汗と香水


メキシコも結構暑い日が続いております。 メキシコシティは、暑さ寒さが程よくって、一般家庭でもオフィスでも冷暖房がありません。 太陽がサンサン当たる屋外は、暑くっても、室内や日陰にはいると暑くなく過ごしやすいのです。 ところが地下鉄はすごい!暑い!暑い! 列車に冷房がないのか?と言われそうだが、ないのだ! メキシコシティの常識というのは、今まで、室内は涼しいはずなのだ。冷房なんっていらないのが常識なのだ。

まあ、世界の温暖化にメキシコも遅れを取っていないようで、最近特に地下鉄内の気温はその乗客数に加算してか?上昇、上昇らしい。 扇風機ならぬ、空気循環装置なるものが回ってはいるが、地下鉄に乗ると、この乾燥したメキシコシティで汗がタラタラである。

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メキシコに住んで、今までハンカチの必要性をあまり感じなかった。 その理由1.汗をかかない。      2.トイレには何処でも紙手ふきがある。

だが、最近ハンカチを持ち歩くようにしている。汗がタラタラでる時があるのだ!

先日のニュースによると、もっとも乗降者の多い地下鉄駅の一つイダルゴ駅構内の気温が50度になったと。 で、最近この駅へ行ったら、構内に大型扇風機がいくつも取り付けてあり、それが湯気を上げてる感じ。 単なる扇風機だと、だいたい30度以上もの高温になったら、暑い空気をぐるぐる回していいるに過ぎない装置となるのだ。 そこで、この大型扇風機は、どのようになのか知らないが、水が噴射するようになっているらしい。それで湯気を上げているふうであったのだ。 近づいてみると、確かに涼しい。

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それにしても、冷房のない地下鉄駅で大型扇風機が湯気を立てるとは!

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写真の説明:暑い日、地下鉄駅構内で、水サービス

人が多くいる所は人の体臭というのも臭覚の鋭い人は特に気になるものだと思う。 一般的に日本人など黄色人種は体臭が強くないと言われている。 香水というのは、西洋人など体臭が強い人がその体臭を調和して嫌な臭いから人に快い香りを出す用途で使われるというものだったろう。 体臭の大元は汗か? 大衆の中で汗臭いはやっぱり臭いだ。

まあ、それは兎も角、昔人の私なんぞの世代では、香水なぞ、使うという習慣はなかった。 だが、今は日本の人も結構おしゃれで、またアロマテラピーでも香水使うようになったようだ。 快い香りは確かに快い。

メキシコの人はよく使う。 時には、狭いところで、ぷんぷん鼻につく香水に出っくわす事もあり、しかも、自分好みの匂いでなかったりすると止めて!と叫びたい気分になったりもあるが。 香水は快い微かな香りがよろしい。と思うが。

メキシコ人の人へのプレゼントへのナンバー1、ナンバー2くらいに香水のプレゼントも多い。 で、デパートにはもちろん香水コーナーがあるし、メキシコシティのセントロ ダウンタウンには、香水専門店がずらりと軒を並べている通りがある。 そこでは、自分好みの香水を探して、そして、自分好みの容器に入れてもらって、自分の香水を買うのである。

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香水好きな人、メキシコで香水買ってみる?シャネルだけが香水ではないし。

玄武岩の大岩の景観と先スペイン期の彫刻


黒曜石の鉱山を訪ねた記事を書いたが、黒曜石は火山岩であるが、また玄武岩も火山岩である。

メキシコの大地は一般的になんとなく荒野の感が多いにあるが、その荒野なる理由はいったい何か?
石、岩の大地、雨が少ないなどの理由が考えられるか?

前回の記事のツバメの地下室の大穴、大洞窟は石灰岩大地の産物。
石灰岩は、海の産物らしい(?)

メキシコの大地は石灰岩や火山の産物の岩石から出来てるようだ。(私見)

火山の産物 玄武岩
その火山の成り行きによって、その玄武岩がきれいな角柱になっているというのがプリスマ・デル・バサルティコス(玄武岩のプリズム)
※前の記事 「山へのルートと魅惑の町その1」

メキシコシティ近郊にもう一つプリスマ・デル・バサルティコスがある。
前の記事で書いたイダルゴ州のものほど有名でなく、まったく観光の人がいないというのが、私にとって魅惑の地であったが。。。
なんせ、こちらは入場料というものも払う必要のない荒野の野っぱらというもの。
それはメキシコシティから北西、メキシコ州のアクルコの田舎町の郊外のラ・コンセプショーンの滝である。

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こちらの玄武岩の柱は、イダルゴ州のプリスマ・デル・バサルティコスほど角柱が揃っていないが、大きさがもっと大きく、その広さも広大である。
高さは30mほどで、雨季の雨の多い時期には素晴らしい滝をつくるようだ。私達の行ったのはまだ、水量の少ない時期だったが。
また垂直の岩は、ラペル愛好家の絶好の場所らしい。

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野ぱっらに流れる小さな水の流れに放牧の牛が水を飲みにやってきている。

