エル タヒン遺跡


世界遺産の遺跡である。
世界遺産に値する遺跡であり、遺跡に興味がある人は、行って損はない。

メキシコにある沢山の遺跡が、それぞれメソアメリカ文明という共通の文化であると同時に、そのそれぞれが独特の特徴を持つ別の文化の名で言われるように
それぞれ違うのが興味深く面白い。

エル タヒン遺跡は、トトナカ文明と呼ばれる。
その最も代表的ピラミッドは、壁がんのピラミッドである。

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写真の説明:壁がんのピラミッド正面

それは、壁がんと呼ばれる窪みがピラミッドの全面に365個、つまり太陽暦の1年の日数分ある。

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写真の説明:壁がんのピラミッド後方より

今はもちろん色は消えてしまっているが、当時は他の多くの都同様に都の建造物が全て彩色されていたという。
ほとんどは赤で塗られていたが、部分部分によっては黒、黄色、青などで塗られていたらしい。
多分それはその壁がんや幾何学模様の凹みと凸みの部分の変化に太陽光線が、光と陰を織り成す様は、きっと美しい見物であったと想像できる。

日の数ある壁がんの意味、役割はいったいなんだったのだろうか?
素人考えでは、それぞれの日の神があってその偶像でも置かれていた?なんって想像してしまう。

壁がんのピラミッドだけでなく、エル タヒンの建造物は石のモザイクで作られた幾何学模様、雷文など大変変化に富んだもので、建築物の芸術性を感じる。
なかなか美しい遺跡である。

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写真の説明:アロヨ グループの広場の一つのピラミッド。広場は宗教儀式の場所であり市場の行われた場所でもあったと。

それと、エル タヒン遺跡は、その球技場が沢山ある(17個)という事で、いかに球技を重要視したかを感じる。
そして、球技に関連するトトナカ文化独特のユーゴやパルマ、斧などの石の彫刻物が沢山出土している。

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写真の説明:建造物5にあるタヒンの神と言われる彫刻

特に南の球技場はその6つの浮き彫り彫刻の絵で球技の儀式の様子や彼らの宗教感を窺い知れる。

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写真の説明:南の競技場にある6つの絵の一つ。

今発掘されている地区は当時の都の3分の1ほどと、この都も当時壮大な都であったであろう。

中心部の宗教センターの地区からエリートの住居地区であったタヒン チコの小高い丘へと登ってゆく。

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写真の説明:高い位置のタヒン チコからの眺め。球技場の一つも見える。

エリートの神官の住居は、何故か、ここにだけある唯一のマヤアーチの入り口。何故ここだけに遠いマヤ方式の入り口があるのか?
マヤとの関係は?
また模様になっている偽装の階段。それは壁がんのピラミッドを模した形。

また、大きな柵の意味を持つグラン シカルコリウキはそれだけで1ヘクタール。エル タヒン最大の建造物である。
その壁が雷文になって続いているだけでなくその建造物の壁が渦巻き型に続いている。この建造物はいったいどのような目的のものだったのか?

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写真の説明:グラン シカルコリウキの建造物

遺跡は想像の世界をいつも広げる。
まだまだ知られない過去をどうだったんだろう?何故?どうして?と。

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写真の説明:博物館にある円柱の柱。最も高い場所の柱の建造物から発掘された柱。13のウサギという重要人物が描かれている。

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