アカプルコ


メキシコの最も昔からのリゾート アカプルコ。
カンクンがリゾート化される以前は、外国からの観光の方もほとんどがアカプルコのリゾートへというのが定番だった。
世界のリゾート アカプルコであった。

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写真の説明:アカプルコ湾が見える。リゾートのホテルが海岸側に並ぶ。

カンクン、ロス・カボスなど他のリゾート開発がなされ、外国のお客様をそちらへ取られてしまった感はなきにしもあらずだが、
アカプルコは、太平洋側の最も昔から(1531年開港)の港町でもある。
歴史あるリゾート、港町アカプルコである。
世界からのクルーズ船がアカプルコの港へ寄航する。日本のクルーズ船もアカプルコに寄航する。

世界のリゾートの名はカンクンに譲ってしまった感はあるが、歴史ある、また日本とも縁の深いアカプルコである。

去年2009年は日本メキシコ交流400周年記念で色々イベントも行われた。

1609年、マニラとアカプルコの間を就航していたガリレオ船の難破で、御宿(千葉県)の人々に助けられたフイリッピン代理総監のロドリーゴ・デ・ビベロや船の乗組員を、
徳川家康は船を作って、ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)に送り帰してくれた。
そのとき、何人かの日本人もメキシコに渡航したようである。

だが、歴史的に公式にメキシコを最初に訪れた日本人は、慶長遣欧使節 支倉常長ローマ使節団の一行であった。
そしてもちろん彼らは当時のメキシコの太平洋側の港町アカプルコの町に、メキシコに、日本人として最初に降り立ったのである。1614年の事である。

そんな訳で、仙台市そして御宿の町とアカプルコは姉妹都市である。

アカプルコの町に仙台市から贈られたサムライの名で呼ばれている支倉常長の銅像が立っている。

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写真の説明:オルモスビーチの日本プラザに立つ支倉常長像

アカプルコがリゾート開発されたのは、メキシコでも最も早く、80年以上の歴史を持つリゾート地である。

そして、その観光地としてのアカプルコの一大ショーはその名も「死のダイビングショー」と言われる40mの絶壁断崖からのダイビングショーである。
これは、もしアカプルコに来る事があったら、絶対見るべきものである。なかなかインパクトあるショーである。

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写真の説明:ダイビングショーの様子。よくよく見てください。飛んでる人がいる!でしょう。

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