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その小さな水の流れが、ずとーんと玄武岩の大地が裂けて落ちたその垂直の岩に滝となって落ちて行く。

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その裂けてできた玄武岩の谷をみると、野原の大地は大きな大きな玄武岩から出来ているのを想像できる。

そのラ・コンセプショーンの滝の最寄の田舎町、アクルコでは、この玄武岩を使って、一枚岩の彫刻を作るらしい。

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昔の先スペイン期の文化は石の文化であるとも言える。
石の造形、特に神や記念碑、彼らのイデオロジーを石に刻むという。
その材料として玄武岩が使われている。

国立人類学博物館の貴重な展示物の大一枚岩の彫刻は玄武岩のものがほとんどのようだ。

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トラロック像 雨の神、168tの一枚岩。(ティオティワカン文明)

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チャルチルティクエ女神像 大地の水の神(ティオティワカン文明)

アステカの太陽のカレンダー、25t。(アステカ文明)

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ティソック王の戦勝記念碑の円形彫刻(アステカ文明)

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コアトリクエ女神像 神々の母なる神 大地母神 生と死の神(アステカ文明)

コヨルシャウキ女神の円形石彫 月の神(アステカ文明 大神殿博物館蔵)
etc.etc.

そして、2006年にメキシコシティソカロ広場のアステカ大神殿遺跡博物館の前で発見され、今月間もなく公開されるというトゥラテクトリィ(Tlaltecuhtli)女神 大地の神の石彫。
この石彫の公開は楽しみだ。

それら大きな石彫の重さは、トラロックの168tは桁はずれの大きさ重さとしても、ほとんどの物が数十トンというもの。
トラロック像は未完成で、実際には当時の都ティオティワカンに運ばれていないが、運ぶつもりであっただろう事は当然予想される。
当時人力しか運搬方法がなかった時代、あの大きな一枚岩をどのように運んだものか?
数百人もの人がエンコラエンコラ掛け声かけて押して引っ張って、玄武岩の産地から遠路都まで運んだのか?

国立人類学博物館の前にあるトラロック像は、その像が発見された場所メキシコ州のクアトリンチャンから、博物館が作られた年(1964年)、大きなトラクターでやっとの思いをして運んだそうだが。
そして、その日、雨の神、雷の神トラロックが悲しんだのか?怒ったのか?乾季なのに、雨が降り雷が鳴ったそうだ。

サン・ルイス・ポトシー州への旅 その2 ソタノ・デ・ラス・ゴロンドリーナス


ツバメの巣は、我が家の軒先で、毎年渡り鳥のツバメがやってきて巣を作り雛を育てていた。ってあったよね。

ところがここは、ツバメのお宿は深さ512mの大穴 ツバメの地下室(Sótano de las golondrinas)。
うちのダンナが言いました。「エンパイア・ステート・ビルの高さより深いんだぜ!」

これは、大地にぽっかりと自然が空けた大穴である。
そこにツバメの一種であるvencejoやインコが巣を作って住んでいる。
その鳥達が朝には、一斉に飛び立ち、また夕方に巣に戻ってくる。
このツバメが儀式でもしているかのようにいくつもの集団になって、何回も穴を旋回して、そして穴から飛び立ってゆく。
その様子は、何千羽という鳥の群れも驚きだが、なかなかの光景である。

アキスモンの町から行ける大穴は2つある。
ソタノ・デ・ラス・ゴロンドリーナスの他にもう一つ。
深さはソタノ・デ・ラス・ゴロンドリーナスほどではないが、ここは主にインコが住む穴というものでその名もSótano de las guaguas。
グアグアって鳥の鳴き声からきてるんじゃあない?スペイン語でインコの事をguacamayoって言うんだけど。

滝を見た後、午後、そのguaguasの大穴を見に、同じタクシーで行く事になった。
村の子供が案内してくれた。彼らの大事な仕事なのだ。

密林の中の細道を登ったりして穴までゆくのだが、夜行バスでよく眠れていないから、結構これがシンドイ。

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写真の説明:この辺は結構な熱帯雨林の密林である。

インコが巣に戻ってくるのを待つ事、待つ事。

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写真の説明:ソタノ デ グアグアス 直径約60m 深さ 二段で202m+153m

タクシーの運ちゃん、インコの帰宅時間知らなかったと違うか?
今月から夏時間になって、1時間の時差を間違えたって?
そろそろ早帰りのインコ達が帰ってきたようだ。でも、人も結構いっぱいやってきた。

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待ちつかれた我々は、大挙してインコが帰ってくるか?まで待たずに、明日の早朝のツバメに期待して引き上げる事にした。

翌朝、6時出発。
広場で、その車を見るなり、うちのダンナ「大丈夫かいな?車選べないのか?」
順番らしいから、仕方ない。だが、うちのダンナの予想は見事当たって、我々は散々な目に合うのだが。

