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マウォポルスカの木造教会群を訪れる

28 6月
2007年6月28日

南ポーランド・マウォポロスカ地方に点在する木造教会群は、
その歴史的価値から、ユネスコの世界遺産に指定されています。

古代のスラブ人国家では、もともと木造建築が行われていました。
しかしポーランドでは、14世紀のカジミエジュ大王の時代に、建築様式に革命が起こり、
それまでの木造建築が、レンガを中心とした石造建築に変えられました。

この建築様式の革命は「木造のポーランドを、石造に造り変えた」と
後世まで言い伝えられるほどイノヴェーショナルであり、カジミエジュ大王自身も、
クラクフ大学創立、法典の整備などその他の数々の業績と考え合わせ、
「ポーランドの歴史上もっとも偉大な人物であった」とたたえられています。

この時代以降、各地の町の建物や教会はすべて石造建築になりましたが、
地方の農村部では、引き続き古来よりの木造建築様式が受け継がれてきました。

マウォポルスカ地方もそのひとつ。
とりわけこの地方の木造教会群は、運よく二度の世界大戦の戦火を逃れ、
古くからの貴重な木造建築様式が見られるため、大変歴史的価値があります。

ユネスコ世界遺産に指定されているとあって、テレビ番組などで度々紹介されたことで、
近年は日本でも知名度が上がり、訪れる観光客も増えてきています。

ただこの教会群、かなり広範囲の村々に点在しているため、一度に全部見て回るのは大変です。
クラクフなど近郊都市に宿をとり、レンタカーで訪れて回るのが一般的なようです。

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[写真]ザコパネ・グバウフカ山頂の木造教会

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さて今日は、マウォポルスカの木造教会群をご紹介したついでに、
この木造教会群を見て回るのにお勧めの、穴場の宿泊スポットをあわせてご紹介します。

ザコパネ北東30kmの小さな村、ハルクローバ(Harklowa)-
スロヴァキアとの国境近くに位置する人口1500人のこの小さな村で、
ペンションを経営されている日本人、三和昭子さんご一家のペンション、
Villa Akiko(ヴィラ・アキコ)です。

三和昭子さんがペンション経営を始めようと決心されたのは、今から14年前の1993年のこと。
当時のポーランドは、まだ体制変換直後の、あわただしい時代でした。
昭子さんらは、土地の購入からはじめ、基礎工事、内装の設計、インテリア設計など、
完成までに三年もの月日を費やし、すべてを自分たちで手がけてきました。
なにせ何もなかった所に建築物ができたということで、ヴィラの住所も、
昭子さん自ら、OS.ARIAKE(有明地区)と命名。
ARIAKE(アリアケ)はポーランドで初めての日本名正式住所として登録されました。

訪れたお客様は、オーナーの昭子さん自らが、和服姿で出迎えます。
そして畑では白菜や大根など日本の野菜を栽培して、お客様の食卓に日本食を出すこだわりです。

-ただ純粋に 「ここで生きていきたい」と思った-
そのライフスタイルは、地元ポーランド人からも高い関心を持って注目され、
『ELITY』ポ語版・2003年6月号ほか、数々のメディア媒体で取り上げられました。

このヴィラ・アキコのあるハルクローヴァ村へのアクセスですが、
クラクフからノヴィ・タルグまで出て、そこからバスかタクシーになります。

クラクフでレンタカーを借りれば、このハルクローヴァを拠点に、
周辺の村々の木造教会群を効率よく見て回ることが可能です。

Villa AKIKO
34-434 Debno Harklowa Os.Ariake 1
TEL.(+48) 18-275-1728
FAX: (+48) 18-264-4005
Mobile: (+48) 601-45-4765
http://www.akiko.pl/

ヨーロッパ旅行というと、有名な観光地を駆け足で見て周る旅になりがちですが、
観光地だけが旅のデスティネーションではありません。

時にはのんびりとドライブを楽しみながら、農村の木造教会群を見て回ったり、
山奥のヴィラを訪れて、ゆっくりとした時を過ごすのも、一味ちがった贅沢ではないでしょうか?

ザコパネで、食べる

17 6月
2007年6月17日

ザコパネの楽しみ方のひとつが、食べ歩き。
メインストリートのクルプフキ通りには、さまざまなお店が並んでいます。

まず目につくのが、写真のような路上チーズ屋さん。
売られているのは、オスツィーペックといって、羊の乳を発酵させて作るチーズです。
一見木彫り細工と見まがうほどきれいな彫刻が表面に施されていて、
とてもきれいなので、おみやげ物としても大変人気があります。
ただ味にかなり癖があるので、味見してから買うとよいでしょう。
声をかければ気軽に味見させてくれます。

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メインストリートを歩いていて見かけるものもうひとつが、串焼き肉屋さんです。
ヨーロッパ有数の畜産国であるポーランドでは、豚肉はメジャーなごちそうで、
頭から尻尾まで、余すところなく調理します。

