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ヤン・マテイコの絵画に学ぶポーランド史 (1)

08 12月
2007年12月8日

~ポーランドの栄光の時代~

ヤン・マテイコは、ポーランドを代表する歴史画作家です。

マテイコは、1838年7月28日、チェコ人で音楽教師であった父と、
ドイツ人の母の間に、11人兄弟の9番目の子供として、クラクフで生まれました。
彼は幼少より絵の才能を現し、暇な時間を見つけては、スケッチばかりしている少年でした。
14歳でクラクフ美術学校に入学し、風景画や歴史画などの絵画を本格的に学び、
卒業後は、ポーランド政府からの奨学金で、ミュンヘンとウィーンの美術アカデミーに留学して、
当時のヨーロッパ美術の巨匠の作品に直接触れる機会を得ました。

留学から帰国後の1873年、クラクフ美術芸術アカデミーの創設に携わり、
53歳で他界するまで、クラクフ美術アカデミーの校長の職をつとめ、自ら教鞭をとるなど、
ポーランドの国民的画家になりました。

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マテイコは、ポーランド史の重要な出来事の数々を絵画に表現しており、ポーランド人は、
まるで紙芝居をみるように、マテイコの絵画を題材に歴史を学ぶのだといわれています。

以下に、マテイコの代表的な作品を何点かご紹介します。

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「スカルガの説教」

マテイコの初期の作品。ワルシャワ王宮にて見学できます。
イエズス会士のピョートル・スカルガが、クラクフのヴァヴェル城にて、
集まったズィグムント3世らに説教を行っているシーンが描かれています。
右の黒い服を着て両手を挙げている人物がスカルガ、
左から二番目の、黒い服を着て肘掛椅子に座っている人物が、ズィグムント3世です。
国王ズィグンムント3世は選挙で選ばれた王ですが、王位につくと王権を強化し、
またイエズス会士をカトリック政策をしいたことで、シェラフタなどから非難された人物です。
一方ピョートル・スカルガは、ズィグンムント3世付きの説教師で、こちらも実在の人物ですが、
この絵画に描かれている「スカルガが国王に説教をしている」というシーンは、
マテイコによって考えられた、架空の歴史エピソードです。

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「スタンチク」

これもマテイコ初期の作品です。
この「スタンチク」と、「スカルガの説教」の二作品が売れたことで、
マテイコは画家として生計を立てていくことができるようになりました。
ワルシャワ王宮にて見学できます。

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「コペルニクス」

コペルニクスは、1470年、ポーランドのトルンに生まれた、世界的な天文学者で、
当時世界の主流であった「天動説」を覆し、「地動説」を唱えました。
マテイコのこの作品は、コペルニクスを描いた絵として、もっとも有名なもののひとつです。
絵で手を広げたコペルニクスの背後に描かれているのは、
コペルニクスが天体観測に使った天球儀です。
トルン美術館所蔵。

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「グルンヴァルトの合戦」

1410年、ポーランド・リトアニア連合軍は、ドイツ騎士団を破りました。
グルンヴァルトの戦い、もしくはタンネンベルグの戦いとよばれている大決戦で、
この戦いの勝利により、ポーランドは一気に領土を広げ、中世ヨーロッパの大国となりました。
この作品で描かれているのは、戦いの最終局面で、中央の、赤い服で両手を上げているのが、
リトアニア大公国のヴィタウタス大公、ポーランド王のヤゲウォは右上に小さく登場しています。
そして左の白いマントの人物が、ドイツ騎士団長のユンギンゲンで、
いまにも槍で殺されそうな様子に描かれています。
縦4.23m、横9.87m、ワルシャワ国立美術館所蔵。

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「プロシアの臣従」

1525年4月10日にクラクフにておこなわれたプロイセンの臣従を描いた作品です。
ポーランド王ズィグムント1世の前に、ドイツ騎士団長アルブレヒト・ホーエンツォレルンが
聖書に手をおいてひざまずき、服従を誓うシーンです。
ドイツ騎士団は、先のグルンヴァルトの戦いでポーランド・リトアニア連合軍に破れたため、
騎士団領は世俗化されプロイセン公国となり、レーエン制によるポーランドの封臣になりました。
ポーランドがその歴史上もっとも栄光を極めた時代を描いた作品です。

この絵画は、マテイコからガリツィアに寄付され、その後クラクフのヴァヴェル城に寄贈されました。
縦3.88m、横7.85m、クラクフ国立美術館所蔵。
現在はクラクフ中央広場の織物会館二階の、国立博物館の分館にて見学することができます。

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「ルブリンの合同」

1569年ルブリンにて行われた、リトアニア大公国との連盟の儀式を描いた作品です。
中央で十字架を掲げ、手を聖書に置いた人物は、ポーランド王のズィグムント・アウグストゥスで、
リトアニア大公国との正式な連盟を誓っています。
ポーランドとリトアニアは、15世紀から、同盟を結んでは解消してを繰り返していましたが、
このルブリンの合同により、正式にポーランド・リトアニア連合共和国が誕生、
18世紀のポーランド分割によって国が消滅するまで続きました。