まだ暗い中、車はそれでも坂道を登ってゆく。
車の運ちゃん、他の話がないのか?自分の話。今の嫁さん、3度目で、娘がいるが、娘と同じ年とか。

まあ、途中までは順調だったが、友達が、寒いから窓を閉めて!っと言った。
前に座っていたうちのダンナが窓を閉めようとしても閉まらない。
そこで、運ちゃんが、窓を閉めるために車を止めた。
降りて窓を閉めてくれたが、さて、エンジンをかけようとしてもかからない。
ボンネットを開けて、あーだこーだ。

皮肉屋のダンナ、「嫁さん新しいのに変えるより、車新しいのに変えたほうがいいよな」
友達「これって、多分60年代の車だよ、きれいにしていたら、博物館だよ」

あー、それにしても、田舎だから、この車でも観光の仕事できるんだ。
これが、お客さん連れてる時だったら、どエライこちゃあ。

何回かはそれでもエンジンかかって、しばらく動いては、また止まって、また、「あーだこーだ、少し前にあそこの部品かえたのに!」
また少し行っては止まって、そしてついに運ちゃんも諦めて。

「あと6キロほどだ。この先に知り合いの家があるからそこで案内頼むから。」
「えー!ティオティワカンの死者の道、2往復すると同じじゃん、その上、登りだし。。。。。、それにツバメさっさと飛んで行っちゃうよ」
「まだまだ、飛んでいかない。大丈夫だ。」

6キロの道を歩くほどの時間の余裕があるのだったら、何故6時なんって時間指定するんだ!
車、故障するの見込んでの時間指定か?と言いたくもなちゃう!

ここまで、来たのに、ここで、見られなかったら、泣くにも無念だから、こうなりゃ歩くしかない。

途中で、知り合いとかの家に声をかけたら、そこのご主人は留守で、8歳の女の子が案内してくれると。
登り道をフーフー。ツバメよ!まだ出るなよ!と祈る気持ちで歩く。
女の子に「まだ?」
女の子「まだ!」

やっと看板のある入り口

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写真の説明:入り口に到着した時、ちょうど夜が明けた。

そこの人「大丈夫だよ。間に合うよ。今卵温めてる時期だから遅く出るよ」
そこから、まだ、今度は車の入らないジャングルの細道を1キロくらい下っていく。
女の子はその途中にあった知り合いの家の庭に履いていたビニールのサンダルをぬいて、放り投げ、裸足で岩場の道を先頭立って歩いてゆく。

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写真の説明:案内してくれた女の子。5人兄弟の4番目とか。

ふう!着いた!念願の大穴。
結構な人が穴の周りで、ツバメのお出かけを待っています。

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命綱をつけてくれて、穴の淵で見れるという商売をしている人もいた。
結構平気という娘もそのサービスしてもらったけど、すぐ怖くって、もう、いいわとやめた。
わたしなんか、もう、穴の淵のずーと後ろで底なんて覗けません。
ツバメさんたちは、上まで飛んでくるんだから、いいや。

しばらくして、ツバメのお出かけが始まった。
集団で、ぐるぐる穴を旋回して、だんだん上へ、そして、そのまま、空の彼方へ一斉に飛んで行く。

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それが何集団も繰り返される。
その間で、インコが時々ノタノタ飛んだりする。サーと飛ぶツバメに比べるとほんとにインコがのろまに見える。

何故か、規則でもあるのか?いつも、どの集団も回転する方向は同じ。
だが、私はよそ見していて見逃してしまったが、一度、鷹なにかにツバメが狙われて、とたんにツバメが急に一斉に逆回転しだしたと。
ツバメの各集団にリーダーがいて号令かけてるのかな?

今の時期は子育ての時期だから、出かけるツバメの数が少ないとの事。
もう一度、ツバメがみんな出かける時期に見に来ようかな?
次回はもっとましな車を頼んで。
それと、今回、いい写真が撮れなかった。次回はもっとましな写真も撮りたいなあ。

黒曜石の鉱山を訪ねて


紀元前2~3世紀から始まったテイオティワカンの都が何故20万もの人口を抱える絶大な都となり発展したか? その理由は、テイオティワカンの支配者達が、黒曜石の産地を手中に収めその交易網をコントロールした事とされる。

メキシコの文明、メソアメリカ文明は確かに天文学などにおいて優れたものであったが、鉄器を知らない石器時代文明であった。 石器時代というと、黒曜石のやじりを思い出すだろう。 武器として道具として大変有用なものであったのが、石器時代においては、なんといっても黒曜石であったのだ。 黒曜石のナイフは、鉄器以上に刃物として優れているとか?実によく切れる!

