チャパス州 ボナンパック遺跡


チャパス州のマヤ遺跡で、もう一つのお勧め遺跡 ボナンパック。

メキシコの遺跡巡りツアーというのは、結構移動時間が長いので、一日に1遺跡しか見られないというのが普通であるのだが、 早朝にパレンケ村を出発して、13時間コースと長いツアーではあるが、一日でヤシチランとボナンパックの2つのマヤの重要な遺跡を見られるのは 嬉しい。

ボナンパックとは、マヤ語で、色が塗られた壁と言う意味である。 その壁画で最も有名な遺跡であるのだ。

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ボナンパックは、メキシコでも最も高い木の生い茂る密林のラカンドン自然保護地区内にある。 だから、ボナンパックの遺跡に到達する最後の10キロは、マイカーの人でも、観光バスの人でも、皆ボナンパック遺跡に行きたい人は、ラカンドン族の経営する車に乗り換えるか、10キロを徒歩で行くしか手がない。歩こうという人はあまりいないだろうが。 何年か前までは、ヤシチラン遺跡同様、セスナ機で行くしかアクセスする方法がない遺跡であったが、今は簡単に行く事ができるにもかかわらず、 マヤの重要な遺跡にもかかわらず、まだまだ行く人が少ない。 それだけ辺鄙なところ?そう、密林ジャングルの中ですから。

遺跡の最も見るべきものはもちろん壁画である。 この遺跡は、世に知られないラカンドン族のインディヘナの人々の巡礼の場所であったらしいが、ラカンドンのインディヘナによって知らされる事となり、 その壁画は世界の人々をあっと言わせる事になるのである。 鮮明な色彩の12世紀の時を隔て現われた112平方mの壁面、建物の3つの部屋総面に描かれた絵は、戦いの前のイベント(王の後継者の子供のお披露目、王の家族が自己犠牲をしている様子、戦争の準備)、戦争の様子、そして勝利の祝いの絵である。

このボナンパックの壁画が見つかる以前の考古学者のマヤ観は、戦争のない文化と考えていたのだ、それが、覆されたわけである。

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この壁画が描かれたまもなく後、792年の日付を最後に、絵の中で継承者の子供に王位を譲ることなく、ボナンパック王家もまた多分戦争により都が崩壊され、栄華を誇った都は密林ジャングルに埋もれていく運命となる。

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写真の説明:最後の王とその母と妻らしい二人の女性が描かれた石彫。

やはり、遺跡の発掘公開がされてから、壁画の破損風化は防げず、色が落ちてきてしまっているらしい。 だが、まだまだ、12世紀昔のオリジナルの絵を鑑賞する価値は十分にある。

壁画は写実的で、支配者、貴族、女性、子供、召使、音楽士、戦死、捕虜、踊り手などなどの様子、衣装などを視覚的に教えてくれる材料である。

考古学は、過去の栄華を誇った文化を、遺跡の石を積み上げたピラミッドや石の建物、彫刻、陶器etcから過去を想像するというものである。

だが、ボナンパックの壁画は、過去の史実を記録した絵である故に、今の我々に想像でなく過去の栄華の様をフラッショバックで見せてくれているようだ。

やはり、ボナンパックも発掘公開されているのは、昔の都のほんの一部で、グラン プラザとアクロポリスのみである。

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写真の説明:グラン プラザとアクロポリス

自然の勾配を利用して階段をつくったアクロポリスの最上階は、グランプラザからの高さ46メートル。 そこの階段を登ってみよう!

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写真の説明:アクロポリスの上からの写真

もちろん眺めもいい。 何故か、遺跡に行ってピラミッドなどがあるとやっぱり登りたい気分。 やっぱり、まだまだ、人が少ないボナンパックだから、登らせてくれるけど、他のマヤ遺跡のように人が多く行くようになったら、禁止になるかも?

アクロポリスの最上階で周りの密林ジャングルを眺めながら、この地に栄えた都を壁画の絵から当時を想像してみると、静寂の中で叫ぶホエザルの声がいつか、戦いの人々の叫びや、祭りの音楽師のかき鳴らす楽器の音楽になってくる気がしてくる。

追記:ボナンパックまで行けなくっても、メキシコシティの国立人類学博物館のマヤ室の庭に造られたレプリカの壁画を是非見てください。

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