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サンドミエジュの地下道ツアー

20 9月
2007年9月20日

前回に続き、今回も「ポーランドの小ローマ」サンドミエジュをご紹介します。

この町の非常にユニークな点、それは街中のほぼ全域に渡って
網の目のように地下道が広がっていることです。

中世サンドミエジュの商人は、各々の家の真下の地面を掘って地下室をつくり、
商品を保管・保存する地下倉庫としていました。こうした地下倉庫が町のあちこちに作られ、
また倉庫どうしを結ぶ地下通路が旧市街中に網目のように作られました。

しかしサンドミエジュ一帯はもともとやわらかい土壌の土地なため、地下を掘ったことで
次第に地盤が不安定になり、家や歩行者が突然地中に陥没してしまうトラブルが相次ぎました。
そのため町の保全が叫ばれるようになり、1964年から補修工事が始まりました。
この工事でかつての倉庫や地下通路の大部分はコンクリートで埋め立てられてしまいましたが、
一部が補修・整備されて、観光客用に開放されています。

サンドミエジュでは、この観光客向けの地下道ツアーがちょっとした人気になっています。

観光コースは全長470m、深さは3層からなり、最深部は15mにも達しています。
地下道の壁面は、町の歴史をテーマにした絵で飾れています。中でも見ものは、
地下道入り口入ってすぐの、ハリナ・クレンピアンカの伝説の絵です。

ハリナ・クレンピアンカは、サンドミエジュの町の救世主で、伝説によると、
13世紀サンドミエジュの町がタタール人の軍隊の襲撃を受けたとき、ハリナが
彼女がタタール軍の隊長を誘惑して町の財宝のある部屋へと誘い込むことに成功しました。
もちろんこれはハリナの仕組んだ罠で、部屋にはサンドミエジュ軍が待機していて、
そうとも知らずにのこのことやってきたタタールの一群を見事滅ぼすことができたのだそうです。

さてさてサンドミエジュには、今回ご紹介したもの以外にも、まだ沢山の魅力が沢山あります。
皆様もぜひ訪れて、自分の目で見て発見して確かめてみてください。

ポーランドの小ローマ-サンドミエジュ

15 9月
2007年9月15日

サンドミエジュは、ポーランド南東部の人口約26000人ほどの小さな町です。

古くからヴィスワ川を使った小麦やライ麦、岩塩、琥珀原石などの交易が発達し、
中世の時代はクラクフとならび、マウォポルスカ地方の中心都市として栄えました。
7つの丘の上にあることから「ポーランドの小ローマ」と呼ばれています。

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旧市街のオパトフスカ門は14世紀に築かれた要塞の門で、元々4つあった門のうち、
この門だけが現在まで残っています。門の上に上ると旧市街を一望できます。
広場の中央に白く目立つ建物は、旧市庁舎(ラトシュ)で、14世紀にゴシック様式で建設され、
その後ルネッサンス様式で増築されました。夏にはオープンカフェが並びにぎわう場所です。

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サンドミエジュ城は10世紀に由来します。14世紀のカジミエジュ大王の時に
レンガ造りでの建築が完了し、さらに16世紀にはルネッサンス様式で大改装されました。
しかし残念ながら17世紀のスウェーデン軍の襲来で、サンドミエジュ城は
町ともども完全に破壊されてしまいました。

その後ラドムやキエルツェ、タルヌフなどの周辺都市が近代に工業化して人口も増えたこともあり
サンドミエジュの町はそれ以上発展せず、小規模の文化都市としての位置を保っています。

サンドミエジュには宗教都市としての顔もあります。
古来より芸術家や文化人が集う文化都市であったためか、町には古い教会が沢山あり、
とりわけ聖ヤコブ教会は13世紀建築のもので、ポーランド最古の教会の一つです。

近年は、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がポーランドに凱旋した際には、
郊外の広場で50万人もの聴衆を集める屋外ミサが開かれた場所としても記憶に新しい所です。

サンドミエジュは日本ではあまりその名前が知られていませんが、
ポーランドをはじめ周辺のヨーロッパ各国では、「知る人ぞ知る」穴場の観光地です。

見所は旧市街に集中しているため、日帰りでも十分見られます。
バスでクラクフから4時間、ルブリンからは2時間ですので、合わせての見学も可能です。

ウッヂ

10 9月
2007年9月10日

ウッヂはポーランド第二の都市で、ポーランドの国土のほぼ中央に位置します。
産業が発達したのは19世紀に入ってからで、繊維工業や織物工業で全盛期を迎え、
ワルシャワに次ぐ国内第二の人口を抱える大都市に成長しました。

ワルシャワから電車またはバスで2時間で、ウッヂの玄関口、ウッヂ・ファブリチナ駅に到着します。
ウッヂの楽しみ方は、なんといっても町歩き。まずはピョートルコフスカ通りに出てみましょう。
ウッヂ・ファブリチナ駅から歩いて5分ほどです。

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[写真]ウッヂの玄関口、ウッヂ・ファブリチナ駅

ピョートルコフスカ通りは、街の中心を南北に走る大通りで、
おしゃれなブティックやオープンカフェなどが並ぶ、ウッヂのメインストリートです。

ピョートルコフスカ通りを歩いていると、面白い銅像がいくつも並んでいるのが目に入ります。
ウッヂ名物のこの銅像は、ピョートルコフスカ通りの通りの両側に、等間隔で並んでいます。

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[写真]ピョートルコフスカ通りに並ぶ銅像。一番下がアルトゥル・ルビンシュタインの像です。