テイオティワカン遺跡では多くの黒曜石の手工場跡が見つかっているそうだが、テイオティワカンの黒曜石が当時遠路はるばる他地域にまで渡って行った。 遠いマヤ、今のグアテマラでもティオティワカンの黒曜石が見つかっている。 しかもそれは、エリートの住居跡から。当時ティオティワカンの黒曜石は全メソアメリカ文明地区で大変重要視されたらしい。

そのティオティワカンの黒曜石の産地は何処であったのか? それは、今のイダルゴ州のパチュッカである。 当時の黒曜石の産地は、今はメキシコの民芸品として売られている黒曜石の飾り物置物の材料としての黒曜石の産地で、鉱山で石が採掘されている。

ティオティワカンの遺跡で観光客に自分で作った黒曜石の置物などの商品を売っている知り合いが、鉱山に案内してくれるというので家族で出かけた。

彼と、ティオティワカンの遺跡で合流し、そこから車で約1時間、サボテンの畑やリュウゼツランの畑が続く道を走り、鉱山のあるその名もノパリージョ(小さな団扇サボテン)の村へ。

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そこの鉱山で採掘している家を訪ね、売っている黒曜石の原石を見せてもらった。 黒曜石の民芸品の材料としてカテゴリーがあり、この鉱山で産出する黒曜石では、金色に輝くものが最も高価という。 別の産地のものでは特に虹色に緑や紫や青などの色がでる物が最も高いものだそうだが。

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うちの人は、早速、金色黒曜石の7キロの塊を買った。キロ25ペソと。 「え~、そんなのどうするのよ!民芸品製作者じゃあないんだから。」 「コレクション!」 知り合いの民芸品製作者の彼も買った。

その家で、プルケ(リュウゼツランのお酒)をご馳走になった。結構いける。 もう、都会で売っているプルケは駄目けど、田舎のプルケは美味い!とはうちのダンナの弁。

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この家の人の持っている鉱山を見せてもらうつもりだったようだが、彼は今日の日曜日は、息子のサッカーの試合だから駄目だと。 この家の鉱山は坑道が斜めに下へ下って行くもので、坑道の中に入るのが、まだ容易との事らしかった。

メキシコの人に物を頼むのに、その日サッカーがあるとなるとまあ、無理と言うもの。

別の採掘家族を訪ねる。 ただし、ここの坑道は、上から縦に綱で降りて入るというもので、その深さ35Mと。素人にはなかなか難しそう。 そこのご主人、私をみて、「入るの?」 私、「大丈夫!大丈夫!月のピラミッドより低いでしょう。」 娘「行こう!行こう!」 ご主人の息子「僕も手助けしてやるよ。」 サッカーの試合に行くという息子さんも一緒に行ってくれるというので、全員同意で行く事に。

だがだが、やっぱり。。。。。 それは、幅1Mくらいの穴が下に続いている。底は見えない。そこを瘤を作った命綱で足を壁にかけ、一歩一歩下りて行くと言うもの。

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写真の説明:私も一段目までトライしたんだけど。。。

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うちのダンナ「こりゃあ駄目だよ。止めよう。ヘルメットもしてないし、この綱、切れそうだよ!」 ご主人とその息子さん「綱は大丈夫だ。」 結局、一番身軽な娘は「私、行ってみるよ」 私も行きたかったけど、断念。娘の彼とダンナも断念。

ご主人「慣れれば、まったく大丈夫なんだけど。」

そう言えば、月ピラミッドの急な階段下りる時、時々お客さんに「怖いですねえ」と言われて、 「慣れれば、それほど怖くないと思うようになるでしょうけど。。。」な~んて、私も言ってたけ。

それにしても、採掘する人、行きはよいよいでも帰りは重い石を背負って登ってくるんだよね。 それって、すごく大変だよねえ。

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写真の説明:娘が見た黒曜石の鉱脈

この黒曜石の採掘の方法って、2000年以上も前のティオティワカンの人がやっていたそのままの方法って事らしい。 近くにその昔の人が採掘した穴の跡や、その使えない屑の黒曜石が山になっていた。 それにしても、この山がそのまま黒曜石の山で、その採掘の黒曜石の屑が、一面にあっちこっとに広がってる。 それで、ついついタダの黒曜石拾ちゃった。

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ご主人にこの屑の黒曜石は、何かに利用しないのか?って聞いたら、たまに、建築の飾りに買う人があるそうだ。 キロ3ペソとの事。 ごめん!ついついタダで拾ちゃった。

グラフィティを汚い落書きにしないために!


メキシコシティの特にポピュラー・ゾーンと言われる庶民街のあらゆる壁と言う壁に落書き!が横行している。
個人の家や商店の壁など、もちろん許可を得て描かれている訳ではない。
汚いただの落書き。意味のないただの落書き。

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ほんのたまには、おっ!と思うような絵もあったりするが。
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写真の説明:この絵はそれなりの社会批判的考えを主張した絵

知り合いなども憤慨していた。
汚い落書きが書かれているので、壁をきれいに塗り替えたら、すぐに、また汚い落書きをされた。
まったく、いたちごっこだ!
それで、ほとんどの人は諦めて、汚い落書きを放置。
で、汚い落書きだらけの汚い町というイメージ。

最近は、そのペンキを塗れば、その上に落書きされても、さっと消せるペンキがあるとか?高いらしいけど。

兎に角、このグラフィティ・ペインターというと芸術家ぽい言い方だけど、彼らの人の迷惑を考えない、道徳のなさには幻滅。

そこで、少しでも彼らに芸術家として自意識を持ってもらおうというのか?
毎年、メキシコ最大のサッカー球技場、アステカ球場の壁に、ペンキ会社(あらゆる意味で儲けているのだがから当然!)が後援で、グラフィティ大会が催される。
部門ごとの優勝者に、1等15000ペソ 2等10000ペソetcの賞が与えられる。

