歴史を学ぶ旅~人類の負の遺産

15 2月
2007年2月15日

今、日本人の海外旅行客の間で、「学ぶ旅」というのが流行っています。

ただ観光するだけではなくて、旅行先の国の歴史や風土を垣間見ることで、何かを学び、感じ取る旅。ただお買い物するだけ、ただリゾート地でただ休むだけではなくて、現地の人と交流し、異文化に触れることで、自分を高め、一歩成長する旅。そういう意義ある旅ができるのではないか、と考える人が増えているのだそうです。

クラクフへの旅行客が必ず訪問するのが、クラクフ郊外65Kmの町、オシフィエンチムにある、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所です。アウシュビッツAuschwitz はドイツ語の地名で、ポーランドでは「オシフィエンチム」と呼ばれています。クラクフの西70kmのところにあり、バスで1時間半ほどです。

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悪名高いこの収容所は、第二次世界大戦中の1939年、ナチス・ドイツ軍によって設営され、ユダヤ人、ポーランド人、ロマ人など、ヨーロッパ中の28の民族が、収容され、強制労働された上、殺害された悲劇の場所です。「人類の負の遺産」として、ユネスコ世界遺産にも登録されています。

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囚人棟は全部で28あり、中はきれいに改装されて、囚人の持ち物、ホロコーストの犠牲者の写真などの展示がされています。

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10号棟と11号棟の間には、銃殺に使われた『死の壁』があります。 いつも花束やキャンドルが途絶えることがない、悲しみの場所です。

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こちらは、アウシュビッツ収容所から3kmはなれた、ビルケナウ収容所です。入口の監視塔からは敷地を一望でき、その広さに驚かされます。一部の囚人棟はほぼ当時のままで残されおり、徒歩で自由に見学できます。

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囚人たちはレンガ棚に腐ったわらを敷いた寝床に、ぎゅうぎゅう詰めに収容されていました。

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死の門をくぐって、収容所内に鉄道の引込み線が引かれています。

アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れる外国人で、最も多いのは、ドイツ人です。広大な収容所を一日かけて回り、ガイドの説明に熱心に耳を傾けています。自らの祖先が起こした戦争の悲劇を、自分の目で見て学びたいという強い意思が感じられます。

一昨年の1月27日には、アウシュビッツ解放60周年の式典が盛大に執り行われ、毎年1月27日が、ホロコースト記念日に設定されることになりました。また昨年は、ドイツ人のローマ法王、ベネディクト16世が当地を訪れ、祈りをささげたことが世界中で注目されました。

このアウシュビッツ=ビルケナウ歴史博物館を訪れ、戦争の悲劇を実際に自分の目で見ることで、何か、学び感じ取るものがあるのではないでしょうか?

ポーランドの世界遺産

09 2月
2007年2月9日

実はポーランドは、ヨーロッパで最も早く世界遺産が登録された国です。
ご存知でしたでしょうか?

ユネスコ世界遺産とは、未来に残すべき文化財・自然風景などを1972年の第17回ユネスコ総会で採択された世界遺産条約に基づいて、各国からの申請に基づき審査・登録したものです。1975年に20ヶ国が条約締結して正式に発効され、1978年から登録が始まっています。

初年度は、自然遺産4件、文化遺産8件の計12件が登録され、この時、ポーランドから「クラクフ歴史地区」と、「ヴィエリチカの岩塩坑」が、ドイツから「アーヘン大聖堂」が、この栄誉ある第一号登録リストに入っています(1978年登録)。またポーランドからは、翌年にも「アウシュビッツ強制収容所」と、「ビュウォビィエジャの森林保護区」が登録リスト入りしています(1979年登録)。

[参考:ポーランドの世界遺産の一覧]

クラクフ歴史地区   1978年
ヴィエリチカ岩塩坑   1978年
アウシュビッツ歴史博物館   1979年
ビュウォビィエジャの森林保護区   1979年
ワルシャワ歴史地区   1980年
ザモシチ旧市街    1992年
中世都市トルン   1997年
マルボルク城   1997年
カルヴァリア・ゼブジトフスカの景観複合体と巡礼公園   1999年
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会   2001年
南部小ポーランドの木造教会   2003年
ムジャコフスキ公園   2004年
ヴロツワフの百年ホール 2006年

ヨーロッパの世界遺産というと、イタリア、スペイン、フランスが有名というイメージがあり、訪れる観光客も多いのですが、それぞれ第一号の登録は、「ヴァルカモニカの岩絵群」(1979年登録)、「コルドバ歴史地区」ほか4件(1984年登録)、「ヴェルサイユ宮殿と庭園」ほか4件(1979年登録)、となっています。いずれも、ポーランドよりも後の登録です。

ヨーロッパの世界遺産のメッカである、イタリア、スペイン、フランスを差し置いて、当時まだ社会主義国家だったポーランドが、世界遺産リストに一番乗りしたことは、意外と知られていないのではないかと思います。

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ポーランドでの日本の知名度

02 2月
2007年2月2日

ポーランドでは、日本は 「桜咲く国」 と呼ばれています。
ユーラシア大陸のはるか向こうの国に、ポーランド人は不思議な親近感を抱いているのです。

もともとポーランドは、ヨーロッパの中でもかなり親日的な国。その由来ははるか日露戦争の時代にさかのぼります。帝政ロシアの支配に長年苦しめられていたポーランドでは、その利害関係から日本に興味を持つようになりました。寿司、着物、お茶、桜、富士山、書道など、日本文化はつとに知られています。日本への関心は日ごろから高く、しかも十数年前から日本語学習がひそかなブームとなっています。それを反映するように、国内には、ワルシャワ大学、クラクフ大学(ヤゲウォ大学)、ポズナニ大学の三つの大学に日本語学科があり、毎年多数の卒業生が出ています。2002年7月には、天皇皇后両陛下が、ポーランドを訪問されました。

クラクフ南部、ヴィスワ川湖畔に建つ、日本文化・美術・技術センター・マンガは、日本文化の普及・啓発活動の一端となっています。ここでは、欧州最大といわれる浮世絵コレクションを誇る常設展のほか、日本語教室、書道、茶道、生け花、着物の着付けなど、日本文化を紹介する様々な催しものが開催されています。

一方で、こういった伝統文化だけでなく、もちろん日本=先端技術の国としての知名度もあります。90年代の体制変換以来、南部のヴァウブジュフの経済特区をはじめ、ワルシャワ、クラクフ、トルンなどあちこちに日本企業が進出して、各地で歓迎されました。Made In Japanブランドは今も健在で、ソニー、パナソニック、トヨタ、などの有名企業に加え、昨今のゲームブームで、任天堂、セガなどゲームやPC機器関連の会社の名前も広く知られるようになりました。

ポーランド旅行では、ポーランド人の素朴な暖かさに出迎えられます。ポーランド人は皆とても親切で、日本からの観光客を暖かく出迎えてくれます。街を歩いていると、子供が「こんにちは」と明るい笑顔で声をかけてきたり、買い物をすれば、店員が「ありがとう」と応じてくれます。以前は英語もあまり通じなかった国ですが、もともと日本贔屓なお国柄、日本語の簡単な挨拶は結構知られています。

ポーランド旅行は、リピーターの方が多いことでも有名です。一度訪れたら、また訪れたくなる、ポーランドはそんな不思議な魅力を持つ国なのです。
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