カテゴリー: 観光

映画「イル・ポスティーノ」の足跡を辿って

14 5月
2011年5月14日
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イタリア映画好きにとっては忘れがたい名作であり、制作から17年経った今もなお多くのファンがいる映画「イル・ポスティーノ」。
日本アカデミー外国作品賞も受賞している有名作品なので、知っているという方も多いと思います。

前にも少し、この映画の舞台となったナポリ湾の島・プローチダ島の紹介をしましたが、今回は映画にスポットを当てて撮影場所となった店を訪ねてみました。

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「イル・プローチダ」はイタリアが生んだ偉大な俳優、マッシモ・トロイージの遺作となった感動作品です。
舞台は1950年代の南イタリア。
小さな島で暮らす青年マリオは、政治的な理由で国を追われた詩人パブロ・ネルーダに手紙を届ける郵便配達の仕事を始めます。
ネルーダとの交流で、少しずつ文学や芸術に親しんでいくマリオ。

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マリオはネルーダと出会うまでは無学で、喜びを知らない青年でした。
しかし彼はある日、港町のBarで働く美しい女性・ベアトリーチェに恋をします。
映画の中で重要な役割を果たす、このベアトリーチェのBarが、今もレストラン兼Barとしてそのまま残っています。
マリオはこの場所でベアトリーチェに出会ったことで、人生の喜びや愛に気付いていくのです。

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店の外にはマリオが郵便配達に使っていたのと同じ自転車と、「イル・ポスティーノ」の撮影場所であることを示す看板が。
店の主人はとても気さくな人で、撮影当時の様子などを誇らしげに語ってくれました。

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店主が「店内にコレクションを飾ってあるんだ。是非見ていってくれ。」と言うので店の中へ。
壁一面に、映画の写真やポスターなどが飾られています。
写真左に移っている鞄は、実際に1950年代、郵便配達で使われていた革製のバック。
撮影で使われたのとまったく同じ物を、ローマで見つけてコレクションに加えたんだそうです。

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映画の話にすっかり花が咲き、気がつけば「これは店のおごりだよ!」と一杯のレモンチェッロが。
店の奥さん手作りの、この地方特産の甘いレモンのお酒です。

マリオ役を演じた俳優、マッシモ・トロイージは撮影時、既に重い病に冒されていました。
病をおして撮影に挑み、「僕の最高の作品をあげるよ」とスタッフに言い残して、撮影終了からわずか12時間後に息を引き取ったといいます。
そうして出来上がった遺作「イル・ポスティーノ」は世界中から絶賛され、人々に大きな感動を残しました。
今でも、マッシモ・トロイージとこの作品を懐かしんで、Barを訪れる人は後を絶ちません。

静かな春の日の午後。
ゆっくりと遅めのランチを食べながら、映画のワンシーンに思いを馳せる。
そこではマリオやネルーダも聞いていたであろう優しい波の音や、南の島の人々の陽気な声が、今でも変わることなく響いています。

アナカプリ散策

08 5月
2011年5月8日
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青の洞窟からバスでゴトゴト揺られること15分ほど、アナカプリに到着しました。
カプリ島には二つの町があり、一つはカプリ、もう一つがカプリよりも高い位置にあるアナカプリです。

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カプリもアナカプリも多くの観光客で賑わう有名な観光地です。
町のメインストリートには白い壁の南らしい建物が並び、お土産屋さんはもちろん、オシャレなブティックや手作りのサンダル屋などがズラっと並んでいます。

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アナカプリのお店は、どこもとってもセンスがいい!
海が似合うような素敵な洋服を沢山売っているので、お買いもの好きな女性にはたまらない町と言えるでしょう。
通りをぶらぶらとウインドーショッピングして歩くだけでも、リゾート地に来たんだなぁと感じさせてくれる町です。

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ここの魅力はお買いものだけではありません。
アナカプリには沢山の見所があります。
事前に何も調べないままやって来ましたが、町のあちこちに立っているタイル張りの案内板表示に従って歩くだけなので、簡単に幾つかの名所にたどり着くことができました。
この建物は「カーサ・ロッサ」と呼ばれているもので、白い建物が多いこの島では一際目立つ建物です。
これはカプリに移住したアメリカ人のマッコーエン大佐のお屋敷だそうです。
現在は美術館になっていて、様々な催し物が開かれています。

