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プラハからのエクスカーション「テレジーン」

08 3月
2008年3月8日

テレジーンは北ボヘミアに位置するバロック様式の要塞都市です。
Litoměřiceという町の近くで、Ohře川沿いにある人口わずが3000人ほどの小さな町です。
プロイセンの攻撃から守るためKopisty村とTrávčice村という二つの村の跡地に、
オーストリアが要塞を建設したことから誕生しました。
要塞は1780年に時の皇帝フランツ・ヨーゼフ2世によって建てられました。
テレジンという名前はフランツ・ヨーゼフ2世の母、マリア・テレジアの名から
由来しています。

しかし、要塞として機能することはなく、オーストリア=ハンガリー帝国の時代には
牢獄として利用されていました。
サラエヴォ事件の主犯ガヴリロ・プリンツィプもこ牢獄に収容されていました。

1941年11月にはナチスにより占領されテレジンの町全体がゲットーと化しました。
チェコスロバキア、ドイツ、オーストリア、オランダ、デンマークなどから捕らえられてきた15万人のユダヤ人がテレジーンに収容されました。
テレジーン強制収容所は主に西欧のユダヤ人たちをアウシュビッツに移送する中継地点として機能していました。
8万7千人ほどのユダヤ人がアウシュビッツへさらに輸送されていきました。
テレジーンゲットー内では約3万3千人のユダヤ人が息耐えました。
ゲットーが開放された時には1万7千人ほどの生存者がいたそうです。

テレジーンでは多くの子供たちや芸術家が収容されました。
ゲットー内では子供たちに勉強などを教えることは固く禁じられていましたが、
危険を冒してでも、幾人かの芸術家たちは子供たちに絵を描くことや誌を書くことを教えました。

負の遺産として歴史の真実を伝えるため、現在収容所などを見学することが出来ます。
町の中心部にはゲットー資料館もあります。
資料館ではテレジーンでのナチスの歴史やゲットーの歴史、収容されていた子供たちが残した絵、ドキュメンタリーフィルムなどが展示されています。
子供たちが書いた絵はどれも弱々しいのですが、その絵の状況は残酷なゲットー内の様子や平和を願って書かれたものなど、非常に心に響きます。

小要塞の正面には国民墓地があり、約2万6千人ものユダヤ人やソビエト兵の犠牲者たちが葬られています。
毎年5月の第3日曜日には追悼式典が行われています。

悲惨な歴史の現場に足を運びたくない、という方もたくさんいらっしゃるとは
思いますが、この事実をしっかりと自分の目で確かめ、つらさを分かち合い、
後世へと伝えていくこともとても大切なことだと思います。
プラハからバスで1時間ほどの距離で日帰りで観光可能な町ですので、
時間の都合を付けてぜひこの地を訪れてもらいたいと思います。

盛大にお祝いするイースター

04 3月
2008年3月4日

もうすぐ待ちわびた復活祭がやってきます。
復活祭は十字架にかけられたイエス・キリストが3日目によみがえったことを記念するキリスト教の最も重要なお祭りです。英語で「イースター」と呼ばれるものです。
いつの頃からかゲルマン人の春の到来を祝う祭りと重なり合い、現在では「イースター」は「春の到来」を意味し、長く厳しい冬が終わり待ちわびた春の到来を皆で盛大にお祝いするお祭りと化しています。

復活祭は「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝うというややこしいもので、毎年その日付は変わります。
今年2008年は3月23日がその日にあたります。
ちなみに昨年2007年は4月8日、2011年には4月24日と年によって日にちがだいぶ異なります。
グレゴリオ暦では、3月22日から4月25日の間のいずれかの日曜日ということになります。

イースターの時期には日本のお正月やお盆のような帰省ラッシュがあり、また街中の商店も休暇を取っていることが多く、観光客にはちょっぴり寂しい時期かもしれません。

国民の90%以上が敬虔なカトリック教徒であるポーランドでは、復活祭は国をあげてのお祭りになります。
活祭(イースター)が近くなると、各地の街の中央広場などでは長い伝統を持つイースター市が開かれます。

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写真はクラクフ・中央広場のイースター市。色とりどりのイースターエッグや、復活のシンボルであるにわとりやひよこ、ウサギのマスコットが並んでいます。

イースターエッグは、復活祭においてはとても重要なアイテムです。
古代より、卵はウサギとともに、復活と子孫繁栄のシンボルとされているためです。 ポーランドでは、復活祭前日の聖土曜日に、ピサンカ(pisanka) と呼ばれる模様を描いた色つきゆで卵を、イースターバスケットに入れて教会に行き、聖水でお清めしてもらう習慣があります。その後そのお清めしてもらったピサンカを、殻をむいて人数分に等分し、復活祭の日の食卓で、皆で分け合って食べるのです。
写真は木製のイースターエッグで、これも民族工芸として古くから伝わるものです。
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うさぎは、イースターエッグやにわとり、ひよこ、子羊と並んで、復活祭のシンボルです。うさぎは多産であるため、「子孫繁栄」の象徴であると考えられています。復活祭の食卓では、テーブルにうさぎのマスコットを飾り、ハムやソーセージとともにウサギ肉のペーストが並びます。

この時期スーパーなどではイースターエッグやウサギを型取ったチョコレート菓子もだいぶ出回ります。子供たちにとってはこのチョコレートも楽しみの一つです。
自宅の庭などに両親が隠した卵型のチョコレートを見つけ出すという子供にとってはまた違う意味で嬉しいお祭りの日です。

寒くどんよりとした、陽も短い厳しいヨーロッパの冬が終わり春がやってくると思うと本当にワクワクします。

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