パレンケ遺跡


数あるマヤ遺跡の中でも私が最も美しいと思う遺跡パレンケ
チャパスの緑の密林の中で、昔の都の栄華のほんの一部の姿をそこを訪ねる人々に見せてくれている。
発掘され姿を表しているのは、もちろん、その最も繁栄期のもっとも重要な都の建造物である。
だが、その建造物の周りの密林の中には、長い時間と密林の木々で崩壊し、瓦礫と化している
未発掘の都の建造物が埋まっている。

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写真の説明 :十字の神殿より、碑銘の神殿、宮殿を望む

パレンケは1952年、碑銘の神殿のピラミッドの下からパカル王の墓が発見され、世界をあっ!言わせた。
その素晴らしい彫刻を施した一枚岩の石棺、その蓋、王を飾っていたヒスイの仮面やヒスイの装飾品の数々。

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写真の説明 :碑銘の神殿のピラミッド。その隣の小さい神殿ピラミッドは13号神殿で、赤い女王の墓が見つかった建造物

そして、碑銘の神殿やその他の神殿に描かれた沢山のマヤ象形文字の解読が進み、パカルの生涯をはじめ
パレンケの都の歴史も、だんだん分かりつつある。
603年に生まれ683年に死んだというパカル王であるが、謎も多い。

パカルのお墓は、これ以上の風化を防ぐために、完全に密閉されてしまった。
だが、その実物大のレプリカがメキシコシティの国立人類学博物館にある、

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写真の説明 :メキシコシティーの人類学博物館 マヤ室のレプリカのパカル王の石棺

また近年オープンしたパレンケ遺跡の博物館にもレプリカがある。
パカル王の面を覆っていたヒスイの面は、過去に博物館から盗難されたという事件にもあっているが、
また、ばらばらになっていたヒスイの石のピースを組み立てなおして修復した訳で、前に修復した形は
あとの研究の結果では、間違って修復したらしいというので、修復し直した。
そんな経緯のあるヒスイの仮面であるが、やはり国立人類学博物館で見られる。

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写真の説明 :メキシコシティーの人類学博物館 パカル王のヒスイの面とヒスイの装飾品

宮殿や神殿ピラミッドの漆喰の壁の彫刻などの多くは落ちてしまっているが、高い屋根飾りなどが付いた神殿が
オリジナルで美しく残っている。

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写真の説明 :宮殿の柱の漆喰の絵のひとつ、比較的よく残り、人物像の姿が分かる。

この美しい都の建造物群をじっくり見学するといい、ピラミッドも碑銘の神殿以外は上の神殿まで登れる。
神殿の部屋には、象形文字と絵が描かれた石版を見る事ができる。

時間の余裕があったら、遺跡の中心部から、オトムル川の流れに沿っての遊歩道を通って博物館まで行く事をお勧めしたい。

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写真の説明 :パレンケの都の水の供給源であったオトムル川、遊歩道を下って博物館まで行く。

所々に発掘された住居跡などの建造物もみれるし、チャパスの密林の散歩もまた楽しい。
そして、博物館も是非覗いてみたい。そこには、発掘で見つかった貴重な石彫などをみる事ができる。

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写真の説明 :博物館の展示品 19号神殿から見つかった石彫。赤い色までよく残っている。
19号神殿は中心部の後方にあるあまり人がいかない地区にある建造物。

遺跡好きだったら、是非行って欲しい遺跡パレンケである。
当時80歳という高齢まで生きたという、背の低いマヤ人という常識を破った感じで背の高い人物だったというパカル王。
まだまだ、謎を秘めたパレンケ遺跡であろう。

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