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毎年、その後、優勝者など才能あるグラフィテイ・ペインターは仕事にもありつけていると。
良い事ですね。
若者の心のうっぷんが落書きでなく芸術に育つ!そんなチャンスを与える事。

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うちのダンナの言うに、「うちの家の壁にも、グラフィティ・ペインターに素敵な絵を描いてもらおうか?」
壁画の国のメキシコ人、真っ赤や真っ黄色や真っ青や真っ紫や、真っピンクに家の壁を塗るメキシコ人の感覚には、いくらメキシコに長い私でもまだ付いていけません。
やっぱり、やめるよ、ダンナの提案。

水道料値上げとメキシコシティ唯一の川


昔は大きな湖であったアナワック盆地、今は大都会メキシコシティ。
湖も川も消え、2000万の大都会と言われるメキシコの首都メキシコシティは、豊かにあったであろう水も消え、人口も増え、水不足という大問題に向き合う。

水の豊かな日本では、あまり考えないかもしれないが、何はなくとも生きるもの全てにとって、水は絶対必要だ。
メキシコシティの水不足は、人々に水道料値上げという形で、自覚を強いている。

ある人が最近きた水道料の請求書に悲鳴をあげた。
今まで、2ヶ月分の水道料が100ペソちょっとだったのが、10倍の請求書が来たというのだ。
「俺絶対に払わねえぞ!」と息巻いていたそうだが。
電気代、電話代は支払いを滞ると、電気を切られたり、電話を不通にされるのだが、水道は今のところは、止められたという話は聞かない。

私の住む地区は、幸いメキシコシティに唯一残った川、マグダレナ川があり、その上流の水を水道の水としているようで、断水になった事は今のところない。
だが、メキシコシティのあっちこっちで、万年の水不足、しばしばの断水に悩まされている地区も多い。
あるレストラン、ホテルでは、沢山の水が当然必要で、定期的に給水車に、給水してもらわなければ営業できないと。

メキシコに来た人は気づいたと思うが、メキシコでは公衆トイレなどで、トイレットパーパーはトイレに流さないというのが常識だ。
水洗トイレなる文明社会の賜物も、水を多量に必要とするのだ。
トイレットペーパーまで、トイレに流す水の余裕はないのである。紙まで流すと、トイレがすぐ詰まるのだ

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写真の説明:ある遺跡のトイレの中にあった注意書き「ウフゥ!紙があってよかった!で、紙はゴミ箱へ捨ててね。」

私はメキシコシティの南西のはずれに住んでいる。
ディナモ(発電という意味)いうエコロジー森林公園が近くにある場所である。
知り合いに「遠くって大変だねえ、寒いでしょう」とよく言われる場所である。
メキシコシティの平地が標高2230mであるが、私の住む地区は標高が、もっと高い。2370mくらい。
でも平地が暑い暑いの頃はいいよ!避暑地みたいなもんだ。

このディナモの山を水源にする川がマグダレナ川である。
ディナモというのは、その名のとおり川の水を利用して発電をしたというものだそうだ。
今も川は生きているものの、昔のように、発電をするほど水が豊かでなくなったのだろうか。

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写真の説明:マグダレナ川

マグダレナ川も森林公園を流れる間はきれいな水が流れてゆくが、その下流は人々の悪癖のせいで、ゴミで汚染された川となる。情けない。

ディナモの森林公園は、週末には自然を求めてやって来る人でいっぱいである。

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ディナモは広く、森林公園も第1、2、3、4、地区とある。
下方の1、2あたりまでは人でいっぱいであるが、上の4地区あたりは、ほとんど人もいないで、本当に自然だけ。
メキシコシティの大都会でも、まだまだ自然が残っている!と、少しほっとする。

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ところで、我が家は、今のところ断水の憂き目にはあっていないが、水道料も値上げだし、水を大切にしなくては、、、、である。
特に家庭菜園を始めた私としては、乾季の間の菜園の水をどうするかは大きな問題。
人々が水不足で困っているのに、水道の水をじゃんじゃん菜園にかける事は気が引けるし、第一これからの水道料値上げについて行けない。
そこで、雨季の雨水を貯めるという事にした。
屋根に降る雨をタンクに貯めるのだ。二つ大きなタンクを設置した。

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今年は乾季にも2度ほど雨があり、その雨でもタンクがいっぱいになってくれたので、今のところ、水道の水を菜園に使わずにすんでいる。

それに気をよくした私は、今、雨季の間も雨水を利用する方策を立てようと考えている。
乾季の菜園用にタンクを設置したが、雨季はこれを必要としない。
雨季の間は、菜園にもほとんど毎日数時間雨が降ってくれるのだ。
今のところ、屋根に降った雨を、下のタンクに貯める方式になっているが、そのタンクの水をもう一度屋根の上のタンクにモーターで上げて、
トイレとシャワー用の水として使う方法である。