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こちらはサン・ミケーレ教会。
1698年から1719年にかけて建設された、バロック様式の美しい教会です。
教会としての役割は既に果たされていないようですが、ここにはアナカプリを訪れる方には是非見ていただきたい素晴らしいタイルの床があるんです。

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それがこちら。
マヨルカ焼きのタイルを床全面に敷き詰めて、アダムとイブの楽園追放を描いています。
ハっと息をのむ美しさと迫力です。
アダムとイブの周りにはありとあらゆる動物たちがいます。
犬や馬といった日常的なものから、猿や蛇、ユニコーンなどの空想上の動物たちもいます。
拝観料は一人3ユーロ。
教会内部には小さな螺旋階段があり、二階に登って高い所から床のマヨルカ焼きを一望することができます。

他にも、ここで紹介しきれないほど沢山の見所が、ぎゅっと小さな区域にまとまっているアナカプリ。
南の太陽とレモンの香り、そして海からの潮風に吹かれながら、のんびり町散策をするにはもってこいの観光スポットです。

カプリ島、青の洞窟

06 5月
2011年5月6日
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今年の春のバカンスでは、南イタリア・ナポリ湾周辺をのんびりと旅してきました。
ナポリ湾には大きい順にイスキア島、カプリ島、プローチダ島と三つの島がありますが、中でも日本人にダントツの人気を誇るのがカプリ。
得に、青の洞窟は一度見てみたいと思っている方も多いんではないでしょうか。
今回の旅では数年ぶりにカプリ島にも立ち寄り、青の洞窟を見てきました。

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船でカプリ島に到着するとすぐ、港に「青の洞窟への船乗り場」と書かれた小さなチケット売り場があります。
ここから出発する船は二種類で、一つは青の洞窟のみ、もう一つは島全体を一周して青の洞窟を含む幾つかの島の見所を訪れる遊覧船です。
町の観光もしたかったので、今回は青の洞窟のみのチケットを買って船を待ちました。
料金は一人12ユーロ。
4月中旬、まだ観光客の姿は少なく、待ち時間もほとんどありません。

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いよいよ、船に乗って出発!
この中型船で20分ほど進み、青の洞窟の入り口まで行きます。
途中揺れることもあるので、船酔いしやすい方は酔い止めを飲んでおいた方がいいかもしれません。

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着きました!ここが青の洞窟への入り口です。
ここからは五人乗りの小さな手こぎボートに乗り換える必要があるため、しばらく船の順番待ちをします。
船のチケットとは別に、ここで洞窟への入場料として一人7ユーロ50セントを払わなければなりません。
船と合わせると20ユーロ弱・・・観光地としてもかなり高めの値段設定ですが、これから見る奇跡の光景のことを考えたら、我慢我慢。
期待に胸を膨らませて小舟に乗り込み、いざ、中へ!

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一面、輝く宝石のような青!!
周囲は暗いのに水中だけキラキラと光が溢れていて、一瞬怖くなるほど神々しく、神秘的です。
何度も見てもこの光景には感動します。
外から見ていた時には想像できないほど中は広く、船頭さんがゆっくりと船を漕いで一周してくれます。
入り口はとっても狭く小さいのですが、中は幅50m、高さ15mほどもあり、窮屈に感じることはありません。

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船頭さんの解説によると、実はこの洞窟、かつてはローマ皇帝ティベリウスのお気に入りのプールだったんだとか。
青の洞窟の存在を知ったローマ皇帝は、自身の屋敷から洞窟へと降りる秘密の通路を造り、そこを通って泳ぎにきていたというんです。
なんてうらやましい!!
その後この洞窟の存在は歴史上から消え、忘れ去られてしまいますが、ずっと後になってドイツ人の画家によって再発見されたということです。

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船頭さんは一通り解説を終えた後、ナポリの有名なカンツォーネ「オーソレミオ」を熱唱して、外へと船を漕ぎました。
ツアーを終えると、船頭さんへのチップとして一人1ユーロほど払う習慣があります。
ツアーの前は「またお金払うのかぁ。高いなぁ」と思っていたんですが、青の洞窟の美しさにすっかり頭がぼーっとなって、そんな些細なことはどうでも良くなっていました。