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なかには写真のような子豚の丸焼きまで!
おいしそう~と思う反面、少しかわいそう…

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しかも朝このお店の前を通ったときには一匹まるまるあったのに、
夕方ハイキングからの帰りにもう一度この店の前を通ったときは
肉がだいぶ切り分けられていて、ちょっとショックでした。

そしてザコパネでおいしいのは、なんといっても川魚です。
タトラ山脈を源流とするマウォポルスカ地方の山川には、沢山の魚類が生息しています。
中でもお勧めは、メインストリートにある「Pstrag Gorski(プストロング・グルスキ)」。
「山のマス」という名のこのレストランは、マス、鯉などの淡水魚のフライがとてもおいしく、
とってもお勧め!脇を小川が流れていて、雰囲気も満点です。
からっと揚げたマスのフライを、ザコパネの地ビール、ハルナシとともにどうぞ!

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ワッフル屋さんも大人気。ちょっと小腹がすいたときにいいですね!

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ソフトクリーム屋も沢山みかけました。
写真のようなプラスティック模型が、通りのあちらこちらにでています。
ザコパネとソフトクリームとの関係はよくわかりませんが、
とにかくよく見かけたので、とりあえず、試しに食べてみました。
すごく何回もうず高く巻いてくれるので、なんかお買い得な気がします。
気になるお味は… クリームが濃厚で、とってもGood! 食べて大正解でした。

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こんな風に、ザコパネは町全体がオープンカフェのような感じで、
ただメインストリートをぶらぶらと歩いて食べ歩きをするだけでも、とても楽しめます。
とてもおしゃれな高原の避暑地で、日本でいえば軽井沢のような感じでしょうか?
クラクフからバスでたったの2時間ですので、日帰りでも十分に魅力を堪能することができます。
みなさんもぜひ、クラクフを訪問の際は、ザコパネまで足を伸ばしてみてください。

ポーランドの山の首都、ザコパネ

10 6月
2007年6月10日

 

今回は、ポーランド有数の山岳リゾート地、ザコパネをご紹介します。

連休や夏のバカンスなどまとまった休みがとれるときには、
一家でマイカーで行楽地まで遠出するのが、ポーランド人のライフスタイルです。
ワルシャワなどポーランド北中部にすむ人は、北東部の湖水地方マズーラへ、
クラクフなど南部に住む人は、南部のタトラ山脈やベスキディ山脈へ、というのが一般的です。

そしてザコパネは、このタトラ山脈へのゲート都市となっている町です。
クラクフからバスで2時間とアクセスもよいことから、夏は登山、冬はスキーと、
一年を通して大勢の観光客が訪れ、それゆえ「ポーランドの山の首都」ともいわれています。

ザコパネの見所は、メインストリートのクルプフキ通りと、最古の木造教会があるコシチェルナ通り、
グバウフカ山 、大カスプロヴィ山、タトラ自然公園とモルスキェ・オコなどです。
それほど大きな街ではないので、2泊3日もあれば、充分に魅力を堪能できます。

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[写真]グラーリとよばれるザコパネ地方の人々

ザコパネへついたら、まずはメインストリートのクルプフキ通りを散策してみましょう。
手作りの民芸品や野菜や果物、チーズなどが売られており、町歩きだけでも十分楽しめます。

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[写真]メインストリートのクルプフキ通り

グバウフカ山へは、クルプフキ通りの北側からケーブルカーやリフトで頂上まで上ります。
ケーブルカーやリフトは、もともと冬のスキー用のものですが、夏の間も観光客用に運行されていて、
山頂からは、ザコパネ市街や、はるかタトラ山脈の岩山を見渡せます。

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[写真]グバウフカ山のケーブルカー

また写真の巨人が横たわっているように見えるのは、ギェヴォントと呼ばれてる山です。
このギェヴォントの巨人の頭の部分(写真では右の小山)には十字架が立てられており、
(写真ではあまり見えませんが)ザコパネ市街からも、肉眼で見ることができます。
この十字架ですが、昔このギェヴォントで登山家が亡くなったことから、
犠牲者を弔うために立てられたものだそうで、毎年多数の登山家がこの十字架を目指して登山します。
しかし1800メートル級の山頂の、しかも周囲に何もないところに立てられた金属性の巨大な十字架なため、
これまでにたびたび雷が落ちており、そのつど登山者の間に犠牲者が続出しているという、いわくつきの場所です。

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[写真]ギェヴォント

さてザコパネ駅前のロータリーから出発するミニバスに揺られること約30分、
スロバキアとの国境ゲート付近を過ぎると、タトラ自然公園の入り口に到着します。
ここでのお目当ては「モルスキェ・オコ(Morskie Oko)」とよばれる青緑色の湖です。