水不足問題、真剣に考えなければの時である。

ゴミ問題とエコーバック


メキシコシティは2000万都市と言われているが、人が多いところはゴミも多いわけだ。
当然ゴミ問題は大きな課題のはずだ。

日本へ里帰りした時、こりゃあ、大変だ!と思ったのがゴミの仕分け。
生ゴミか生ゴミでないゴミかの問題じゃあない。
紙、缶類、プラスティック、ガラス、ビン類、ビン類でも種類が色々、金物、生ゴミetc.etc.
行政区によって、仕分けが割りと大雑把の所もあるようだが。
それにしても、そのゴミの種類によってゴミ出し日がそれぞれ違うと。
ゴミ出し大変だ!と、ゴミはみんな一緒くたの国メキシコから行った私は、ため息が出るほどだった。

エコー時代、当然のゴミの仕分けなのだろうが。

メキシコの政府もここ何年か前から、世界に遅れをとってはいけないと生ゴミと非生ゴミを分けなさい!と奨励している。
が、結果的にあまり効果がない。
だって、ゴミ集取車が、生ゴミと非生ゴミ分けないで、みんな一緒くたにドンドン積んでけ!積んでけ!だものね。
誰も分ける訳ないよ!

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写真の説明:ゴミ集めの車。

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写真の説明:街のゴミ箱。 これって有機物のゴミって書いてあるんだけど、何でもかんでも一緒。誰も分けやしない。

政府、言う事とやる事が伴ってないんだものねえ。まったく政治家だね。有言不実行。

我が家は家庭菜園やってるから、生ゴミは大事な肥料だから、前々から生ゴミ分けてるけど。

ところで、こんなに何もかも一緒くたのゴミ、困るだろうと思うところだが、これが、メキシコ、ちゃんと仕分けされるのだ。
ゴミ、ゴミと言えども、そのゴミで、生活を立てている人というのがいるのだ。
紙やダンボール、アルミ缶、金物、布類、全て拾い分け、お金に換える。
もちろん、資源の再生である。

本当に、最近は、エコー、エコーが叫ばれているようで、エコーバックなるものも流行りだした。
メキシコのスパーなども今在庫のあるビニール袋は使うけど、これからはビニール袋はくれない、自分でエコーバックを用意しないという意向だそうだ。
まだまだ、ビニール袋に入れてくれてるけど。
実際ビニール袋は廃止と言ってるけど、何処までそうなるか?これまた疑問だが。

それで、スパーでもあの緑の大きな袋、エコーバックが売られている。
大きくって便利?!たまにカバンとして使っている人、最近は見かけるねえ。

でも、そんなバックわざわざ買わなくっても、メキシコは昔からエコーバック使ってるよ!
市場へ行く時、必ず持っていく丈夫な袋。

これって、便利だよ。
大中小いろいろ大きさもあるし、色もカラフルで色々、いくら重いもの入れても、兎に角丈夫で破けたり、取っ手が取れたりなんてしない優れもの。

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写真の説明:メルカード(市場)バック

今、市場でも、野菜ごとにビニール袋に入れてくれるけど、昔は、買う野菜をそのまま、この大袋にどんどこみんなそのまま入れてもらって買い物した。
昔の方がエコーやってたんだよ。ビニール袋になんか入れてくれないんだから。
なんせ、メキシコはトルティージャでだって、包み紙代金とられるんだから、トルティージャ包みを持ってトルティージャ買いに行くのが常識。

ところで、日本の方がよっぽど、包装過剰です。見栄えはすごくいいんだけど。
特に高級お菓子。お菓子は、最高に美味しいけど、あんなに幾重にも包まなくって良いから、もうちょっと安いと嬉しいけどねえ。
包装紙、箱、そのまた中の袋、みんなゴミになるんですよね。

バニラのふるさと


ケーキやアイスクリームなどの香料に欠かせないバニラ。
そして多分香水を多く使う外国などでは香水の香りとしても使うだろう。
だが、日本では、よほどケーキ作りに凝った人以外は、本物のバニラを香料として使いたいなどと思わないだろう。
バニラアイスクリームの好きな人は多いと思うが、あの味は、バニラなしには成り立たないのだろう。
今の時代は、多分科学エッセンスなんてのもあるのだろうと思うが。

バニラと言っても、メキシコを思い出してくれる人はあまりいないようだが、実は、バニラの原産地、ふるさとは、メキシコである。
だが残念な事に、今世界のバニラ産地は、マダガスカルなど他の国が多く輸出国として知られていて、メキシコの名はあまり現われないようだ。

バニラの元々のふるさとは、メキシコの特にベラクルス州北部のトトナカ部族の住んでいた熱帯密林地区、エル タヒンなどの古代都市が栄えた地区である。

世界遺産にもなっているエル タヒンの遺跡からもっとも近い町、パパントラの周辺が今でも、メキシコのバニラ産地である。

私は一泊の小旅行でこのパパントラの小さな田舎町に泊まった。
今回の一つの楽しみはバニラの栽培の様子を見たいと言うのがあった。
エコロジー公園と名づけたところで、バニラなどの栽培もしていてそれを見せてくれると、メキシコの旅行案内本にあったのだ。

