オトゥムフフ

25 5月
2011年5月25日

前回のニサの町から更に西に10kmぐらい進みますと、オトゥムフフという場所に着きます。今は非常に静かな深い眠りについたような町ですが、その歴史は目が覚めるといいますか眠気も吹っ飛ぶような激しいものでした。
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リネックの中にある時計。でも針が変・・・だとおもったら日時計でした!この日時計、歴史は16世紀までさかのぼるそうです。時間を確認するのにかなり見入る必要がありますが、昔の人は現代人のようにせかせかする必要もなかったでしょうから、この時計で充分だったのでしょう。
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リネック自体が小高い山の斜面に位置しまして、斜面の上にはこの町の教会があります。
さて、こんな小さな町にもお城があります。今現在でも、お城の周りにこじんまり住宅街が付属している感がありますので、お城までの道に迷う余地がありません。
そもそも、オトゥムフフは地理的に昔から人の行き来が多かった場所だそうで、有史以前から人が住んでいた跡が確認されている他、10世紀にもなると近隣の都市の商業の発展と共にこの町も栄えていました。11世紀に、ここにこれからお話しする城が建てられるのですが、やはり人の往来が激しい街というのは招かざる客もやってくるようで、この街は13世紀にはモンゴル人の襲撃にもあっています。この時期、日本史にも蒙古人の来襲、「元寇」というのがありましたね。確か歴史の時間に、日本は神風が蒙古人の船をなぎ倒してくれましたが、この地はそれほど幸運に恵まれてなかったようです。
そして東からの招かざる客はこの地に陣営を張ったという記録も残っているそうで、この時期に既にコスモポリタンな町なのですが、それで終わりませんでした。その後、北のスェーデンの襲撃にもあい、足元のフス戦争にも巻き込まれ、お城は改修と破壊を繰り返します。

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こちらは城の入り口。ここにたどり着くまで、ちょっと坂を上ることになります。
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今現在はホテル兼レストランとして一般開放されています。
ホテルに泊らなくても、4zlを払えば、城の頂上まで行くことが可能というので上ってみました。上る途中で、ふと横を見るとこんな部屋が。

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「断食部屋」とでもいうのでしょうかね。
ホテルに断食部屋とはなにごとぞ、それともダイエットキャンプの人用の部屋かしら、と覗き穴から覗いてみれば、部屋の中には頭と手を板に挟まれる拷問道具が見えます。
この城に昔は処刑部屋というものがあったそうで、そのひとつがこの断食部屋。そしてもうひとつの部屋は「君は無罪だ、その扉から去ってもよい」と無罪釈放されたはずの人が、その扉を開けて足を踏み入れると20m落下して地上に刺さっている槍につきささるという拷問部屋もあった、いえ、今は城の見世物として現在進行形で存在しています。
う~ん、観光アトラクション?にしても、この処刑部屋の正面の部屋にはあまり泊まりたくないかも。
そんなことを考えながら、更に上に上ります。最後のほうは頭上注意、足元注意、反射神経の鈍い人はとにかく注意が必要な狭い急な階段を上ります。
そしてお城の上に出てみると、そこはこの街が一望できる素晴らしい見晴らしです。昔の人々も、ここから城下で何が起こっているのかと監視していたかと想像するとちょっとワクワクします。
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城の上からの景色。絶景です。
こちら、一応お城ですが敷居は高くありません。ホテルの宿泊は一番安いタイプで一人一泊60zl、4人家族で一部屋200zlぐらいですのでここで宿泊をして、城の中の動く壁や秘密の部屋などを探索するのも楽しいかもしれません。

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