青の洞窟ツアーはこの後もう一度中型船に乗り込んで港へと戻るのですが、私はここで途中下車して陸路を行くことにしました。
絶壁添いの階段を上ってバスに乗り、カプリ島の見所の一つであるアナカプリへと向かいます。

春の海、リボルノ散歩

26 4月
2011年4月26日
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日本はまだ寒い日が続いているようですが、イタリアではここ数日のうちに急に春らしくなってきました。
太陽が照ると暑いと感じるくらい!もうTシャツで歩き回っている人も見かけます。
つい先日も、ふとご近所さんのベランダに目をやると、まだ3月だというのにビキニ姿で日焼けにいそしんでいる女性の姿が・・・。
日焼けこそが美と豊かさの象徴であるイタリア人。
ちょっとでも暖かくなればすぐ、水着姿で全身日焼けに励みます。

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よく晴れた休日に、トスカーナ州・リボルノという港街の海岸添いを散歩しに行ってきました。
暖かくなれば海に行くというのも、日焼けと共にイタリア人にとっては欠かせないお約束の一つ。
これからの時期、「海行く?」という言葉が友人たちの間でさかんに飛び交うようになります。

 

海岸沿いはどこも大賑わい。
でも今の時期のリボルノは比較的観光客が少なく、地元の人々が休日を外でのんびり過ごすために集まってきたという感じです。
16~18歳くらいの若者たちが、港の近くにずらーっと何百人も並んで座っていたので、思わずびっくりしてしまいました。

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彼らにとってはここが大事な社交場。
わざわざ待ち合わせなくても、いつもの海岸に行けば仲間に会える。
いつも新しい出会いがあって、これから夏に向けて恋の花が咲く・・・まさに心躍る季節の始まりなわけです。
だから晴れた休日には、みんなオシャレして港に集まってきます。

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地元の若者たちの様子を横目で見ながら、私はと言えば花より団子。
海岸沿いのお店で、新鮮・揚げたての海の幸のフリットをいただきました。
このお店は揚げ物専門店で、セルフサービス。
注文を受けてから揚げるので少し待ち時間が必要ですが、レストランのようなサービスがない分とってもリーズナブルなお値段でした。
きりっと冷えた白ワインを合わせれば、至福のランチの完成です。

 

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食後は腹ごなしも兼ねて、水族館のある海沿いの遊歩道をゆっくりと散歩します。
港の近くとは少し雰囲気が違って、こちらは家族連れや熟年カップルの姿が目立ちます。
どこまでも続く一市松模様のタイル、カラフルなアールノーヴォー調の建物が並ぶ道。
そして海から漂ってくる潮の香りと、波の音。
まだ海で泳いだりはできませんが、こうやって春の訪れを感じる港の散歩も気持ちの良いものですね。
リボルノへはフィレンツェから車で2時間ほど。
直通電車も出ているので比較的アクセスの良い街です。

城壁に囲まれた町ルッカ

14 3月
2011年3月14日
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イラリアの像を見学した後は、ルッカの町を少し散策してみましょう。
ルッカは、イタリアの中規模都市としては珍しく、とても交通の便の良い町です。
フィレンツェからもほど近く、鉄道駅から町までのアクセスも徒歩数分なので、観光客でも気軽に訪れることができます。

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ルッカの特徴は、なんと言っても町をぐるっと取り囲む城壁。
イタリアの中世の都市にはこうした城壁が残っている場所が沢山ありますが、これほど完全な形で残されている町は他にあまりないでしょう。
現在はこの所壁は遊歩道として沢山の緑が植えられ、町の人々の憩いの場になっています。

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かつて中世の商人や兵士たちも馬車で行き来していただろう、重い木の扉をくぐって、町の中へと入ります。
これだけしっかりと城壁が残されていると、なんだか扉をくぐる瞬間に中世へとタイムトリップするような、不思議な気持ちになります。
城壁の外は大きな道路と鉄道駅があり、車が行き交う2011年。
しかし壁の内側では今でもかつての町の姿が見事に保存され、古い家々や教会が軒を連ねています。

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昼食を食べに入ったBarのお兄さんが「ルッカには50個以上もの教会があるんだよ」と教えてくれましたが、確かに教会の多い町です。
この写真はサンタ・マリア・フォリスポルタン教会。十二世紀のものです。
数メートル歩けばすぐ教会にぶつかると言ってもいいくらい、至る所に教会を見つけることができます。

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町を歩いていたら、老舗菓子店のショーウインドーにこんなパンを見つけました。
これはルッカの名物菓子、ブチェッラート。
丸く作られたブドウパンのような物ですが、レシピは秘伝で公開できないんだとか。
試しに食べてみたかったんですが、残念ながら切り売りはしていないんだそうです。
次回は是非チャレンジしてみたい!