だが、運悪く、メキシコシティを出た時は曇り日だったが、途中からシトシト雨。
この雨は旅行中、ずーと降り続いた。
メキシコ湾あたりにやってくるノルテという寒波の影響。今年3度目の乾季の雨である。

一泊して、今日こそはいい天気になるかな?と期待したが、雨は止まない。
ホテルの人に聞いたら、この雨では公園は閉まっているだろう、公園は泥で歩けないだろうしと。
それでも、もしかして見せてくれるかも?の期待で、パパントラの郊外にあるその公園とやらにタクシーで行ってみた。

広い公園と言うから、りっぱな入り口があってと想像していたが、いや、まったくメキシコの普通の農家という趣。
柵や入り口は、密林の木で作られた手作り、その奥にある家は、田舎の小さな掘っ立て小屋風。
入り口は閉まっていたが、それでも大声で呼んでみたが、誰も現われない。
残念でした!

パパントラ出身のメキシコ人の友達がいるが、前に、私がバニラ、バニラと言うものだがら、彼、実家に帰った時、つるの延びたバニラを持って来てくれた事があった。
バニラは、熱帯の密林に育つランである。そのつるは十メートル以上もどんどん伸びて行くらしい。
私としては大事にしていたつもりだったけど、我が家はメキシコシティでも山の麓にあって、寒いのだ。
熱帯密林に育つのだ、日向でなく日陰に置くようにと言われて、せっかく貰ったバニラ、寒かったのかねえ?

もともと、バニラは原生林の密林の中、つまり、木々が生い茂る中で木に絡まり大きくなって行くのだった。
今は人間が多くなってそういう密林はなくなってきているわけで栽培されるようになった訳だから、農家では、オレンジの栽培と平行して、オレンジの木に絡ませて育てるのだそうだ。

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写真の説明:この写真は、大分前の記事で伝統的民間医療のところに載せた写真であるが、バニラが木に絡まって伸びて行く様子。
今回はバニラの植物の写真がまったく撮れなかったので。

友人の話で、バニラの花は5月頃咲くそうだ。
その花は今は人口受粉をしているが、昔野生では、我が家でもよく見かけるが花の蜜を吸う鳥ハチドリという小さな鳥が、花の蜜を吸いに来て受粉してくれると言うものだった。

そして、その花が実をつける。その実の莢を乾燥させたもの。大体15センチくらい。それがのバニラのエッセンスとして使われるものである。

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写真の説明:バニラの実の莢を乾燥させたもの。この4本で20ペソだった。

バニラの栽培の様子は見られなかったが、パパントラの町の市場で、バニラやバニラのお酒、バニラ入りコーヒー(ベラクルスの産物にコーヒーもある)などを買って帰る事にした。

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写真の説明:バニラエッセンスの他バニラのお酒、バニラ入りコーヒー、バニラエッセンス、バニラで作ったアクセサリーなど売っている。

ところで、前の記事に書いたボラドーレスをメキシコシティや色んな観光地でやっている人達は、このパパントラのトトナカの人たちである。
先スペイン期時代にはいろんな場所で宗教儀式として行われていたであろうこのボラドーレスも、今はこのパパントラのトトナカの人たちだけが継承しているという事だろう。
パパントラの町の広場の一角の町の教会の庭に高いボラドーレスの柱が立っていた。

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写真の説明:教会の庭に立っている高いボラドーレスの柱。高さが教会の尖塔と同じ位だった。
雨でもちろん、ボラドーレスをやるどころではないだろうが、教会の祭り、村の行事、何かあるたびごとに、ここでボラドーレスが行われるのだろう。

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写真の説明:パパントラの町の小高い丘の上に立っているボラドーレスの彫刻

メキシコシティの博物館の前や、ティオティワカンの遺跡の前でボラドーレスをやって見せてくれる人たちも、もちろんこのパパントラの町の人たちで、ボラドーレスをして、また、彼らの町の産物、バニラも彼らは売っています。

もし、パパントラまで行かなくっても、メキシコシティなどでボラドーレスをみたら、ついでにバニラを買ってもいいでしょう。

季節はずれの雨


今はメキシコ、乾季のはずなのに。。。。
メキシコの乾季は半年間雨が降らないというのが常識なんだけど。。。
私も30年メキシコに住んでいるが、こんな季節はずれの雨は初めて。

今年は変?!異常気象?!
一月の前半も雨、雨、雪なんて降った事がない所でも雪のニュース。低温で、寒い寒い。
家のない人はどうして、この寒さをしのいでいるのだろうか?と思っていたが、ニュースではやっぱり。。。。

そして、2月の初めもまたまた雨、雨。
寒さは1月の時ほどでない気がしたが、2日以上、止む事なくしとしと雨。
雨季の雨は、短時間の激しい雨だけれど。
このしとしと雨。たいした事ないと思うのは間違いだと知った。
雨、しとしと雨、されど雨。
しとしと降り続いた2月の雨はあっちこっとで絶大な被害を引き起こした。

