グニェズノ

14 7月
2011年7月14日

ポーランドマニアの方ならご存知、グニェズノといえばポーランド国家の最初の地となった場所です。だったら、もうちょっと名が知れていてもいいんじゃないかとも思うのですが、何故かポーランド史に興味のない人は思わず素通りをしてしまう町のようです。
しかし、学校でポーランド史をやったという子供たちにポーランド国の起源を見せようじゃないの、と先日出かけてみました。
この町の有名な伝説といえば、レフ、ルス、チェフの3兄弟の話。この3兄弟が定住する土地を探してさまよっていると1羽の白い鷲が大きな木のてっぺんに留まっているのを目にし、レフがその地に住むことを決めたんですね。で、その白い鷲の姿を自分の民の紋章に、またその鷲の「巣」グニャズダのポーランド語の響きからこの町の名前ができた・・・といわれています。また、ルスさんはさらに東に移動し、ロシアの地に定住。チェフはご想像のとおり、南に移動してチェコの地に定住したというものです。
この伝説はポーランド人の子供ならたいてい知っています。なんせポーランド国家の発祥の地ですからね、日本人なら「邪馬台国」「卑弥呼」なんていうキーワードが頭のどこかに残っているのと同じ感覚でしょうか。
ここまで来たら見なければならないのが、グニェズノ大聖堂です。この建物自体は、9世紀に建て始められ当初は礼拝所程度のものだったのですが、その後改築や増設を続け大聖堂と呼ばれるランキングまでのぼりつめたという鯉の滝登りを思わせるような出世頭のようなこちらの場所。
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この町の中の高台に位置するこの大聖堂。ここより20m先ぐらいに駐車場がありますが、祭日は朝10時を過ぎるとすでに満車状態になっておりましたので要注意。

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こちらの教会、見る角度によって趣が多少違いますので、ぐるりと回って気に入った角度をお探しください。ちなみに、私が気に入ったのはこの角度。
さてこちらにはボヘミア地方やポーランドの地でキリスト教布教をしていて、殉教死した後にボヘミア、ポーランド、ハンガリー、プロイセンで守護聖人となった聖ボイチェフ(プラハのアダルベルト)の遺体が納められています。キリスト教観点から見ますと、彼は偉大・・・なんでしょうが、異教徒から見ると人の宗教にいちゃもんつけて、侮辱して、それってどうなのよ、という感が無きにしもあらずな話ですので、興味のある方は歴史の本をどうぞ。

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こちらが、この聖ボイチェフの棺。かなり豪華です。
大聖堂を見終わりましたら、歩いて5分もしない場所にリネックがあります。大聖堂からリネックに向かう最短&メインコースの右手にトイレがあります。窓口にはおばちゃんが座っていて有料ですが日本人の衛生観念的にも、ゴーサインを出せます。
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この道が大聖堂からリネックまでの最短コース。迷いようがありません…。
リネックは他の都市同様、食事どころが満載。ですがポーランド発祥の地のリネックにしては小ぶりかな、というのが正直な感想でしょうか。
私たちが訪れた日はちょうどフェスティバルをしておりましてすごい人だかりができていましたが、平日はのんびりしたリネックのような気がします。この町自体は効率よく見て回れば半日あれば十分です。その代わり、歴史に思いを馳せるのが好きな方、教会建築物に興味のある方は1日ゆっくりかけて観光することをお勧めします。

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