ウッヂを訪れた記念に、この銅像と記念撮影をしてみましょう。粋なことに、どの像も、
人物の隣に座ると、モニュメントと一体になったかのような構図になるデザインになっています。
中でも一番有名なのが、ウッヂ出身のピアニスト、アルトゥル・ルビンシュタインの像。
造りも凝っていて、コインをいれると楽曲が演奏されます。

ピョートルコフスカ通りを歩いていて頻繁に目にするもの、もうひとつ。
リクシャ(Ryksza)の名前で親しまれている、人力車です。これもウッヂ名物。
ピョートルコフスカ通りを端から端まで走って、料金は2.5zl=約100円と、
とてもお手軽で便利なため、観光客だけでなく、地元の人にも愛用されています。

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[写真]ウッヂ名物のリクシャ

そのほか、ユダヤ人墓地、ゲットー跡、ポズナンスキ邸と工場など、
ウッヂの見所は沢山あります。とりわけ、ポズナンスキ工場は、
現在でも稼動を続けている現役の紡績工場で、2006年には、その一部が改装されて、
総合ショッピングセンターとして生まれ変わり、地元の人々の娯楽の場になっています。
またポズナンスキ邸は、現在内部が歴史博物館として公開されています。

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[写真]ポズナンスキ工場と、敷地内のショッピングセンター

ポーランドの結婚式

02 9月
2007年9月2日

ポーランドでは、Rの文字が付く月に結婚すると、幸せになれるといわれています。
ポーランド語でRの文字が入った月は、3月、6月、8月、9月、10月、12月。
このうち、気候が温暖で屋外での挙式に向いている、6月、8月、9月が、挙式のベストシーズンです。

ポーランドでは、ここ数年、結婚ブームが続いています。
1980年、労働者組合「連帯」のストライキに端を発した民主化運動では、
政府により「戒厳令」が布かれ、ポーランドは準戦時体制となりました。
その時その反動からベビーブームとなり、それから二十数年経った現在、
このベビーブームで生まれた子供達が、一斉に結婚適齢期を向かえて、
空前の結婚ラッシュとなっているのだそうです。
教会やレストランは、夏季の時期とくに結婚式の予約が殺到し、
人気の会場は一年先まで予約が埋まっているところもあるそうです。01_01

結婚式には、教会婚と市役所婚の二通りがあります。

教会婚とは、教会での結婚ミサにて成立する婚姻式のことです。
結婚ミサでは、神父の前で新郎新婦が誓いの言葉を述べたあと、
互いの薬指に結婚指輪をはめ、これに男女の証人二人が付き添います。
ポーランドでは、ヴァチカンとの1993年の政教条約(コンコルダート)により、
教会で式を挙げれば、その後市役所などに改めて書類手続きをしなくても、
それが正式な法的効力を持つ婚姻の手続きとなります。

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一方、市役所婚とは、普通に市町村の市役所のホールにて、
男女の証人二人の同席のもとに行われる婚姻式のことです。

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教会婚と市役所婚、どちらを選んでもいいのですが、
敬虔なカトリック教徒で、古きよき伝統を重んじるポーランド人は、
雰囲気のある教会婚を好む人が多いようです。ただこの教会婚は、
新郎・新婦のどちらか一人が洗礼を受けたカトリック信者でないとできません。
また信者であっても、再婚の場合は教会婚は認められず、市役所婚となります。
結婚の手続きは、教会婚と市役所婚、どちらの場合でもとても煩雑で、
市役所婚で1ヶ月、教会婚では3ヶ月もかかります。

 

さて、式が終わったら披露宴パーティです。ここからは教会婚、市役所婚に共通です。

ポーランドでは結婚式は必ず土曜日に行われます。
披露宴は、土曜日の夕方から始まって、夜通し飲めや歌えやの宴会になり、
翌日曜の朝も、引き続きパーティが行われます。土曜日から日曜日にかけてなので、
参列者は、翌日の仕事を気にせず、朝まで飲み明かすことができます。
かつては、地方の農村部では、一週間も披露宴をしていた地方もあったそうですが、
最近は、人々の暮らしが近代化したことで、どこの地方でも、どんなに長くても三・四日です。
披露宴パーティの費用は、新婦側の家族がすべて負担することになっています。

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披露宴の会場では、まず新郎新婦の両親がパンと塩を持って迎えます。
これは結婚してからも食べ物に困らないようにという意味があります。
地方によっては、コインを投げたり、ガラスを割ったりするところもあります。

次に両親はショットグラスを二つ用意し、それぞれにウォッカと水を注ぎます。
新郎新婦はこのウォッカと水のどちらかを飲むのですが、ふたつのうち、
水を選んだ方の人が、一家の家計の主導権を握るという言い伝えがあるそうです。

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こうして披露宴パーティが始まります。

披露宴では、まずはスープから始まるコース料理をいただきます。

パーティでは、ブーケトスや花嫁さんがつけているベールのトス、
そしてウォッカのショット一気飲みなどの余興も行われ、大いに盛り上がります。
そして宴の席が佳境に入ると、みな自然と席を立って踊りだします。

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世界で一番美しいといわれるポーランド人女性が、ひときわ輝く宴の夜は、
こうして明けることなく続き、参列者一同で、若い二人の門出を祝うのです。

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ところでヨーロッパには、「花嫁が何か青いものをつけると幸せになれる」という、
something blueの言い伝えがあります。ポーランドでもこの伝説は信じられていて、
みな白いウェディングドレスの下に、青い靴下やガードルなどをつけています。

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