縦2.98、横5.12cm。1869年に300周年を迎えることを記念して作成されました。
ワルシャワ国立美術館より寄贈され、ルブリン美術館の所蔵となっています。

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マテイコの歴史画の特徴は、まずなんといってもその大きさが巨大であることです。
「グルンヴァルトの合戦」、 「プロシアの臣従」、「ルブリンの合同」はどれも、
美術館の壁一面を多い尽くす、巨大なキャンバスに描かれています。
まるで自分がその歴史的なシーンに居合わせたかのような臨場感に圧倒されます。

またもう一点、特筆すべき特徴として、マテイコの歴史画は、
必ずしも史実にまったく忠実であったわけではない、という点があります。
マテイコは、ポーランドの歴史上の重大な事件に題材をとりつつも、
当時実際には実在しなかった人物や物を、作品中に登場させることをしばしば行いました。

たとえば、「プロシアの臣従」。この絵は沢山の遊び心が見られる作品でもあります。
まず一点、ズィグムント王のしたで頬杖をついているのは、あの「スタンチク」です。
また、作品の舞台となっているクラクフ中央広場の、右側に聖マリア教会の劣塔が見えますが、
プロシアの臣従が行われた当時には、聖マリア教会にはまだ劣塔がありませんでした。
絵の構図上のバランスを考えて、あえて当時には存在しなかった教会の劣塔を、
キャンバスの右上に描き足したと考えられています。
そして作品向かって左側の、赤い服を着て右手を上げてこちらに顔をむけている人物は、
マテイコ本人を描いたものであるといわれています。

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ポーランド人は、マテイコの絵画を通して、国の歴史を学ぶといわれています。
皆様も、ポーランドを訪問されたら、ぜひマテイコの絵画をごらんになってください。
そしてまるで自分がその歴史的なシーンに居合わせたかのような、圧倒的な臨場感を、
ぜひご自身で作品を鑑賞して、味わってみてください!

ヴィエリチカ岩塩坑

02 12月
2007年12月2日

クラクフ南東15kmにあるヴィエリチカ岩塩坑は 、中世から現代まで残る岩塩坑です。
その歴史的、文化的価値から、ユネスコ世界遺産に指定されています。

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ヴィエリチカの街は、古くから岩塩の街として栄えました。
上の写真は、ヴィエリチカの街の地図(上)に、岩塩坑の地下坑路(下)を重ねたものです。
岩塩坑の坑路が、ヴィエリチカの街のほぼ全域にわたって伸びていることがわかります。

観光ルートとして開放されているのは、このうちダニオヴィチ立坑で、全部で地下第九層のうち、
上部の第三層、地下約135mまでが一般観光コースとして公開されています。

入り口を入ると、地下65m まで一気に階段でおり、そこから徒歩2時間のコースとなります。

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ヴィエリチカは古くから人気の観光地で、コペルニクス、ピウツスキ将軍、ヨハネ・パウロ2世など
歴代の有名人が訪れており、それにちなんだコペルニクスの間、ワイマールの間、などを
順路を追って見学していきます。随所に人形や模型があり、当時の様子が再現されています。
岩塩坑の内部は一部滑りやすいので、歩きやすい靴で参加するほうがよいでしょう。

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カジミエジュ大王の間です。
ヤゲロー王朝のカジミエジュ大王は、法典を制定し、ヴィエリチカ岩塩坑を王の所有としたため、
ポーランドの国家財政は大いに潤い、岩塩利益が財源の1/3以上を占めるまでになりました。

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こちらは聖キンガの伝説をテーマにした岩塩彫刻。
聖キンガはハンガリーの王女で、ヴィエリチカ岩塩の守り神です。

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見学コースの一番の見所が、地下100mの深さにある、この聖キンガ礼拝堂です。

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階段から足もとのタイル、シャンデリア、中央の祭壇、周囲の壁の彫刻にいたるまで
すべて岩塩でできており、現在でも日曜日のミサや結婚式などに使用されています。
壁面の彫刻は、イエス・キリストの誕生から最後の晩餐までを描いたレリーフです。

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第二部・博物館

第一部を見学後、希望者はさらに第二部の博物館を見学することができます。
料金は入場料に含まれています。ガイドはポーランド語のみ、一時間のコースです。

第二部では、さまざまな塩の結晶や、岩塩の運搬に使われたかごや馬、
採掘につかわれたつるはしなどが展示されています。

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ヴィエリチカ 岩塩坑は、クラクフからミニバスで約30分、半日コースです。
個人で行くとと迷ってしまうこともありますので、クラクフ発の現地ツアーを利用するのが便利です。

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