あっちこっとから洪水のニュース。
大都会メキシコシティは雨に弱いらしい。

兎に角、大都会は何処もかしこもアスファルトとセメントの大地なのだ。
家やビルディングの屋根はもちろんセメント。セメントの屋根は雨を流すだけ。
道は、皆舗装されたアスファルトの大地なのだ。アスファルトの道も雨を流すだけ。
メキシコシティの広大なセメントの大地は、土の大地と違って、雨水を流すだけ。ひたすら、下へ下へと。低い所へ低い所へと。
確かに道には雨を下水に流す排水溝がある。
だが、多量に降る雨を処理しきれないらしい。そして、下水道からさえ水が溢れ出す事さえある。

都会の低い道、低い場所は、その雨水の行き場になる。

そして、水の道路を車が泳いでいる映像や、家が水に埋もれている映像がテレビニュースに流れる。

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私も、この雨の日ティオティワカンのピラミッドツアー。あーこんな時に。
もちろん傘をさして歩くわけだけど、ピラミッドに登るのはやっぱり無理。

月のピラミッドのあの45度ほどの急な階段を登るのは。。。

太陽のピラミッドも下さえ強風でく傘がチョコ傘になるんだから、ピラミッドの上は、すごい風だろう。
ピラミッドに登ったら、降りてくるのは、メリー ポピンズのように降りてくるはめになるかも?
私達は魔法使いではないので、もちろん登るのは諦めた。

お客様には気の毒だけど、お天気ばかりは、どうしようもありません。

帰りも道が交通大渋滞。普段の倍以上の時間が掛かった。
途中の道路を車がみんな泳いで通る状態でどの車も恐る恐るのノロノロ運転なのだった。
私は渋滞にイライラだったけど、幸いお客様は時差ボケで、ぐっすり2時間以上お休み。うー助かった!時差ボケ様様だ!

2日以上の昼夜のしとしと雨が終わった次の日の朝は、まったく雲が一つもない真っ青の青空。

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そして、久しぶりに輝く太陽はニコニコ顔で、雨の被害を受けた人々にどうしたの?と、おとぼけ。あーあ。

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メキシコシティからは、あまり普段はその雄姿を見せてくれない5000m級の山ポポカテペトルとイスタシウァトルがすっかり雪を被って、その姿を見せてくれた。

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友達の繋がりの輪はインターネットで!(メキシコオフ会)


今はインターネットなしでは、過ごせない世の中である。 お年寄りの部類に入れられた(とみに最近バスや地下鉄で席を譲ってもらえちゃう!)私でも、パソコンを開きインターネットを繋がない日はない。 今はインターネット時代である。 インターネットを通して、世界のどんな場所にいる人々とも、知り合いになる、友達になる可能性がある。 会った事もないがインターネットを通して、友達になる可能性がある。 普段の生活の中では、関わりがないが、何かの共通項目がある人、そんな人との繋がりがインターネットを通して簡単にできる。

インターネットを通してだけの繋がりだった人とも、会ってみたいというのは、やっぱりあるだろう。 そして、インターネット恋愛なんってのも生まれたりするのだが。

ところで、毎年2回ほど、私と同世代のある人の趣味?道楽?で、彼の音頭で日本食食い放題メキシコオフ会が開かれる。 先日のオフ会に、私も2回目のご招待に預かった。

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オフ会招待客は、彼の御メガネにかなったメキシコシティとメキシコシティ近郊に住んでいる人たち。 オフ会趣旨は、普段は高くって食べられない鮨や刺身などの日本食をお腹いっぱい食べ、多いにしゃべって楽しもう!

その趣旨のためにはいくら食べても定額は必須。 あるんだ!絶好のレストラン。メキシコシティにある日本食レストラン「MUSUKO」 週末、何でも、いくら食べても食い放題300ペソ(2400円位)メニュー。

日本だって、鮨や刺身は高いだろうが、メキシコの日本食レストランの一番高い鮨や刺身の大盛りを何皿も、握り鮨の中でも1個何十ペソという最も高い品目を こんな時こそとばかりに20個30個と頼む豪快さ。

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満足!満足!私なんぞ、一年分の鮨食ったぞ!刺身食ったぞ!の気分。

おしゃべりも楽しい。 メキシコ在住、何十年という人達。 メキシコの大地にしっかり根を張って、それぞれいろんな経験をしながら生きている人達。 メキシコという共通項目で大いに盛り上がり、楽しいオフ会。

インターネットの上での呼び名で呼び合うオフ会。 普段の本名や肩書きや仕事など、まったく関係なく数時間を食べてしゃべっての楽しいオフ会。 主催者の彼の道楽に感謝!

追記: メキシコシティで、日本食食べ放題お勧めレストラン「MUSUKO」 土曜日、日曜日 食べ放題300ペソメニュ、旅の途中、日本食が恋しくなったらいかが? 「MUSUKO」住所:ヌエボ レオン 160 カンペチェ通りとの角 コロニアル コンデッサ