ミトラ遺跡とミステカ族の芸術とオアハカ州立博物館


オアハカ州で、モンテ・アルバンと並んで重要な遺跡で、やはりオアハカツアーでは、必ず入っているミトラ遺跡。
この遺跡の特徴はなんと言っても切石のモザイク模様の建造物の壁。
いくつかの中庭を囲む部屋のある建造物の外内部の至る所の面がこの石切モザイク模様で覆われている。
実に、細かく、繊細に一つ一つの石を切りそれを組み、色んな種類の幾何学的美しい模様を作り上げている。
その石切モザイクの模様は昔は色づけされていて、今以上に綺麗なものだったのだろう。
このモザイクの壁を持つ部屋は、メソアメリカ文明の中でも最も装飾の素晴らしい豪華な部屋であったと言えるだろう。

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この模様を見たら、何か美術的な事を考えている人は、真似してみようと思うに違いない。
偉い近代の建築家も真似たとか?

ミトラ遺跡やヤグール遺跡の後方の山の洞窟は、紀元前1万年も昔に、農耕を始めた人々が住み始めた痕跡があるというので、2010年の世界遺産に、指定されたように、この地は、モンテ・アルバン遺跡と同様に、最も古い時代、紀元前500年頃には、サポテカ族の都として、栄え始めたというところである。
サポテカの都は、後に、ミステカ族によって侵略され、今残っている遺跡の建造物はそのミステカの都のものである。
だが、そこを、16世紀スペインの侵略で、そのミステカの美しいモザイク模様の壁を利用して、スペイン人たちは、教会を建てた。

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ミステカ族は、モンテ・アルバムなどにも進入したけれど、そこの都のサポテカ王のお墓を利用して、そこに彼らの王を埋めた、サポテカ族の都、モンテ・アルバンを彼らの王のお墓としただけだから、モンテ・アルバン遺跡は、サポテカ族の都と言えるが、ミトラ遺跡はミステカ族の都と言える。

それにしても、ミステカ族のその芸術的工芸の素晴らしさは、その都のモザイク模様の壁だけではない。
ミステカ王の墓、モンテ・アルバン遺跡の7号墳墓が発見された。
その墳墓の発見は、マヤのパレンケ遺跡のパカル王の墓の発見と並ぶ大センセーションの発掘であったと言える。
その墓の奉納品の財宝は、メキシコ考古学史上最高のものであった。
そして、いかにミステカ族がその芸術的工芸に秀でていた部族であったかを知らしめる。
金銀の鋳造、彫工、細工の素晴らしい技術力。
またその美しいモザイク模様などは陶器にも遺憾なく発揮されメキシコでも最も美しい陶器を作り出した。
その細かな芸術性は、骨細工、石などの細工などにも発揮されている。
ミステカ王の装飾品、墓の奉納品の数々の素晴らしいさ、はやり一見すべき。

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オアハカシティのサント・ドミンゴ派修道院跡の建物を使ったオアハカ州立博物館も、足を運こぶべきところ。
7号墳墓の発掘物のほとんどがこの博物館に展示されている。

サント・ドミンゴ派の修道院跡とその教会自体も、大変興味深い建物で、スペイン植民地時代史、カトリックの布教、建物、その装飾などなどの観点からも、オアハカ旅行で必見の場所と言えるあろう。
お見逃しなく!

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写真の説明:サント・ドミンゴ教会正面

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写真の説明:サント・ドミンゴ教会内部天井の装飾

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写真の説明:サント・ドミンゴ修道院跡(現在博物館)の内部の中庭

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