ラバの日


何故か?ラバの日。ロバでも馬でもなくって。

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写真の説明 :この日、教会の前で、トウモロコシの皮で作ったラバ人形が売られている。

それは、キリスト教においての復活祭から60日の木曜日、聖体の祝日の日を、メキシコの人々はラバの日と言う。

16世紀、植民地となったメキシコの先住民に征服者はカトリックへの改宗を強制した。
カトリック教会の行う祭りに、先住民のインディヘナの人々も、ラバやロバなどに荷を乗せて、教会の前で開かれる市にやってきた。

いつ頃からか?
メキシコの人々は、自分たちの祖先である先住民の民族衣装は、普段は着なくなったけれど、この日、子供たちにインディヘナの民族衣装を着せて、
市のために農産物や物を入れて運んできた箱や、プルケのお酒を入れた袋や、籠などを子供にも持たせて、教会へミサにやって来て、神の祝福を願う。

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言ってみれば、日本での七五三みたいなものかも?

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でも、教会の祭りとしては、キリストの聖体と聖血を祝う祭りである、
つまり、生贄のキリストの肉と血をいただくって事?なんだ、キリスト教って、アステカの宗教と同じじゃん?!

メキシコシティーのような都会でも、中心地より離れた地区ほど、伝統的祭りに熱心なのかもしれない。
都会より田舎の方が祭りに熱心であるようだ。
それは村的なというか、教会を中心にした隣近所の連結の伝統を今に伝えているのかもしれない。

たまたま、メキシコシティーのはずれのまだサボテン栽培の農耕で、経済が成り立つミルパ アルタ地区の祭りに出くわした。
この日には、この地区のカテドラルに、この地区のすべての教会の聖母、聖人、キリスト像などが集合して、ミサが行われ
ミサが終わった後、それぞれの教会区の人々が、自分たちの区の聖母や聖人やキリスト像を新しい衣装で飾り花で飾り、
神輿で、地区の人々がみんなで担いで、町を練り歩き、その後は、また、自分の教会へ戻ってゆく。

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教会から次々と自分たちの神輿を担いで出てくる行列が、延々と続いて、このミルパ アルタ地区にいったい、
幾つの教会があるんだろう?と思わされた。

何故ラバなのか?
これは、私的に解釈すると、多分?メキシコでは、馬は、ロバやラバより高級で、先住民の人は持てなかっただろうし、
メキシコの感覚では、馬は人が乗るもので、荷物運びなどの労働には使わない。
ロバと馬の合いの子のラバは馬より安いけど、ロバより荷物運びの労働に適していて、結構先住民に使われたのか?

兎に角、この日をキリスト教の聖体の祝いの何とかという厳かな名前で言わずに、メキシコの人は、「ラバの日」と親しみを込めて呼ぶ。

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