モルスキェ・オコまでは、自然公園入り口から徒歩で片道2時間20分です。
途中まで出ている乗り合い馬車を利用してもよいのですが、周りを見ると、みんな歩く歩く!
「せっかく山に来たからには歩くでしょう!」とばかりに、大人も子供も、元気に歩いています。

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[写真]タトラ自然公園

モルスキェ・オコ(Morskie Oko)とは、ポーランド語で「海の瞳」と いう意味です。
ポーランド人には、「きれいな青い色=スラブ民族のきれいな青い瞳」のイメージがあるのですが、
モルスキエ・オコも、その湖水の色がまるで青い瞳のように美しいことから、「海の瞳」の名前がつきました。
そしてこのモルスキエ・オコをさらにこえると、スロバキア側に出ることができます。

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[写真]モルスキェ・オコ

このタトラ山脈は、スイス・アルプス山脈とならび、ヨーロッパで有数の高山地帯で、
そのためヨーロッパ中の登山愛好家が沢山集まる場所となっています。
子連れで楽しめるグバウフカ山に、本格的なスポーツ登山を楽しめるタトラ山脈と、
ザコパネは、ファミリーから本格的な登山愛好家まで、幅広く多くの人が楽しめるバカンススポットなのです。

さてさてザコパネの魅力はまだまだあります。
次回以降も紹介していきたいと思います。

ポーランド人とカトリック文化

01 6月
2007年6月1日

ポーランドは敬虔なカトリックの国で、国民の90%以上がキリスト教徒です。

毎年春のイースターや12月のクリスマスは、国を挙げてのお祭りになりますし、6月の聖体節の時期には、
純白のドレスやタキシードに身をつつんだ子供たちが、笑顔で教会へ向かう姿に出会います。
11月1日のカトリック諸聖人の日(万聖節)は、日本のお盆のような感じで、先祖のお墓参りをします。
このように、年間行事のほぼすべてが、キリスト教の宗教行事に由来しています。

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[写真]クラクフ・聖ペテロパウロ教会

ほとんどのポーランド人は、生後3・4ヶ月でカトリックの幼児洗礼を受けます。
最近の若者の間では、教会に足を運ぶ人の数がめっきり減ってきているようですが、
それでもひとたび教会の中に一歩入ると、大勢の人が熱心にミサに参列している光景に出会います。
同じヨーロッパでも、宗教色がだいぶ薄れてきているドイツやチェコとは異なり、
ポーランドでは、カトリックは、今もなお、生活の隅々まで根付いています。

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[写真]ミサに参列する人々

ポーランドは、その建国以来キリスト教を受容し、西欧カトリック文化圏に属してきました。
とりわけ中世ヤゲウォ王朝時代のポーランド王国は、カトリックの東の雄として、欧州有数の大国になりました。
その繁栄を支えたラテン・アルファベットや、石造建築、中世に花開いたルネッサンス文化などは、
すべてカトリックという宗教ともに、ポーランドに伝わったものです。
また近代に入ってからも、上流貴族は好んでラテン語やフランス語を話し、
子弟をフランスに留学させるなど、西欧カトリック諸国との盛んな文化交流がありました。

一方で、東の隣人であるロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人に対しては、
同じスラブ人であるにもかかわらず、「自分達はカトリック教徒のポーランド人、
彼らはロシア正教徒であるから異教徒の野蛮人」と必要以上に区別をしてきました。
ポーランド人と同じスラブ人であるため外見も酷似しており、言葉も互いにある程度通じるのですが、
これらロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人など東スラブ人のことを、
ポーランド人は必要以上に外国人扱いし、自分達との間に一線を引いてしまうきらいがあります。
とりわけロシアとは長年の敵対関係にあります。

またユダヤ人との自国内での長い共存の歴史から、ユダヤ教徒のユダヤ人に対し、
ポーランド人は、カトリック教徒であることで、自らのアイデンティティを保ってきました。
とりわけ第二次世界大戦中は、宗教の違いが生死の分かれ目になるという異様な事態の中で、
カトリック教徒であることは、単なる生活習慣以上の意味を持っていました。

さらに戦後はロシアの共産主義支配に苦しめられました。
このときポーランド人の希望の星だったのが、先代のローマ教皇、ヨハネ・パウロ二世でした。
ポーランド出身のヨハネ・パウロ二世は、共産主義を恐れず、カトリック教徒として
神を信じ戦うことを民衆に説き、それが90年代の東欧崩壊につながりました。

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[写真]チェンストホーヴァ・ヤスナグーラ僧院のヨハネ・パウロ二世の像

このような複雑な歴史・地理背景から、ポーランド人は、カトリック教徒であることに、とても誇りを持っています。
カトリック教徒であることは、ポーランド人にとって、アイデンティティそのものなのです。

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