏肉や牛肉など色んな種類がありますが、代表的なのは 新鮮な牛ハツを使ったアンティクーチョ・デ・コラソン・デ・レスです。

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このボリューム! 冷えたビール、もしくはインカコーラ(ペルー産の黄色い炭酸飲料)がよく合います

このアンティクーチョ、「Anticucheria(アンティクチェリア)」と呼ばれる専門店だけでなく、 ペルー料理を出すレストランならほとんどの店で注文することができます。 基本的な調味料はほぼ同じですが、その配合や焼き加減は店ごとに特徴があり、 「この店のアンティクーチョが一番!」と贔屓の店を持つペルー人も少なくありません。

筆者のお勧めはこちら、 「Anticucho de la Tía Grima(グリマおばさんのアンティクーチョ)」。 ミラフローレス区の一角で長年親しまれている、アンティクーチョの屋台です。

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おばさんの屋台は、モクモクと立ち上る煙とたくさんのお客さんが目印。 遠くからわざわざ車に乗って食べに来る人も多いんです

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ちらがグリマおばさん。 もうおばあちゃんに近いお年ですが、毎晩現役でアンティクーチョを焼いています

グリマおばさんのアンティクーチョは、その味も然ることながら絶妙な歯ごたえが特徴。 さくっと噛み切れるほど柔らかいのに、ちゃんと適度な弾力もあります。 ぴりっとした辛さと炭火焼の香ばしさが口いっぱいに広がり、 思わず唸ってしまう美味しさです。

テレビや雑誌でもおなじみで、「ペルーで一番美味しいアンティクーチョ」にも選ばれました。 しかしこうした人気に甘んじることなく、ただただ美味しく焼くことに専念するグリマおばさん。 1973年の創業以来、変わらぬ味を提供し続けています。

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真っ赤な火花を散らす炭。見るからに美味しそう!

しかし、現在おばさんの屋台は存続の危機にあります。 人気が上がるほど付近の渋滞はひどくなり、その煙やゴミの問題などから 地域住民が移転を求めているのです。 屋台という従来の形式ではなく店を持つことになると、どうしても経費がかかるため 一皿当たりの単価も上げなければなりません。

移転先などはまだ決まっておらず、当面はミラフローレス区の街角で営業を続ける予定。 懐かしい屋台の雰囲気を味わえるのも今のうちかもしれません。 リマに滞在されたら、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。

★Anticucho de la Tía Grima★ 住所:Calle 8 de Octubre Cdra.3 Miraflores, LIMA 営業時間:月~土曜、19:00~23:00(無くなり次第終了) 一皿(2串+じゃがいも):7ソーレス(約210円) http://anticuchosdelatiagrima.com/ ※アンティクーチョのみの屋台なので、飲み物は持参することをお勧めします

リマ建都476周年記念日

15 2月
2011年2月15日
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かつて、「La Ciudad de los Reyes(諸王の都)」と呼ばれたペルーの首都リマは 1535年1月18日、スペイン人侵略者フランシスコ・ピサロによって建設されました。 ピサロは当初、ペルー中央アンデスに位置するハウハという町に首都を置きました。 しかし本国スペインとの交易や南米支配の拠点たる都市として発展させるためには 港に近い海岸部のほうが適切だと判断したのです。 リマック川のほとりに位置するリマは、肥沃で気候も穏やかであり、 港湾の建設に適した海岸(現在のカヤオ港)からも程よい距離にありました。 このような経緯で、最初の遷都が行われたのです。

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リマ旧市街、セントロのアルマス広場にある大統領宮殿

大統領宮殿の東側にあるカテドラル(大聖堂)は、ピサロ自らがその礎石を置きました。 ペルーカトリックの中心にして、人々の心の拠り所となっているカテドラルですが、 当初はとても小さく、田舎臭いものであったと言われています。 1541年5月に発せられた法王パウロ三世の大勅書により、 翌年からこの教会をリマの大聖堂とするための本格的な建設が始まりました。

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現在のカテドラル。荘厳でとても美しい教会です

工事にあたっては、フランシスコ・ピサロとインカ皇女との娘であるフランシスカ・ピサロ・ユパンキが 多額の資金を提供したと言われています。 仲間割れが原因でピサロが暗殺されたのが、1541年6月。 娘の尽力によって大聖堂として生まれ変わったその教会の片隅に、父ピサロは眠っています。

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カテドラルの入り口付近にあるピサロの棺

現在、1月18日は「Aniversario de Lima(リマ建都記念日)」として 毎年盛大に祝われています。 今年も1月15日から18日まで、アルマス広場を中心に様々なイベントが催されました。 メインイベントは、17日に行われた「セレナータ・デ・リマ」。 昨年ユネスコの無形文化遺産に選ばれた「ワコナーダ・デ・ミト」という踊りや 様々なペルー各地の舞踊が披露され、多くのリマっ子が夜遅くまで楽しんだようです。

また、カテドラルやリマ美術館の入場が無料になったり、 子供たちによるペルー各地の伝統舞踊が披露されたりもしました。 今年はペルーを代表する作家、ホセ・マリア・アルゲダスの生誕100周年にもあたるため、 サン・マルコス文化センターでは彼の功績を称える催しも行われました。

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アルマス広場から出発する観光列車は地元の人々にも人気

ピサロが礎石を置いた時に思い浮かべたであろう未来のリマは、 いったいどんな都市だったのでしょうか。 世界中の観光客が自分の棺を見に来る日が来ようとは想像だにしなかったでしょうが、 彼が願っていたであろうリマの発展は、後世の人々によってしっかりと実現されているようです。

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世界遺産リマ旧市街の中心地でもあるアルマス広場の夕暮れ

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