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ルッカが生んだ偉大な芸術家と言えば、トスカなどのオペラで有名なジャコモ・プッチーニ。
ルッカには彼の生家が残っており、現在ではプッチーニ博物館になっています。
彼の偉大な功績を記念してルッカではプッチーニフェスティバルが開かれており、年間を通して様々なリサイタルやコンサートが開催されています。

かつては独立国として栄えていたこともあるルッカ。
2月のルッカは観光客も少なく、静かに中世の面影を町に漂わせていました。

ルッカ、妻に捧げる棺

12 3月
2011年3月12日
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ここ数日良い天気が続いているイタリア。
でも2月半ばまでは毎日曇天が続き、太陽を拝むことができない寒い日々が続きました。
そんな曇り空の週末、以前から気になっていたある有名な棺を見に、ルッカに行ってきました。

目指す棺は町の主要名所の一つであるドゥオーモ、サン・マルティーノ聖堂にあります。
恋人たちがこの棺の前で愛を誓うという噂も耳にしましたが、一体どんな棺で、誰の遺体が収められていたのでしょうか?

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これが、ルッカのドゥオーモ。
サン・マルティーノ聖堂という正式名称の通り、聖マルティーノを奉った物だそうです。
全体に赤っぽいレンガ色をした建物が多いルッカの中で、このドゥオーモの白い壁は一際目立っています。
例の棺はこの建物の中、入って右側の奥に収められています。
チケットを購入し、いざ棺の間へ。

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これがその棺。
建物の中は全面的に撮影禁止だったので、直接棺を写すことができなくてごめんなさい。
ドゥオーモ奥の小部屋の中に、大理石で作られた若く美しい女性が静かに横たわっています。

彼女の名はイラリア・デル・カッレット。
26歳という若さでこの世を去った、かつてのルッカ支配者の妻だった女性です。
棺の制作にあたったのはヤコポ・デッラ・クエルチャという芸術家で、この作品はイタリア彫刻の傑作の一つと讃えられています。

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イラリアは1400年初頭に「偉大なるルッカの領主」と呼ばれていたパオロ・グイジーニの二番目の妻でした。
パオロの初婚相手はわずか12歳で彼の元に嫁ぎ、処女のまま亡くなったので、実質彼にとってはイラリアが最初の妻だったと言っても過言ではないでしょう。

結婚した時、イラリアは24歳。
当時としては晩婚ですが、前回の結婚で苦い思いをしていたパオロが特に「成熟した女性」を希望したため、彼女が選ばれました。
贅沢好きで、様々な宝石や高級品で身を飾っていた裕福な町の支配者パオロ。
彼に愛された女性イラリアもまた、ルッカの人々の羨望の的となるほどの美しさを持った、可憐な人でした。

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たった二年の結婚生活の後イラリアは死亡し、その死を悼んでこの棺が作られます。
イラリアの足下に作られた子犬の像は、夫婦の愛と忠誠の証。
そんな二人の愛にあやかって、沢山の恋人たちがこの棺を見にルッカを訪れるようになりました。

しかし二人の本当の人生については、あまり詳しいことはわかっていません。
実際の二人のストーリーよりも彫刻品としての芸術性の高さが人気を呼び、愛の伝説を作り上げ、こうして一般公開されることになったようです。
本当のことを言うとパオロはイラリアの死後も二度再婚しているし、イラリアにも愛人がいたらしいという話もあるのですが・・・そんな影を吹き飛ばすくらいに、この棺の出来が良かったということなのかもしれません。

この日もあいにくの天気にもかかわらず、数組のカップルが見学に来ていました。
見学者たちはパオロとイラリアの愛の結晶としてこの棺を眺め、自分たちの愛を誓いながらドゥオーモを後にするのでしょう。
イラリアの像は愛のシンボルとして、今も人々を惹きつけています。

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